子犬を飼おう
※同じ内容を投稿していました。申し訳ありません。
運命すらも踏み越えて、の方を修正しておきました。
メンタルに甚大なダメージを負った俺は少しでも回復するため映画館へ向かった。
梨華ちゃんのことがある前は迷ってたが人と接するのがしんどかったのでお一人様で楽しめる映画一択だったわ。
あのー、動物系のね映画を見たのよ。ランダムで決めて正直、期待してなかったわけ。
ああいうほのぼの感動系ってさ「ほら泣けるでしょ? 泣きなよ」みたいな声が聞こえてきそうで乗り切れない。
そう思ってたんだがとんだ見当違いだったわ。メンタルはみるみる回復。子犬を飼おうか真剣に検討しちゃったわ。
さっきまでペットショップ巡りしてたからね俺。
――――というわけで約束の夜がやって来た。
(メンタルは回復したし、話すべき内容もちゃんと事前に考えた……ガンバ! 俺!)
千佳さんには千佳さんの家で話がしたいと言ったのだが即決だった。
文面からインモラルな喜びが匂ってきてたあたり旦那は居ないのだろう。
……居るなら居るで丁度良いと思ったんだがな。何せ娘さんのことだし。
ただ居ないなら居ないで無理に呼び出すのもな。やっぱ裏のことだし。
とりあえず千佳さんに話してその後の判断は彼女に任せるべきか。
「っはー……ええマンション住んどるのう。流石は社長さんや」
マンションを見上げた俺は思わず西の言葉が出てしまった。
総資産で言えば俺のが上だが、裏関係で稼いだ金は汗水垂らして働いた対価って感じがしなくてな。
どうも俺の中では別ジャンルって感じなのだ。俺にとっての金はやっぱ表の社会で稼いだものかなって。
「千佳さん? 俺だけど」
〈うん。今開けるね〉
オートロックが解除され扉が開く。
中に入りエレベーターへ直行。ボタンをプッシュし最上階へ。
教えられた部屋のチャイムを鳴らせば千佳さんは直ぐに俺を迎えてくれた。
「こんばんは、ヒロくん」
「こんばんは、千佳さん」
ちなみに再会した時と呼び名が変わった件だがテキトーに言い訳した。
心情的にもうそう呼べねえよ……とは正直に言えんもん。
千佳さんの方は何か都合が良いように解釈してる節はあったが敢えて訂正はしなかった。
藪をつついて蛇を出す趣味はないのだ。
「ごめんね、ラフな格好で」
「家で寛ぐことの何が悪いってんだい? 謝るなよ」
ラフな格好、つっても決して野暮ったい感じではない。
むしろ普段のビシっとキメたスーツ姿を知っていればギャップでクるタイプのあれだ。
……こういう小細工とは無縁の子だったんだけどなぁ。
「ありがと。ちなみにヒロくんは家ではどんな格好してるの?」
俺の前にお茶を出してくれたのだが……あの、屈んだ時にね? 見えたのよ、ブラが。
ラフとか言いつつ服の下は臨戦態勢だった。回復したメンタルゲージがめっちゃ削れた。
何で本題に入る前からまったく関係ねえとこでダメージ受けてんだ俺ぁ……。
「そらもうステテコ腹巻の古き良きオッサンスタイルよ」
「あはは、何それ! ヒロくん、昔そういうのにめっちゃ文句言ってなかった?」
言ってたね。当時は俺も高校生でよ、色気づいてたとこはある。
お洒落にも気を使ってたからさ。ステテコ腹巻とか真っ向からディスってたわ。
「ああ。何なら正直今でもビジュアル面ではどうかと思うよ」
「なのに着てるの?」
「……実際に着てみるとさ。分かったんだよ。長年愛される理由が」
しっくり来るんだ。この上なく。楽なんだ。限りなく。
あれ? これひょっとして俺の皮膚だったりしない? ってぐらいの馴染みっぷり。
リラックスという観点であれに並ぶのは全裸しかないんじゃねーかってのが俺の見解だ。
「ビジュアルを上回る圧倒的な機能性の前に俺は屈した。俺は負けを認められる男だからな」
「服装一つで大げさだなぁ。ああでも、ステテコ姿のヒロくん……見てみたい、かも」
意味深な視線やめて? 今度はあなたのお家に招いて? みたいなんはやめて?
……そろそろ切り出すか。後回しにしてたらずるずる変な方向行きそうだし。
「機会があればな。それより、だ。今日は大事な話があるのよ」
「……うん」
違うからね?
「ちょっと前な。千佳さんの娘さん――梨華ちゃんに会ったんだわ」
「! ……そうなんだ。まあ、分かるよね」
「ああ、昔の千佳さんソックリだったよ。中身はちょいと違ったがね」
「まあ、あの頃の私は同年代の子とはズレてたしね。梨華は普通に育ったから。それで、梨華がどうしたの?」
「……その出会い方がちょいと問題でね。言葉飾らずに言うとパパ活の誘いだった」
「――――」
絶句していた。そりゃそうだ。でもな、これ本題じゃねえんだわ。
じゃあ省けよって思うかもだがそうもいかん。
後の説明するために知ってもらわにゃならんってのもあるが、どうせならこの機会に関係を改善してもらいたいし。
青ざめていた千佳さんだが、ハッと我に返るや土下座を敢行。
「違うの! あの子は悪くないの! 悪いのは私、私がしっかりしてないからで……」
自覚はある、か。
俺は少し嬉しくなった。自分の責任だと即座に子供を庇えるのはそこに愛があるからだ。
加えて子供の気持ちをちゃんと分かってるからこその言葉でもある。
千佳さん自身、今の家庭環境が良くないことは分かってるんだ。
じゃあ何とかしろよって思うかもだが、千佳さん自身も何が正解か分からないんだよ。
「大丈夫、分かってる。梨華ちゃんは良い子だ」
「ヒロくん……」
「千佳さん自身、問題に気づいてるなら俺から言うことは何もない。頭上げてくれ。続きがあるんだ」
「……うん」
「正直な、直ぐに千佳さんに伝えるべきだとは思ったんだが」
「ああうん、分かってる。……同じ立場なら私も気まずくて何も言えないと思うから」
「ありがとよ。とは言えだ。何もしないってわけにもいかねえからさ。当座の金と宿だけ紹介させてもらったよ」
裏の人間が利用する宿、と言った時は少し苦い表情になったが俺への信頼があるんだろうな。
わざわざ俺が紹介したのなら大丈夫なのだろうと直ぐに納得した。
「定期的に報告は上げてもらってたが問題はなさそうだった。幸運なことに西園寺千景を知る人間とも会わんかったようだ」
「……そっか」
「まあ居たとしても手は出せんだろうがな」
西園寺千景を知ってるってことは当時の俺を知ってるってことでもある。
そして当時の俺を知ってるなら今の俺についても知らんわけがない。
単体戦力もそうだが俺に依頼してる連中を敵に回すとなれば厄介なことになる。
実際、万が一があれば俺は使えるコネをフル動員するつもりだしな。
「じゃあ本題だ」
「え」
すまんね。
「悪意を以って接触してくるようなのは居なかったがその身に宿る血は喜ばしくない偶然を呼び寄せちまった」
単刀直入に言おう。
「裏の世界に足を踏み入れちまった」
「――――」
……ストレスでどうにかなりそうだ。
(こりゃ本格的に子犬を飼うことを検討するべきかもしれん)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます