悪戯な運命に導かれて

「ママ~」

「あらあら、どうしたのヒデちゃん」


 仕事終わり、いい加減メンタルガタガタの俺はママに癒してもらおうと春爛漫へと直行した。


「家庭が欲しいですぅ……」

「結婚相談所に行きなさい」


 バッサリと切り捨てられた。

 確かにそうだけど……そうじゃないんだよ。


「いやあの、お付き合いから結婚して子供産んで~とかすっ飛ばして完成した家庭が欲しい」

「あたし、ショックを受けてる。三十路も半ばに差し掛かろうって男がこうも舐めたことを口にするなんて」


 先日のことだ。光くんのご厚意で一緒に飯を食わせてもらったんだが……あったけぇ……。

 久しく感じていなかった温もりに触れて俺はすっかり腑抜けになっちまった。

 あんな家族団欒って感じの食卓についたのは何時以来だろう。

 中学三年ぐらいか? 高校から海外に転勤して戻って来る頃にゃ俺も独り立ちしてたし。


「家族の温もりを感じてえんだよぅ……」

「実家に帰れば良いじゃないの」

「いや親父もお袋も基本、日本に居ないんだもん」


 退職した後、セカンドライフを満喫するってんで若い頃我慢してたことに精を出してる真っ最中なのだ。

 んでそのやりたいことってのが世界の色んな場所を巡ること。

 バックパッカーとしてあっちゃこっちゃ行ってるから盆正月も実家に帰って来ない。

 旅先から写真つきの手紙や現地の土産を送ってくれたりで生存確認は出来てっけどな。


「あと何だろ。うちの家族はドライ……ってわけじゃないんだけどそういうほのぼの系とはジャンルが違うっつーか?」

「高望みしてる行き遅れ並にワガママだわねえ」

「欲してなんぼ、望んでなんぼの人生っしょ」

「別にカッコイイ感じになってないからね?」

「ママ辛口ぃ……とりまビールちょーだい?」

「はいはい」


 おしぼりワイパーかましつつビールを所望。

 ……しかし何だ。このおしぼりワイパー、何時からやり始めたんだっけ?

 何か気づいたらやり始めてた感あるぞ。オッサンになると必ず取得するパッシブスキルか何かか?


「はいビール。おつまみは?」

「んー、まだ良い。今はとりあえずガンガンアルコールぶちこみたい気分だから」


 呆れたように溜息を吐くママ。そうね、分かるよ。

 空きっ腹に酒! 身体によかろうはずもない!

