悲しき狂戦士

(…………結局、一睡も出来んかった)


 突然の若返り。どうも一定以上まで出力を上げると肉体が活性化して若返りが起きてしまうことが判明した。

 力を抑えて少しすると元の姿に戻ったので永続状態ではないようだ。

 何かバトル漫画の強キャラのババアとかにありそうな特徴だなと思ったが口にはしなかった。

 調べるのに結構時間がかかってしまい、結局その後は解散になり家に帰ったんだが……眠れなかった。

 シャワーを浴びてホットミルクを飲んでベッドに入ったんだが若返った千佳さんの姿が目蓋の裏に焼き付いて離れないのだ。


(なんっ、だろう……わかんねえ……わかんねえ……)


 一つ確かなことがあるとすれば俺はかつてないほど興奮しているということだけだ。

 だが、何故? 興奮というのなら正直な話……大人の千佳さんにもアピられる度、めっちゃドキドキしてた。

 飾らず言うなら中年の脂ぎった性欲をメラつかせてたよ。

 でも違う……それと今も絶えず俺をギラつかせているこれは違うんだ。


(若返っただけだぞ?)


 だけって言うのもおかしな話だが、千佳さんは千佳さんじゃん?

 大体さ。若い頃の千佳さんっつーんなら梨華ちゃん居るじゃねえか。

 いや女子中学生にムラついてたらやべー奴だけど……あの頃の千佳さんより多少若いが瓜二つじゃん。

 でもそういうんはなかった。だからこそ余計に分からない。


(何なんだ制御できないこの性欲は……これじゃまるで思春期の猿じゃないか……)


 結局、出勤の時間になっても昂ぶりは消えなかった。

 物理的な現象は物理的な方法(血流操作)で何とかしたが胸の裡で滾るパッションは微塵も翳らない。

 振り切るように仕事に打ち込んでみたがやっぱりダメ。何時も以上の能率で捌けたがどうにもならなかった。

 部下の誘いを断り早上がりした俺は互助会の本部へ直行した。


「うぉ!? ど、どうかしましたか佐藤さん……」


 会長室に直で飛ぶと呑気に茶を啜っていた会長がギョっとして茶を零した。

 申し訳ないと思うが構ってる暇はない。


「西園寺さんと西園寺さんの娘さんのことでまだ何か?」

「……れ」

「はい?」

「仕事をくれぇええええええええええええええええええええええええええ……」


 地獄の底から絞り出すように懇願した。


「は、はいぃ?」

「だ、だめなんだ……じっとしてると頭がおかしくなりそうなんだよ! と、闘争を……戦いを、戦いを俺に与えてくれ……」

「えぇ……? 何でいきなり悲しき狂戦士みたいなことになってるんです……?」

「な、なあ……あるだろ? 何かあるんだろ? い、いい良い感じの戦いがさァ!!」

「完全にヤバい人だ……」


 普段から頼んでもねえのに面倒な仕事押し付けて来るんだ。

 やる気になってる今の内に押し付けて来いよ。な? な?


「ちょ、近……近いですって! キスでもするつもりですか!?」

「誰がテメェみてえなジジイとチュウしてえよ!? 殺されてえのか!!」

「チュウってまた可愛い表現を……依頼……依頼ですか……うーん」

「は、早くしてくれ! もう限界なんだ! このままじゃ爆発しちゃうよォ!!」

「そう言われましてもねえ。佐藤さんにやってもらうような喫緊の依頼は特に何も」

「はぁ!?」

「いや仕事自体は無数にありますがね。それは他の会員に回すべきものであなたに全部押し付けちゃ彼らに迷惑がかかる」


 う……正論……。

 互助会から出される依頼の殆どは表の調和を保つためのものだ。

 だが同時にそれは会員の鍛錬も兼ねていて彼らがより強くなるために必要な機会でもある。

 それを奪われたら困るというのは確かにその通りだが……。


「じゃあ、じゃあどうしろっていうんです!?」

「いや私に言われても……ああでもそうですね。これなら、まあ、良いかな?」

「何だ!? 佐藤英雄34歳、何でもやります!!」

「戦いに直結するかどうかは分かりませんが、ちょっと怪しい表の企業がありましてね」


 ……諜報系かい。

 いやだが相手方に悟られないようコソコソ動くこの手のミッションはありかもしれん。

 バレないようにというスリルでこの滾りを誤魔化せるのでは?


