母の顔

 梨華ちゃんはかすり傷一つ負ってない。

 そう言って夕方梨華ちゃんから送られて来たアホ丸出しの中坊って感じの写メを見せた。

 すると千佳さんも安心したのか、少し休憩を入れさせてほしいと言われ俺もそれを受け入れた。


「……ごめんなさい。話を中断させてしまって」

「いや良いさぁ。他人の俺でさえ焦りまくったんだ。実の親なら尚更だろうよ」


 自室から戻って来た千佳さんは顔色も戻っていたのでとりあえずは安心だ。


「経緯を説明するぜ? 昼間、街をぶらついてたらよ。共鳴があったんだ」

「共鳴? 何……あ、まさか」

「ああ、まだ千佳さんの血と繋がりが俺ん中に残ってたみたいだ」


 二十年近く裏から離れてるとは言え、流石に頭の回転が早い。

 俺が導き出したのと同じ答えを直ぐに理解したようだ。


「そ、そっか……繋がって、たんだね。今も……あの時から、ずっと」


 安心したからってそういう怪しい発言止めてもらって良いですか?

 そう言いたかったがグっと飲み込み話を続ける。


「そんでまあ、秒で駆け付けて“残り滓”をブチ殺して救出したんだわ」

「残り滓?」

「あー……ちょっと前から出るようになった新種の異形」

「そっちも色々変わってるんだねえ……互助会にはもう?」

「いんや。俺っとこで止めてある」


 互助会ってのは元は表の一般人だった奴らが設立、運営してる組織だ。

 自分らと同じように意図せず巻き込まれ裏に関わらざるを得なくなった人らの支援を行っているとこで俺の所属も一応ここ。

 互助会が存在しない頃は古くからある対魔組織だの政府直轄の機関が保護とかしてたんだが……。

 表じゃ国民の目もあるからクリーンに行かなきゃだが裏にはそれがない。

 なので都合の良い駒にされるとかもままあった。趣味の悪い癖でやってるってよりは国益のためだな。

 まあ悪意がない、大勢の利益のためつっても巻き込まれる側にゃ堪ったもんじゃねえ。

 そんな現状を嫌った連中が互助会を設立したのだ。互助会が設立されてからは随分やり易くなったと聞く。


「これが普通の奴ならまあ、軽く事情説明してあとは互助会に放り投げてたんだが……」


 梨華ちゃんに関してはそうもいかない。

 親と関わりがあるってのもそうだが、それ以前に特異な素養を持っている。

 同じ力を持つ千佳さんと話してからじゃねえと何を決めるわけにもいけん。


「千佳さん」

「……うん」

「俺がそうだったように裏に巻き込まれたパンピーはある程度、自衛能力を身に着けさせてから選択させんのが常だ」


 裏に留まるか。それなりの不自由を呑んで表に戻るのか。

 俺たちの指導役に就いた千佳さんにも言われたことだ。


「でも千佳さんが望むなら俺が何とかする。全部踏み倒して梨華ちゃんを不自由なく表で暮らせるようにする」

「……」

「俺は強くなった。あの時よりもずっと。表裏問わず世界中の人間全部を相手取っても俺が勝つ」


 暴力がある。


「その力で俺はあれから幾度も世界の危機を救って来た。コネは日本だけに留まらねえ」


 権力がある。

 梨華ちゃんの安全をバックアップしてくれねえなら米国に移住するとでも言えば血相変えて協力を示すだろう。

 世界滅亡レベルの危機ともなれば各国も歩調を合わせるが、それ以外の時は表の国際情勢まんまだからな。


「直ぐに決めろとは言わ……千佳さん?」


 急に立ち上がった千佳さんがスマホを取り出し、どこかに電話をかけ始めた。

 呆気に取られる俺をよそに状況は進む。


「ああ、あなた? 私よ。そう、大事な話があるの。離婚しましょう」


 ふぁっ!?


