行かないで、青い春
数奇な運命を持つ彼女に導かれ俺は目まぐるしい青春を送ることになった。
恨んじゃいない。何かこう、色々噛み合わなかったけどあの日々はかけがえのないものだから。
咲いた花が季節の移り変わりと共に散るように自然と消滅した関係。
二度と出会うことはないと思っていたのだが……。
「ごめん、待った?」
「そうでもないさ」
流石に就業中にあれこれ話すわけにもいかない。プライベートのことだし、内容も内容だからな。
なので仕事が終わった後に会う約束をしたわけだ。
「俺の行きつけの店で良いかな?」
「うん。ヒロくんがどんなとこで飲んでるのか興味あるし」
クスリと笑うチカちゃん。
あの頃とは全然違う……昔は、可愛い感じの元気系だったからな。髪もショートだったし。
それが今や大人の女って感じで月日の流れをしみじみと感じるぜ。
ちなみにヒロくんってのはあれだ。
(なげえこと呼ばれてなかったから若干、違和感あるなぁ)
他愛のない話に興じながら向かったのはオカマバー“春爛漫”。俺的最強ヒーリングスポットである。
会社に入って一か月ぐらいの時かな? シャッチョに連れてってもらいすっかりドハマリしてしまった。
ママのトークスキルが半端ないねん……。
「あらあらまあまあ、ヒデちゃんにも遅まきながら春がやって来たのかしら?」
店に入るなりママがキラキラ目を輝かせて聞いて来るが、
「そんなんじゃないよ」
「……」
マジで……既婚者だから……あ、やばい……マジ凹む……。
「ママ、奥の席使わせてもらうよ」
「はいはーい」
「とりあえずビールとテキトーにツマミ……チカちゃんはどうする?」
「私もビールで良いよ」
注文をして席に向かう。
おしぼりワイパーで軽くスッキリした俺は認識を歪める結界を張り巡らせた。
裏関係の話も出て来るだろうし、これぐらいはやっとかんとな。
「……随分、手慣れてるね」
少し驚いたようなチカちゃん。
まー、昔はこういう系統の技術は使わんかったしなぁ。
「ヒロくんはまだ“あっち”に居るの?」
「ああ。俺も戦いが終わった後に一度は足を洗ったんだけどなぁ」
戦いが終わった直後は流石に七代先まで遊んで暮らせるほどの金はなかった。
それでも俺が遊んで暮らすにゃ十分過ぎる金は手に入ったからな。
めんどくせーしと一度は裏から足を洗ったのだ。
「互助会から力ぁ貸してくれって言われてさ」
一度だけのつもりだったが頼み込まれてそのままずるずると今に至るわけだ。
それで昨日みたいなファイナルバトル何回やらされたことか。
「……私には一度もそういうのなかったな」
「そりゃまー、男と女なら扱いも違うっしょ。特にチカちゃんはこれまでがアレだったし」
良識ある人間ならもう戦いにゃ巻き込みたくないと考えるのが当然だろう。
それなら俺もそっとしとけやって話だが、俺の場合は何だかんだ勝っちゃうからな……。
そりゃ大人の扱いも雑になるっつーか。
ババアもあれだからね。昔は俺のこと気にかけてくれてたのに今じゃさっさと死ねだもん。
「ヒロくんは強く、なったね。もう随分と戦いから離れてる私には片鱗も掴めてないかもだけど分かるよ」
あの頃とはくらべものにならないとチカちゃんは苦笑する。
「やばくね? って場面は何度もあったんだけどな」
「……その度にあれ? でもこれいけるんじゃね? で乗り越えたんでしょ?」
「まー、うん。ってか俺の話も良いけどチカちゃんの話も聞かせてよ。名前、どうしたの?」
中島千佳。それが今の彼女の名だ。
苗字は……わ、分かる……けど下の名前が変わってるのは一体どういうことなのか。
見た目も丸っきり変わって、その上名前も違うとなればねえ?