「分かった、直ぐに動こう」

「後で文句言われてもあれなんで言っときますけど何」

「文句は言わねえから早く! もう我慢出来ねえんだ!!」

「はぁ……じゃ、そちらのスマホに詳細送りますんで」


 データを受け取りざっと目を通す。

 粗方頭に叩き込むと件の企業の本社ビル付近に転移した。


(……こっからはインチキなしだ)


 オカルトパワーなし。素の人間のスペックで侵入する。

 気配を消し、人の視線から外れ、ビルの中へ。

 監視カメラの位置を確認し、死角を縫うように先へ進んでいく。

 十分オカルトやんって? いやこれぐらいは普通の人間でも鍛えればいけるから。

 実際、オカルトなしで裏の実力者狩ってた暗殺者とか昔居たしな。


 今回の依頼はこうだ。裏の商品を表で捌いてる奴が居るんでねえの? って疑惑。

 ただ物があっても売る相手が居なきゃ商売は成立しない。

 パンピー相手に売り捌くのはリスクが高く、その癖リターンは少ない。狙いは金持ちだ。

 だが金持ち相手となれば相応のコネクションが必要になる。信頼がなきゃ買ってもらえねえかんな。

 裏の人間に唆されたここの会社の経営陣が表での流通に噛んでると互助会側は睨んでる。

 とは言っても会長の口ぶりからして候補の一つ……それもあんま可能性は高くない感じっぽい。


(……居るな)


 天井に貼り付いて回避したり、前歩いてる奴の背中にぴったりくっついて歩いたりしつつ最上階へ到着。

 社長室に人の気配があるのを確認した俺はそのまま同フロアの便所へ。

 そこから天井に忍び込んでダクトの中をのそりのそり。社長室の上までGO。

 中の様子が窺えそうなポジションに陣取り、そっと耳を澄ませる。

 すると、だ。


「……そろそろ互助会あたりが勘づくだろうな」


 え、いきなり!?

 まさかの当たりである。社長と見知らぬ男が密談してるとこにいきなりぶち当たるとか思いもしなかった。

 当初の予定では社長の様子を窺いつつ、居なくなるまで待機してその後で家探しする予定だったんだが……。

 その家探しにしても正直、そこまで期待はしてなかった。証拠になりそうなもんなら自宅って可能性もあるしな。


「バレてしょっ引かれるまでが計画の内、なんですよね」

「ああ」

「しかしそれで本当にあの忌々しい佐藤英雄を欺けるので?」


 え、俺!?


「思想は違えど私もあなたも奴に煮え湯を飲まされ大願を蹂躙された。

かつての奴にさえ勝てなかったのに、手が付けられないほど強くなった奴をどうにか出来るとは……」


 因縁あるの? どっちも丸っきり見覚えがないんですけど……。


「奴は強者だ。圧倒的なまでにな。それは認めよう。しかし、だからこそだ。

極まった力はその視座を引き上げた。あの男にとって我々は地べたを這いずり回る虫けらのようなもの。

わざわざ注意を向けるまでもない。それゆえに一度。一度は完全に奴を出し抜けよう。そしてその一度で十分だ」


 あ、埃が鼻に……むずむずして……我慢、我慢しろおr――――


「“星の巫女”らを確保することが出来れば、最早流れは止められん。今度こそ、あの日の続きを……」

「へぶし!!」


 やってもうた。

 そう思った時にはもう手遅れだった。


「誰だ!?」


 天井が破壊され、室内へ落下。


「「んな!?」」

「へ、へへへ」


 とりあえず笑っといた。

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