青き面影

 俺は勝利した。初っ端という不利にも負けず勝利した。

 腹の底から叫び、盛大なガッツポーズを決めるほど嬉しい勝利だった。

 俺みてえなしょうもない人間でもやれたんだという達成感を胸に営業部の皆で喜び合った。

 大口の契約を取り付けた時並の喜びだ。負けた側も良い顔をしてたよ。

 次は負けねえって爽やかに健闘を讃え合ってさ……良いよな、こういうの。


 歓パは盛り上がり続け良い空気のまま終了した。

 二次会も楽しかったし上機嫌なまま家に帰ってそのままベッドに倒れ込みたいところだが……生憎予定がまだ残っている。

 日付はもう変わったが相手も忙しいし、俺の予定との兼ね合いもあったからこんな時間になってしまったのだ。

 転移で互助会が所有している訓練場に飛ぶと、既に彼女は居た。


「悪い、待たせちまった」

「ううん。こっちこそ無理言ってごめんね」


 千佳さんだ。

 ピッタリと肌に貼り付くトレーニングウェアに身を包んだその姿に俺は思わず生唾ごくり。

 酔っているからかどうも自制心が……ハッ!? 千佳さんが意味深な笑みを……俺は気を引き締め直した。

 いや、もう離婚してるから別に世間的な問題はないんだが……気持ち的に……。

 離婚する前からかけられてたインモラルファンタジーが頭をよぎって何かこう、ブレーキがかかっちゃう。


「いんや良いさ。勘を取り戻したいってのは至極、当然のことだろうよ」

「ありがとう」


 俺がここに来たのは千佳さんの錆落としに付き合うためだ。

 互助会に復帰するとはいえ勤務形態……勤務形態なんか? まあ良い。

 働き方は俺と同じように表メインで依頼が来たらって形にするらしい。

 何せ千佳さんはシャッチョさんだからな。社員の生活を守らにゃいかん。

 梨華ちゃんに何かあった時のために即応出来るよう復帰するわけだから正しい判断と思う。

 とは言えパートみたいな感じでも二十年近く実戦から遠ざかってたわけで……。


「ところで梨華ちゃんと光くんはどう?」

「今日も座学だったね。十二時ぐらいまでやってて今は互助会のホテルで休んでる」

「まだ勉強やってんの?」


 俺っ時は二、三回ぐらいで終わった記憶あるんだが……。

 梨華ちゃんたちはゴールデンウィーク後半から始めたからとっくのとうに終わってると思ってた。

 俺がそう言うと、


「当たり前でしょ。あの頃と全然違うんだから。内容も増えるよ。私も仕事終わりに参加したけどビックリしたわ」

「そんな変わったかねえ?」

「変わったでしょ。色んな勢力が隆盛しては衰退して、その上年間世界の危機みたいなことになってるんだから」

「あー……」

「しかも全部、ヒロくんが何とかしてるし。私と再会する前の日も世界滅亡防いでるじゃん」


 世界の危機についてはまあ……うん、俺の感覚が麻痺してた感あるわ。

 何かね、またかよ……ぐらいの感じ。毎年やって来る花粉症みたいな感覚だった。


「でも勢力云々はそうでもなくね? 繁盛してても潰れることはあらぁね。一々気にしてらんねえよ」

「そんな飲食店感覚で語られても……残党とか居るし……完全に危機感が死んじゃってるよ……」


 俺はゴホン! と咳払いをし、とりあえず話を打ち切った。

 自分が馬鹿を晒しているようで恥ずかしかったのだ。


「時間は有限だしそろそろ始めようや。準備はもう出来てんだろ?」

「勿論。そっちこそ大丈夫なのかな?」


 言葉もではなく代わりにクイクイと手招きをしてやると千佳さんは勝気な笑みを浮かべた。

 そうそう、これだ。これだよ。存外、血の気が多いんだこの人。


「行くよ……ッッ!!」


 千佳さんが思いっきり地面を踏みつけるとマグマが噴き出した。

 視界を完全に遮るマグマの津波を見て俺はどうしようもない懐かしさに襲われた。


(終盤に入ってから使い出したお得意の戦法だ)