 でも身体に悪い行いってのは往々にして快楽に直結してんだもん。

 まあ、俺は人より丈夫な身体してっから別に問題はないけどな。

 何なら肝臓とか悪くなっても抉り出して新しいのに替えれば良いだけだもん。


「家族の温もり云々の話だけど」

「え、まだその話題続けんの?」

「ヒデちゃんが振ったんでしょ。……まあ良いわ。千佳ちゃんとかどうなの?」


 千佳ちゃん? え、何その親し気な感じ。

 俺の疑問を察したのかママはクスリと笑い答えてくれた。


「あれからちょこちょこ顔出してくれるのよ。ヒデちゃんも気づいてないわけじゃないんでしょ?」

「それは……まあ、うん……」

「で、ヒデちゃん自身も悪くは思ってない。ちょっと前に離婚もしたみたいだし丁度良いんじゃない?」

「言いたいことは分かるけどぉ何か違うんだもん」

「違うって?」

「あのー、ママもふんわりぐらいには聞いてるかもだが千佳さんとは二十年近く会ってなかったの」

「みたいねえ」

「俺の中に焼き付く青春? 青い春がね? こう、大人な感じのあれやこれやは違うんじゃないかって」


 ああでも誤解はしないで欲しい。

 決して恋愛対象にしたくないとかそういうわけじゃねえんだ。


「……良い歳こいて何を思春期の童貞男子みたいな拗らせ方してるのよ……ママ、情けなくて涙出ちゃう」

「ひ、ひでぇ」

「女に幻想持ち過ぎよ」

「いや幻想は持ってねえよ。何ならおめー、再会したその日に不倫の誘いかけられたからね」


 青い春がマッハで過ぎ去って冬に入る寸前の秋ぐらいまでワープしたもん。


「まあとりあえず千佳さんの話題は置いとこう。真面目な相談もあるしな」

「真面目な相談?」

「うん。高校時代のダチがさぁ、嫁と母親の間で板挟みらしくてさぁ」

「ま、嫁姑問題ね」

「そう。それでよぉ」


 真面目な話、馬鹿な話、リアクションに困る話。

 話題を変えながら飲み続け数時間。良い時間になってきたので俺は店を出ることにした。

 ちょっと飲み過ぎたかな? そう思ったので直ぐにはタクシーを拾わず少し歩くことにしたのだが……これがいけんかった。

 ぶらぶら歩いてる内に物足りたくなってきたのだ。

 かと言って今から春爛漫に戻るのもアレだし……とこれからどうするかについて思いを巡らせていた正にその時だ。


(……楽しそうな声が聞こえる)


 酔って緩くなっているせいだろう。

 普段は意識して遮断している鋭敏な感覚が雑多な音の群れから賑やかな声を拾い上げた。

 結構距離はあるが俺にとってはないようなもの。

 認識阻害の結界を纏い、空を駆け抜け一直線でそこへと向かう。


(あれか)


 河川敷。橋の下でホームレスの人らが宴会を開いていた。

 良い顔、良い空気だ。これはもう……やるっきゃねえ。

 即断即決。俺は一番近いコンビニで酒と食い物をしこたま買い込み、河川敷へと向かった。


「やぁ、ちょいと俺も混ぜちゃくれねえか?」


 突然の闖入者に彼らはキョトンとしたものの、


「おおともさ! お大尽のお出ましだ! コップと椀持って来い!」

「へへ、兄ちゃんここ空いてっからよ。座んな」

「いやいや兄ちゃんだなんてそんな……オジサン上手ねえ」


 快く俺を迎え入れてくれた。

 彼らは皆、気の良い人たちで直ぐに溶け込むことが出来た。

 美味い酒、美味い飯、楽しい飲み仲間……最高だ。揃ってるよ、役が。役満だよ。幸福大三元。

 酒が進む進む。べろんべろんになった俺は皆を見渡し、問う。


「良いかなァ!? 歓迎会ではコンプラ的にやれなかった宴会芸やっても良いかなァ!?」

「良いよ! やっちゃいなよ!!」

「俺ぁ、芸には厳しいぜ? 覚悟があんならやってみなさ!」

「うん、やりゅうううううううううううううううううう!!!!」


 俺はその場で全裸になった。そう、裸踊りだ。

 こういうのはね。変に羞恥心を抱くから変態に見えてしまうんだ。

 堂々と、我が心に一点の曇りなしって意気込みでやりゃ変態ムーブじゃなく立派な芸に昇華すんのよ。


「良いぞー! もっとやれー!」

「ギャハハハハハハハ!!」


 見ろこの盛り上がり方! よっしゃこのまま更に激しく……あ、ダメだ。

 酔っ払った状態で激しく動いたから気持ち悪くなってきた……。


「いや~とんだ珍客のお陰で何時も以上に楽しいな」

「“教授”もいりゃ良かったのになぁ」

「間の悪い人だよ」


 全裸のまま四つん這いになって休憩をしているとそんな話が聞こえてきた。


「教授~?」

「ああ、ここら一帯のまとめ役みてえな人さ」

「品もある学もある。立ち振る舞いからして俺らみてえな落伍者とはちげーんだわ」

「かと言って俺らを見下した様子もねえし、親身に接してくれんだわ」

「話も面白えしな」

「元はどっかの大学か何かの先生様だったんじゃねえかって俺らは予想してる」

「名前も名乗ろうとしねえもんだから教授って俺らが勝手に呼んでんのよ」

「ほーん? 俺も会ってみてえなぁ」


 そんな話をしていた正にその時だ。


「お、噂をすれば影とくらぁ。兄ちゃん、教授様のお出ましだぜ!」


 その声に視線をやれば河川敷に降りてくる人影が。

 おぉぅ、こんな生活してりゃ栄養も満足に取れんだろうにやけにスタイルが……あ゛?


「今日はえらく盛り上がっているね。私も混ぜ……」


 奴も遅まきながら俺に気づいたらしい。

 馬鹿な、と思う。何かの見間違いだろうとも。しかし俺を見るその目が否定を赦してくれない。


「そのオーラ……君は、佐藤英雄……か?」


 それはかつての宿敵との再会。俺は全裸で奴はホームレスだった。

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