目を逸らさないで

 “運命カツアゲ恐喝呪法アルティメット”について語らねばなるまい。


「おじさん、だよ……ね?」


 ぽけーっと熱に浮かされたような顔をしているが“運命恐喝呪法”について語らねばなるまい(強弁)。

 これは俺がハデスくんとの初めての戦いでくたばりかけていた際に開発した技だ。

 一筋の光も見えない無明の闇。権能によって形成された巨大な死の棺に閉じ込められ絶対絶命の俺。

 やべえ、今度こそダメかも……と思っていた正にその時だ。俺はふと疑問を抱いた。


 ――――死を与えるって何やねん、と。


 よくよく考えれば意味分からねえよな。

 心臓をブチ抜かれた結果、死ぬのは分かる。頭を潰された結果、死ぬのは分かる。

 死に至る過程、理由があるからな。じゃあハデスとかの死神が使う即死技は何よ?

 死神だから。それはその通りなのだろう。だが細かい理屈もあるはずだ。

 そこで俺はババア(当時は89じゃない)の言葉を思い出した。


『恋愛ものとかでよく運命の出会い、とか言うだろ? あたしゃアレが嫌いでね』

『運命の出会いがないままババアになっちゃったから?』

『死ね』

『ひでえ』

『運命って言葉を軽々しく使い過ぎなんだよ。恋愛ものに限らず創作全般でね』


 何やコイツ悪質なクレーマーか? と思いつつ話に耳を傾けていた。


『運命を変える、なんて簡単に言いやがってからに。神ですら本当の意味で運命を支配することは出来やしないのに』


 そう、神ですら。神ですらとババア(今より若い)は言った。

 死神連中ってのは死という事柄に限定して運命に干渉してるんじゃねえかなって。

 だから俺は運命を捻じ曲げることにした。あやふやで、目には見えない。でも運命というものは確かに存在している。

 ならば殴れる。殴った。殴り付けた。執拗に。泣きを入れるまで。

 人格があるわけではないので泣きを入れるって表現は少し違うけど……まあ分かり易さ重視ってことで。

 そんでまあ無事、ハデスとの初戦に勝利したわけだ。

 ババア(今より若いがババア)のお陰で勝てたと言っても良いので終わった後で礼を言いに行ったら、


『何てことをしてくれてんだい……お前もうマジで死ね』


 だもんね。いやまあ実際、やばい技ではあるんだがな。

 揺り返しっつーか、自分に降りかかるだけならまだしも世界規模の何かに変わる可能性も十分にあるのだ。

 幸いにしてその時のリバウンドは俺自身に返って来たんだが二度と使うなよと釘を刺された。

 まあその後も土壇場で使ったがその際は俺自身に反動が来るよう改良した上でやった。


「ねえ、何なの……? 何がどうなって」


 ……クッソもう目を逸らせねえ。


「ううん。違うか……それより先に言わなきゃ、だよね」


 やめろ、やめてくれ……。


「――――助けてくれてありがとう、オジサン」


 その笑顔は、あんまりにも彼女にそっくりで。

 色褪せていた青い春が凄まじい勢いで色を取り戻していった。


(俺、完全にアレな奴じゃん……)


 昔良い感じだった子のさぁ! 娘さんにさぁ! その面影感じてキュンしてる中年なんてやだよ俺!!

 しっかも俺これどうすんだよ……あの子、彼、所在なさげな少年!

 これどう考えても新しい物語が始まるシチュじゃん。

 多分、俺が手ぇ出さなきゃ力に目覚めてたんじゃないのー? 芽生えかけてる何かを感じるしぃ……。

 っべ、ゲロ吐きそうだが……とりあえず、何の事情も説明しないわけには……いかんよなぁ。


「気にすんな。子供を助けるのは大人の役目さね」

「カッコつけちゃって……あんな必死で私の名前叫びながらやって来たくせに」


 ……意外と見てるね、君。


「何? ひょっとしてオジサン、私にホの字だったり~?」


 このこの、と肘で腹を突く梨華ちゃん。

 ホの字て……俺が学生ん頃でも既にかなりの死語だったぞ。


「大人をからかうな。とりあえず梨華ちゃんと……君」

「は、はい!」

「色々聞きたいことはあるだろうし、俺も説明義務がある。突然現れた訳わからんオッサンのことなんざ信じられねえだろうが……」

「いえ、信じます」


 少年は真っ直ぐな瞳で言った。


「俺はオジサンのことを何も知りません。名前も、何をやっている人なのかも」


 けど、と彼は笑う。


「誰かのピンチにあんなにも必死な顔をするオジサンのことは信じられます」


 はい、やられた! 今オジサンのハート撃ち抜かれたよ! 恋愛的な意味じゃなく罪悪感で!

 運命恐喝呪法の反動で俺今心臓が砕け散ってるんだがその痛みの比じゃないよ?