事前に取引先の情報確認しててもわかんねーって。
「本当の意味で人生をやり直すなら良い機会かなって思ってさ」
「……あぁ」
「でもまったく違う名前も嫌だったからヒロくんがつけてくれたチカってあだ名を名前にしたんだ」
照れくさそうに笑うチカちゃん……可愛い……可愛いよぉ……。
「……そっか。でも驚いたよ。まさか社長さんやってるなんてさ」
「兎に角色んなことにチャレンジしたくってさ。それで気づけば……こんな感じ?」
「すごいな」
「そうでもないよ? 最初から全部上手くいったわけじゃないし」
「そこを含めてだよ」
裏の実力者つっても経営者としての力量とは何の関係もない。
手痛い失敗だって何度も喰らったろうさ。
でもそこで諦めずに歩き続けた姿勢をこそ俺は称賛したいね。
「……ヒロくんは、変わらないねえ」
ドキっとするような艶やかな笑みだった。
何とも言えない気分で目を逸らしたのだがそれが良くなかった。
チカちゃんが脚を組み替え、ついつい視線を向けてしまった。
黒いパンストに包まれたムッチリとした脚に思わず生唾がゴクリ。
(青春の象徴の一つと言っても過言じゃないあの子に中年のねっとりとした性欲を向けてしまった……)
死にてぇ……。
いやマジで凹んだ。今すぐ分身して俺の頬をブン殴ってやりたい。
そういう……そういうんじゃねえだろ俺ェ!
青春のよォ! 甘酸っぺえ思い出をよォ! 手前の手で汚してどうするの!? 馬鹿!!
「そういうチカちゃんは変わったよ。勿論、良い方向に。ああ、イイ女になった」
「ふふ、取引先の社長だからおべっか使ってる?」
「なわけないだろ。俺と君の仲に、そういうのは挟みたくない」
「わ、カッコイイんだ~」
悪戯な笑みにまたしても胸キュン。やべえな、今俺ものすげえ勢いで回春してる。
青い春を感じてる。手を伸ばしても掴めないものだと分かっちゃいるのに罪な女だぜ……これがヒロインの風格か。
「よせよ。まあ何にせよ、幸せそうでホッとしたわ」
誤魔化すようにそう言うとチカちゃんの顔に影が差した。
「幸せ、か」
「……チカちゃん?」
「旦那は別の女のところに行って帰って来ないし」
ぐっはぁ!? やっぱり既婚者! 分かってた! 分かってたよ!?
でもさぁ! やっぱさぁ! 違うじゃん! 実際に言葉にされるとさぁ!!
いやそれより不倫!? 何でいきなりそんなヘビーな話ぶっこむん? 正解のリアクションわかんねえよ!
「娘も反抗期でギクシャクしてて殆ど家に居ないし」
既婚の上に子持ち……ッッ!
やけに色っぽいのは子供を生んだ女の色気もあったのか……。
(あの頃よりもずっと綺麗になった君を見て嬉しい反面、こんなにも切ねえ)
あー、これもうあれだ。
明日一人でまたここ来てママに慰めてもらわなきゃ一週間は立ち直れねえ。
「最近は何やってるんだろ私ってずっと思ってたから……うん、今日ヒロくんと再会出来たのはホント嬉しかった」
「チカちゃん……」
「今私、幸せかも」
誘うような潤んだ瞳で笑うチカちゃんを見て俺はハッと気づく。
(……指輪、嵌めてねえ)
既婚者でも毎日毎秒指輪してるってことはあるめえよ。
でもさぁ、こういうシチュでそれってもう……小学校でも中学校でも高校でも教えてくれなかった。
青春時代、良い感じだったけど結ばれることなくわかれた女の子。
大人になり殆ど思い出すこともなくなっていたのに偶然に導かれて再会。
その子は既婚者で軽く凹むんだけど昔を思い出して結構楽しく言葉を交わしてた。
(そんな時、不倫の誘いをかけられたらどうすれば良いのか……先生は教えてくれなかった)
何のための教育だよ。俺は心で泣いた。
かつて俺を非日常(現代ファンタジー)に誘った女の子が今また俺を非日常(ある意味ファンタジー)に誘おうとしてる。
何だろう俺の青い春が加速度的に色を失っていく……。
(もうチカちゃんって呼べねえよ……)
こんなん千佳さんだわ。
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