 まずマグマの津波って時点で視覚的なインパクトは絶大。初見だと大体動揺する。

 んで動揺する程度の相手なら防ぐ手段を持っていても焦熱に焼かれる自分を想像し、咄嗟に回避行動に出てしまう。

 その場合は大体、上に逃げる。なので回り込んで一撃をかます。

 じゃあ防ぐのが正解かって言えばそうでもない。


(……吹き飛ばすことも出来るが錆落としだしな。敢えて乗っかろうじゃん)


 障壁を展開しマグマを遮る。

 俺を焼き尽くせなかったマグマはそのまま消え……ることはなく残り続けた。

 訓練場を満たし渦を巻くマグマの海。上下左右をきょろきょろと見渡し千佳さんを探すがどこにも見当たらない。


(……やっぱわかんねえな)


 種は分かっているのでどこに居るかは分かるが正確な位置は特定出来ない。

 このマグマの海のどこかに溶けているはずなのだが、この手の隠れる系の技術にありがちな違和感が皆無なのだ。

 千佳さんは地球の力を吸収して生まれた星の巫女と呼ばれる存在ゆえ自然との親和性が尋常ではなく高い。

 一度、こうして紛れてしまうと感覚頼りでは探せない。

 一瞬でマグマ全てを吹き飛ばすでもせん限りは炙り出せないだろう。


(とは言え、だ。あっちも攻めあぐねてるな)


 この戦法の肝は不意打ちだ。

 初手のマグマ攻撃を凌いでもその後、残留する自然の力をどうにかしなきゃアドバンテージは取り戻せない。

 種が分かっても所在の看破は困難で何時、どこから来るか分からない攻撃に警戒し続けねばならない。

 不意打ちに神経尖らせ続けるってのは中々に消耗を強いられる。

 さっき言った全部消し飛ばすって手段にしても言うほど簡単じゃない。千佳さん自体かなり強いからな。


(このまま均衡状態を続けるのも面白くない。俺から動こうじゃないか)


 男らしく女性をエスコートしようじゃねえの。


(こういう手段を取られたら……どうする?)


 俺は大きく息を吸ってマグマを吸い込み始めた。

 新たなマグマを生成するよりも早く飲み込み続ければいずれはなくなる。


「何て、出鱈目ッ……!?」


 堪らず飛び出した千佳さんに向かって時間差で二発の光弾を放つ。

 一発で誘導、二発目で着弾させるという思惑は見事達成。

 咄嗟に防御はしたようだがその身体は吹き飛び、壁に叩き付けられてしまう。


「でも、錆を落とすならこれぐらいじゃなきゃ……ねっ!!」

「それでこそだ」


 弾幕のように放たれた風の刃を手で払う。

 視界を塞ぐほどの圧倒的質量に加え、


(不可視に出来る風の刃に色をつけて来たってこたぁ……陽動だな)


 色つきに自分を溶かした不可視の刃を紛れ込ませてる。

 そう判断すると同時に背後に気配を感じた。狙い通りだが遅い。

 さっきのマグマ一気は興が乗ってやり過ぎたが今の俺はあの頃の千佳さんぐらいの実力に抑えてある。

 それでも対応が出来るってことは千佳さんの腕がまだまだ鈍っている証拠だ。


「あま――……!?」


 振り返り、それを目にし、硬直。

 横っ面に衝撃が走り俺は蹴り飛ばされた。


「ちょっとヒロくん! 必要以上の手加減はなしって言ったよね!? 反応出来てたのに喰らうとかあり得ないんですけど!!」


 両手を腰に当て身を乗り出すように俺を叱る千佳さん。

 この反応で確信した。それは意図して起こした事象ではないのだと。

 俺は頬を摩りながら立ち上がり、答える。


「……千佳さん、自分の身体を見てみ」

「は? 身体? わけわかんないこと言ってないで……」

「良いから」


 そう念押しすると千佳さんは不満げに顔を下に向け……。


「え? は? 胸、縮んでる?」


 いや胸だけじゃない。


「そう言えば視線も低く……?」


 そう、今の千佳さんはあの頃の姿そのままだった。


(ち、チカちゃん……ッッ)


 俺は今、とんでもなく興奮していた。

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