ないないありえない

 男と男が裸一貫で向き合ったんだ。

 過去は許さずともこれからのために手を繋ぐことは出来るだろうよ。

 とは言えだ。俺は良くても、もう一人……あの頃の当事者に話を通さねばならない。

 千佳さんだ。計画のために何度もその身を狙われた彼女にはちゃんと話さんとな。

 仮に千佳さんが受け入れられなくても俺は柳との契約を反故にするつもりはない。

 それで関係がギクシャクしても……まあ必要なことだからな。


 真世界、混沌の軍勢。かつての二大組織の残党が陰謀を巡らせていることに俺はまるで気づかなかった。

 そしてそれは互助会や政府組織も同じだ。知ってりゃ俺に話が届いてただろうしな。

 普段はテキトーに依頼をこなしてる俺でも二つの組織絡みの話となれば黙っちゃいられない。

 やる気十分の最大戦力を使えるんだから俺に依頼をしない理由がないだろ。

 だが俺たちは水面下での動きを一切把握出来ないまま、連中が動く段階まで放置してしまった。

 ギラついた性欲を鎮めるためという偶然がなければ動きを掴むことは出来なかっただろう。

 だからこそ柳というブレーンの力が必要なのだ。残党どもだけじゃなく他の面でもあれは役に立つからな。


「おぉぅ、新しいマンションもええとこやんけ」


 そういうわけで仕事終わり、俺は千佳さんの新居を訪れていた。

 以前のマンションは梨華ちゃんがこれ以上住むのは嫌ということで引っ越ししたんだな。

 新居選びはこれまでの贖罪も兼ねて梨華ちゃんの意見を存分に取り入れたとのこと。

 互助会の方で引っ越し祝いは渡したが、直に訪れるのは初めてなのでちょっと緊張してる。


「……手土産OK。っし、行くべ」


 インターホンでオートロックを開けてもらい、中へ。

 教えられた部屋に行くと、


「いらっしゃいオジサン!!」


 梨華ちゃんが出迎えてくれた。

 飛び込んできた梨華ちゃんを受け止めつつ、彼女を背負ってリビングへ。


「いらっしゃい。ああもう梨華、ヒロくんに迷惑かけないの」

「迷惑なんかかけてないもん。ね、オジサン? 嬉しいよね? 現役女子中学生だよ?」

「おめー、これでうんそうだねJC最高! とか言い出したらやべえ奴だろ」


 俺なら即通報するわ。


「あ、これお土産のケーキ」

「あらあら、気を遣わなくて良いのに」

「そこはほら、営業マンの性よ」


 夕飯はもう済ませてるだろうし、食後のデザートにゃ丁度良かろう。

 そんなこんなでケーキをつつきながら話をすることに。


「オジサン、結構センスあるの? 良い感じのラインナップ揃えて来たじゃん」

「いや俺の知恵じゃねえよ。うちの部下にご教授願ったのさ」

「部下ねえ。女の子?」


 若干、目を細める千佳さん。


「男だよ。営業部一の甘味ジャンキーで糖尿病予備軍筆頭の呼び声も高い武くんのおススメさ」

「タケシ、スイーツ好きなんだ……」

「というか糖尿病予備軍筆頭は誉め言葉じゃないでしょ」


 そうね。

 でも梨華ちゃん、そういう男なのに? みたいなリアクションは良くないぜ。

 そういうこと言ったら武キレ散らかすから。性と平等について小一時間語りだすから。


「まあそれはともかく本題に入ろうじゃないか」

「……裏関係の話なんでしょ? 梨華も一緒にっていうのは」

「ちょっとママ。何で私だけのけ者にするのよ」

「悪いね千佳さん。でも梨華ちゃんにも無関係な話じゃねえんだわ」


 残党の話についてはまだ千佳さんにも話していない。

 これは互助会の判断だ。まだ何も判明していないのに徒に不安を煽る必要はないと。

 それについては俺も賛成だった。代わりにこっそり護衛つけてるし、何かあれば俺が即応出来るようにはしてるしな。


「ッ……詳しく、聞かせて?」

「ついこないだな。真世界と混沌の軍勢の残党が手を組んで良からぬ企てをしてたのが露見したのよ」

「……ひょっとして」

「トップじゃねえよ。顔も知らん奴らが音頭取ってた」


 ちなみに柳たちを殺さなかったことは千佳さんも承知の上だ。

 少しは留飲が下がると喜んで受け入れてくれた。


「ねえねえママ、何? そのこん……何ちゃらって」

「そうね……真世界の方はSFとかでよくあるディストピア感マシマシの行き過ぎた管理社会を作ろうしてた連中」