「気づいてないとでも思ってるわけ? 証拠もあるし弁護士だって何時でも動かせる。

話し合い? するわけないでしょ。あなたに時間を使ってる暇なんてないもの。

私は梨華と向き合うって決めたのよ。親権は当然私。私の生んだ子なんて浮気相手の馬鹿女も嫌でしょ?

裁判しても時間と金を無駄にするだけ。今直ぐ離婚してくれるなら慰謝料は請求しないし財産分与もしてあげるわ。

今この場で決めてちょうだい。さもなきゃ速攻で裁判起こすわよ……そう、賢明な判断ね。

あなたの私物は離婚届と一緒にそっちへ送るから提出よろしく。ああ、鍵は変えるから今持ってるのは処分してちょうだいな」


 急展開。そうとしか言いようがない。

 電話を切った千佳さんはポカンと間抜け面を晒す俺に告げる。


「私が表で生きようと決めたのはそれを知らなかったから」

「千佳、さん?」

「一応、学校なんかには通ってても本当の意味でそこには居なかった」


 知りたかった。普通を。何てことのない日常を。

 淡々と語る千佳さんに俺は何も言えず耳を傾けることしか出来なかった。


「最初は目まぐるしい日々で考える余裕もなかったけど落ち着いて来ると思うようになったんだ。逃げてるんじゃないかって」


 力を封じ見ないようにして表で生きることは正しいのか?

 力を否定することは自分自身を否定することなんじゃないのか?

 自問し、だけど答えは出せずにいたと言う。


「でも今、ハッキリと分かった。ぜーんぶひっくるめて私なんだって」

「……」

「ありがとうヒロくん。私のために、梨華のために。でも気持ちだけで十分。私たち親子は力と向き合って生きていくわ」


 その笑顔があんまりにも綺麗で、俺は息をするのも忘れ見惚れてしまった。


「……母は強し、かぁ。ホント、イイ女になったなぁ。ガキのまんまの俺にゃ眩しいぜ」

「そんなことないよ。ヒロくんもイイ男。あの頃からずっと」

「ありがとよ。千佳さんの考えはようく分かった。ならその方針で俺も協力するよ」


 互助会への復帰と……ああその前に梨華ちゃんとの話し合いの場も設けんとな。

 来る時は気が重かったが今はとても気分が良い。


「ありがと。じゃあ早速だけどお願い良いかな?」

「? おうともさ」

「私の封印を解くの手伝って欲しいんだ。ヒロくんなら多分、力づくで何とか出来そうだし」

「……自分で解除出来ねえの?」

「ものがものだからね。一旦封印を解除するとかけ直すのに手間がかかるから一時的に緩める鍵しか持ってないんだ」


 あー……言われてみればその通りだな。

 そりゃそうだ。あれぐれえの力を完全にとなれば大がかりな封印になるよ。

 力が必要になる事態になった際に全部取り払っちまえば手間がかかり過ぎる。


「分かった。そういうことなら任せてくれ」


 かつて俺を非日常へ誘った彼女を、今度は俺が非日常へ連れて行く。

 人生ってのぁ何が起きるか……ふぁ!?


「い、いきなり何を……」


 突然、千佳さんが服を脱ぎ始めたのだ。

 えっぐい下着に興奮しつつ混乱する俺に千佳さんは言った。


「封印解いてもらわなきゃだし」


 そっと下腹部を撫でると紅い紋様が浮かび上がった。


「じゃあお願い、ね?」


 あのー、何だろ。母の強さを見せつけた後で女の顔を出すの止めてもらって良いですか?

 寒暖差で風邪引きそうになりながらも封印を破壊した。

 封印を破壊した後は諸々、手続きしなきゃと言って即マンションを後にした。


(――――クッソ! 下着姿が目に焼き付いて離れねえ!!)


 チラ、ではなくガン見したせいで興奮冷めやらねえ……ッッ。

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