 あぁああああああああ……若さに、青さに、優しさに焼かれるぅぅうううううううううううううううあああああああああ……。


「……ありがとな。早速で悪いがちょっと時間貰って良いかな?」

「はい」

「いーよ」


 軽く自己紹介を済ませてから二人を連れ梨華ちゃんが滞在している宿に転移する。

 ちなみに少年の名前だが暁 光あかつき ひかるくんという。名前まで良い意味でキラキラしてんのかよと軽く凹んだ。


「ヒデさん? ひょっとして」


 受付のチャラ男くんが軽く目を見開いた。

 転移で来たんだからそら察するわな。チャラ男くんは応接室を使ってくださいと鍵を渡してくれた。


「すまんね」

「いえ。どーします? 互助会に連絡入れましょうか?」

「んー……いやちょっと待ってくれ。色々事情があるんだわ」

「っす。じゃ、護符の用意しときますんで」

「ああ、頼むよ」


 ……ここまで来たら千佳さんにも話をしないわけにはいかんしな。

 ってか千佳さんの方にも共鳴……はなさそうだな。

 今、彼女が持つ裏へのパイプは俺ぐらいだがスマホにゃ何の連絡も入ってない。

 表で暮らす時に封印したせいだろう。とりあえず今夜、会おうとメッセージを飛ばしスマホを仕舞う。


「さて」


 応接室に到着した俺は二人に座るよう促し、途中で買ったお茶を渡す。


「早速だけど君ら漫画とかアニメとか見るタイプ? 具体的に言うとバトルありありの現代ファンタジー系とかさ」

「うん」

「月曜発売の週刊漫画雑誌が憂鬱な週の始まりの唯一の救いです」

「なら話は早い。表で生きる人間の目には触れないだけでそういう系統の物語に出て来る要素は大体、リアルにも存在する」

「じゃあ、オジサンはそういう裏の人間なの?」

「いんや? 生粋の住人ってわけじゃねえよ。俺としちゃ表がメインだしな」


 とある企業で部長をやってると告げると確かにリーマンっぽいと頷かれた。


「あの、俺たちはどうなるんでしょう? やっぱり記憶を消されたり……とか……」

「ただ迷い込んだだけならそうなるな。でも、君らはそうはいかない。君らは特別な力を持つ人間だからね」


 多いわけではないが、裏でやっていける素養を持つ人間は一定数居る。

 目覚めなければそのまま一生を終えられるが目覚めてしまえばそうはいかない。

 特に二人は優れた素養の持ち主だからな。


「完全に閉じ切った状態ならそのまま帰してやれるんだが、君らは化け物に行き会って閉じていたものが開き始めてるから無理だ」

「何故ですか?」

「さっきの化け物みたいなのを引き寄せるからさ。そいつらの餌にならないためには自衛出来るぐらいには強くならなきゃいけない」


 千佳ちゃんのように封印するって手も当然、ある。

 だがそれはある程度、力をつけてからだ。

 千佳ちゃんだっていざという時は封印を解けるようにしてあるだろうしなしな。

 力を封じるのは戦う術を身に着けてからだ。


「へえ、良いじゃん! 何か漫画とかにありそうな展開!」

「……」


 鬱屈とした日常から少しでも遠ざかれるからだろう。梨華ちゃんは嬉しそうだ。

 対して光くんは深刻そうな顔で俯いている。彼は大丈夫そうだな。


「ま、今直ぐどうこうってわけじゃない。準備も必要だからな。とりあえず光くんの連絡先を聞いても良いかい?」

「……はい」


 スマホを取り出したので俺もスマホを出して連絡先を交換する。


「じゃ、今日は解散だ。あんまり長々話しても頭に入って来ないだろうしな。

帰る時にさっき受付に居たチャラいのからお守りを受け取るのを忘れないようにしてくれ」


 永続ってわけじゃないしそこまで強いものでもない。

 だが一か月ぐらいはこれまで通り暮らしても問題はない程度のが渡されるはずだ。


「分かりました。あの、何から何まですいません」

「気にするな。これも大人の仕事さね。ああこれ、タクシー代ね」

「うぇ!? た、タクシー代ってこんなに貰えませんよ!」

「良いから良いから。それで気晴らしに美味いもんでも食べな」


 遠慮する光くんに十万ほどを押し付ける。

 彼は何度もペコペコと頭を下げてから部屋を出て行った。


「梨華ちゃんも家に帰るんならお守りを忘れないようにな」

「りょ」

「……軽いな。まあ良い。とりあえずここに居れば安全だから怖いならじっとしておきな」


 そう言って部屋を出ようとしたところで、


「オジサン」


 呼び止められた。

 何だと振り返り、彼女を見やる。


「……あの変なのに襲われた時ね。助けてって心の中で叫んだの」

「ああ」

「……何でか、オジサンの顔を思い浮かべてたんだ」

「……」

「そしたら、ホントに来てくれた」


 立ち上がり俺の下までやって来る。


「嬉しかった。ありがとね、オジサン。すっごくカッコ良かったよ」


 背伸びをし、そっと俺の頬にキスをした。


「えへへ……じゃ、またね!」


 脇を通り抜け梨華ちゃんは部屋を出て行った。

 取り残された俺は……。


「ぐっはぁ!?」


 膝から崩れ落ちた。


「し、死ぬ……死ねる……」


 罪悪感とか諸々の感情で今にもくたばりそうだ……。

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