「混沌の軍勢は無法万歳、万札なんざケツ拭く紙にもなりゃしねえよ! なヒャッハー社会にしようとしてた連中だな」

「え、何それクッソ迷惑なんですけど」

「「仰る通り」」


 返す言葉もねえわ。

 いや、俺は敵対する側だったから擁護するつもりはさらさらないけどね。


「んでな、そいつらは昔梨華ちゃんのママを狙ってたんだわ」

「何で……あ、特別な力ってやつ?」

「そう。んで今回は娘である君にも目をつけていたらしい。詳細はまだ分かってないがな」

「……事情は理解したわ。注意喚起のためだったのね」

「まあそれもあるけど、もう一つあるんだわ」


 首を傾げる千佳さんに俺はこう切り出す。


「柳誠一を覚えてるか?」

「ええ。忘れるわけがないわ。それはヒロくんもでしょう?」

「誰?」

「さっき言った混沌の軍勢のリーダーだった男さ」

「すっごいわるの奴ってことね」

「柳がどうしたの?」

「ああ、アイツ生きてたんだわ。今、ホームレスやってる」

「――――」


 猫のフレーメン反応みたいな顔で固まる千佳さん。

 狙い通りだ。普通に生存を告げるだけでは諸々の感情が噴き出して冷静さを欠くからな。

 ゆえにホームレスという情報を加えた。

 千佳さんはしばしの沈黙の後、


「……ごめん。ちょっとトマトジュース飲んで来る」


 とキッチンに引っ込んで行った。

 それで半分空になったトマトジュースのペットボトルを片手に戻って来た千佳さんは額を抑えながら言う。


「……何がどうなってるのか一から説明してくれるかしら?」

「勿論」


 わからないがキャパオーバーすると冷静になるよねっていう。

 昨夜の状況を説明してやると千佳さんは机に突っ伏してしまった。


「どうなってるのよもう……」

「いやでもママ。悪役の改心としては綺麗な流れじゃん。こんなん絶対仲間になるやつでしょ」

「……梨華? 漫画やアニメと現実の区別はつけなさいね?」

「いやいや梨華ちゃんが言ってることは存外、間違いじゃねえぜ?」

「え」

「仲間ではねえが、奴と手を組むことにした」


 奴のバックについて裏への復帰を手助けする代わりに奴の力を借りる契約について説明すると……。


「…………分かった。ヒロくんがそう決めたのなら何も言わないわ」


 複雑そうながらも受け入れてくれた。


「良いのかい?」

「だって……私たちのためなんでしょう?」


 何もかもお見通し。

 仕方なさそうに、それでいて嬉しそうに笑う千佳さん。胸の高鳴りとまんねえな?

 真面目な話を終え、茶ぁシバキながら雑談に興じていると梨華ちゃんがこんなことを言い出した。


「ねえねえ。混沌何ちゃらとは別にもう一つ何か組織あったんでしょ?」

「ああ」

「そっちのリーダーはどうしてるの?」

「ヒロくん?」

「いや知らん。柳のことだって昨日知ったばっかでとうに死んだもんだと思ってたし」

「そうね……でもまあ、あっちは死んでるでしょ」

「だよな!」


 けらけらと笑い合う。


「ちょ、何で断言できんの? その柳って人も生きてたんだし生きてるかもじゃん」

「「ないないありえない」」


 揃って否定する。


「そりゃねえ? 柳のことは嫌いだけどあの男は有能だったもの」

「けどあっちはなぁ。本質的には意識高い系に目覚めたチンピラでしかねえし」

「ある意味で柳より性質の悪い厄介な男だけど……ねえ?」

「ああ。あの状況なら死んでるだろ」

「というか何で梨華は生存説を推すのよ」

「いやだって柳って人がそんな感じならもう一人も面白いことになってるんじゃないかなーって」


 他人事だなぁ……まあ実際そうなんだが。


「ふぅん……じゃあ梨華ちゃんは生きてたとしてどんなことになってると思う?」

「え? うーん、柳って人が良い話系だったからギャグ系の改心してたら面白くない?」

「具体的には?」

「お笑い芸人とか?」

「アイツが漫才とかやってたら確かに面白いかもしれん」

「はいはい! それなら私も良いの思い浮かびました!」

「お、千佳さんもか。どうぞ」


 もし生きてたらどうなるか大喜利で盛り上がる俺たちなのであった。

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