ちっぽけな誇り
以前も述べたが俺には情熱が欠けている。それは昔っからそうだった。
例えば自分が負けたら世界がロクでもない変化を迎えてしまうような戦いがあったとしよう。
変化を阻む側は守るべき人のため、己が信念を貫くためだとかそういう情熱を胸に戦いが臨むものだと思う。
でも、俺には無理だった。実際そういう場面でも普段通りだった。
思うことなんて精々、勝てれば良いなぁ……とかその程度。
負けたら世界がおかしくなるんだぞ? まったく以って仰る通り。
でも俺は負けたらそれはそれで……と頭の隅で思っちゃうんだ。
負けて死ねば俺にはもう関係ないし、どうにもならん。
負けても生き延びることが出来たのなら、まあ大変だろうが何とかなるだろと気持ちが乗り切らないのだ。
一般人ならそれでも良いんだろう。だがババアのような人間からすればそれは力ある者としての責任が欠けていると言う。
心を燃やせない。人並みの熱量程度しか出せない。
情けないよ。恥ずべき部分だと思う。
――――それでも、そんな俺にだってちっぽけだがプライドはあるんだ。
「えー、良い感じにお腹も膨れて来たしそろそろ余興を始めようと思います」
人並みにしか心を燃やせないとしても、めいっぱい頑張ろうって。
そう思えることがあるんだ。
「部別対抗管理職一発芸大会! はっじまっるよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
《いえぇええええええええええええええええええええええええええええ!!!!》
今がその時だ。
新入社員の歓パで毎年行われるこの大会。管理職にとっては避けられない戦いだ。
営業部を背負って戦う以上、無様は晒せねえ。
「っし」
「フー」
見ろや他所の部署の管理職どもを。
男も女も戦士の顔つきじゃねえか。影で人知れず命を懸けて戦っている? ああ、立派なこった。
でもよ、じゃあ表の人間は裏で戦ってる連中に劣るのかって言えばそれは違うだろ。
貴賤はねえんだ。本気でやってんならそれはどこの誰であろうと尊いもんなんだよ。
「優勝した部署には僕から金一封が出ますので頑張ってくださいね。
採点をするのは新入社員の君らだ! 自分の居るとこだとかそういう忖度は一切なしだよ?
純粋に芸を評価してあげて欲しい。それが信念を以って戦う彼らへの敬意だと心得てくれたまえ」
とは言え、だ。顔と名前出してはやり難いだろう。
なので採点は社長のスマホにメッセージを飛ばす形式になってる。
社長は死んでも誰が何点入れたとは言わないので安心してくれ。
「……佐藤部長、大丈夫っすか?」
課長がそっと俺に耳打ちしてくる。
ああ、心配はよく分かるよ。正直、今年は難産だった。
加えて梨華ちゃんのこともあったからな。練習時間は取れなかった――――が、それが何だってんだ?
「鈴木くん、こんな格言を知ってるかい? 出る前に負ける事考えるバカがいるかよ」
「! そうですね。ご武運を」
「ああ」
頷いたところで社長からお呼びがかかる。
「それじゃ一番槍は営業部部長、佐藤くぅん!!」
順番は事前にくじ引きで決まる。
初手ってのは採点側も控え目にしちまう傾向があるから不利になっちまう。
だが知ったことか。苦境逆境かかって来いや! 七難八苦を踏み越え進むんが男の心意気よォ!!
俺は右手に社長を模したパペットを嵌め、左手にスマホを持って前へ出る。
「どーもぉおおおおおおおおおおおおお!!」
【どうも、五反田愚連隊です】
「お願いしますぅ!!」
【今日もね。漫才頑張っていこうと思いますんで、楽しんでってくださいね】
今年のネタは事前に録音した加工入れた音声データをパペットに仕込んだスピーカーから出力して行う一人漫才だ。
タイミングがかなりシビアで操作ミスるとテンポ死ぬから難易度はかなり高い。
ぶるっちまうぜ……当然、武者震いさ。
【俺の娘おるやろ?】
「はい居ますねえ。あなたに欠片も似ず可愛いらしい娘さんが」
【余計な一言入れんなや。まあ娘と学校の話とかすんのよ。一番好きな時間割は何ー? とかな】
「はいはい。保健体育の主に保健部分が好きなパパから生まれた娘さんの好きな科目とは果たして?」
【何? 俺お前に何かした?】
「強いて言うならぁ……ごめん、言いたいことあり過ぎてネタの時間潰れそうやから先行って?」
【どんだけ俺に不満あんねん……娘が一番好きな授業は音楽! 音楽の時間なんやて】
「あー……懐かしいですねえ音楽の時間」
【せやろ?】
「先生に言われて教科書の一番最後のとこにある君が代のページに紙貼らされましたわ」
【そういうデリケートなとこ触れんのやめよ?】
OKOK。そこそこウケてる。掴みで躓きはしなかったな。
【んでな、今度合唱のテストあるらしくて家でも練習したいからパパ手伝って言うねん】
「はー、熱心ですねえ」
【せやろ? そのテストなんやけど輪唱って覚えとる?】
「はいはい、あれですね。歌にかぶせてくやつ」
【そうそうそれ。普通に歌うんやったら俺もまあいけるけど、輪唱とか小学校ん時以来やってないやん?】
「まあねえ」
【娘の力なるために勘を取り戻したいからちょっと付き合ってくれへんか?】
「良いですよ」
【ほな俺、被せる方やるからお前歌ってや。曲はあれいこ、静かな湖畔のいうあれ】
「分かりました。ほな行きましょか」
ここからだ。難しいのは。
「静かな湖畔の森の影から♪」
【静かな湖畔の森の影から♪】
「男と女の声がする♪」
【男と女の……待てや!!】
「何やねん」
【なつかしぃいいいいいい……え、嘘やろ? 令和の世の中にまさか平成初期の小学生のノリぶっこむ?】
「あなたがやってたことですけど?」
【よう覚えてんなぁ……えぇ? お前、仮にもプロやぞ。プロの漫才師やぞ俺ら。こない雑なボケ入れるぅ?】
「ツッコミのクオリティに合わせました」
【誰のツッコミが小学生レベルやねん! プロじゃボケェ! これで飯食っとんねん! 家族養っとんねん!!】
そのまま漫才は進み、何とか一つのミスもせず終わることが出来た。
反応は上々……でも、最後の詰めが残ってる。
「はい、見事な一人漫才でしたぁ! 採点の前にね、佐藤くんのコメントを貰いましょうか」
……来た!
「佐藤くぅん、どうだった?」
「そうですねえ。色々言いたいことはありますが手短に一つだけ」
パペットを嵌めた右手を皆に見えるよう掲げる。
「この人形」
今だ! ギミック発動!
「俺のハンドメイドです」
毛糸で出来た髪がポーン! と飛び一瞬の間が空き爆笑が巻き起こる。
(そう、俺のネタは二段オチだったのさ)
俺は勝利を確信した。
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