あのヒトは今
“堰き止める者”、“閉ざす者”、“最強のKY”。
これが何かって? 俺の二つ名の一部だ。
KYは今じゃ死語も良いとこだがつけられた当時は全盛だったんだよ。
んで俺という最強の空気詠み人知らずがいるせいで
まあそれはさておきひでえよな。前二つとかラスボスか何かの異名じゃん。
でも俺はラスボスになれない。何せ世界をどうこうするだけの中身がねーからな。
本当に何もないってわけじゃない。人並みってことだ。
人並みの精神性じゃラスボスはやれねえ。そしてラスボスと表裏一体でもある主人公も張れない。
デケエ役を張るにゃプラスにせよマイナスにせよ揺るがぬ情熱が必要なのだ。
あの頃、俺にそういう何かがあれば違う人生を歩いてたのかな……。
(例えばそう、あの子と家庭を築いて子供が生まれてたり)
あの頃の俺には物語でいうところのヒロインに相当する女の子が傍に居た。
甘酸っぱいイベントも結構あったんだぜ? でも、更に仲が深まるようなイベントを悉く外しちまった。
非日常に誘うヒロインらしく最初は俺よりも強くてさ。
ヒロインが命懸けで俺を守る系のイベントがあったんだが……普通に俺が何とかした。
最初はそういう流れだったんだけど戦ってる内にこれいけるなってなって普通に勝った。
ヒロインが攫われ主人公が自分の無力を痛感するっぽいイベントもあった。普通に守り通した。
死に物狂いで戦ってたら勝てちゃったんだよ……。
そんなこんなで絶妙に仲が深まりきらないままラストバトルが終わった。
物語が終わった後は自然に疎遠になってそのまま今に至る。
俺は今も裏に居るがあの子は陽だまりの中に歩いて行った。
今どこで何をしているかも知らない。調べようと思えば調べられるんだろうがちょっとそういう気にはなれない。
(……俺が、俺が主人公になれていたのなら最終決戦前とかにそういう関係になれてたんかなぁ)
あるじゃん? 最後の戦いの前にさ。想いを通じ合わせてそのまま……みたいな展開。
初めて愛し合った夜の記憶がさ。主人公の執着になってギリギリで生き残るとかあるあるじゃん。
なかったよ。ピンチはあったけど何時も通り頑張って壁ぶっ壊して強くなって勝ちました。
童貞は全部終わった後、普通に風俗で捨てたよ俺。
(満員電車に揺られながら戻らない青春を悔やむオッサン……泣けてくるぜ)
俺の職業はリーマンである。大企業ってほどじゃないがそれなりの規模の会社の営業部で部長をやっている。
貯えという意味では七代先まで子孫が遊んで暮らしても余裕なぐらいはあるんだが世間体がね?
高校卒業した後は遊んで暮らせば良いやとぶらぶらしてたんだが世間の目が厳しくて速攻で止めた。
バイトもせず遊び惚けてる奴とかそりゃ厳しい目にもなるよねっていう。
実際は俺の金だったんだけど世間様から見りゃ親の金で遊んでるようにしか見えんだろうし。
(まあでも普通に働くのもこれはこれでな。主人公にゃなれなかったが悪いことばっかじゃねえよ)
金って意味では裏で一つ仕事をこなせば簡単なのでも年収分ぐらいは余裕で入ってくる。
でも表の社会で働くのも中々に楽しい……いかん、何か自分に言い訳してるみたいでクソだせえ……。
しょんぼりしながら会社に向かうと今日の謝罪参りの原因になった松本くんが俺を出迎えてくれた。
「あの、部長……すいません、ホント……お、俺のせいで……」
入社二年目。仕事にゃ慣れてきたが……それだけに危ない時期でもある。
慣れたと思ってポカをやらかすのはあるあるだ。この子もその例に漏れず失礼をかましてしまった。
そのことについてはしっかり注意したが必要以上に責めるつもりは毛頭ない。
「反省しないのはダメだが、あんまり気に病みすぎるのも良くないぞ」
「でも……」
「ミスしない人間なんてどこにも居やしねえよ。生きてりゃ躓くことは絶対ある」
その度に過剰なまでに自責の念を抱いてたら早晩、参っちまう。
「俺だってそうだし……お、丁度良いとこに。松本くん、今しがた漫画雑誌片手に出社してきた井上くんを見なさい」
「え、何すか急に」
突然話を振られた井上くんが軽く肩を跳ねさせる。
「あの子な。今でこそ一課の成績トップだが入社したての頃はやばかったぞ」
おめーよ、無礼講つってもマジに無礼かます奴がどこに居るよ。
酔っぱらって社長のヅラ剥ぎ取ってぶん投げた時とか俺史上、一番やばかったぞ。
だってアイツの教育係だったもん俺。
ただまあ怪我の功名っつーかあの一件で社長がそっちのイジリもいけるタイプだと分かったんだがね。
井上くんの黒歴史を話してやると、
「え、それは普通に引きます」
「だよな!!」
「……あの、何で俺朝っぱらから盛大にディスられてるんです……?」
可愛い後輩のためだ。
松本くんをフォローしつつ、時間になったので彼を伴い取引先へ。
失礼をかましてしまったとは言え挽回不可能なほどのやらかしではない。
相手方もまだまだケツの青いひよっこなのは分かってたんだろうな。
そこまで目くじらを立てることもなく、松本くんがしっかり反省している様子が見て取れたのか許してくれた。
そのまま商談に入り、パパっと話をまとめる。
あっさりと話がまとまったのは俺のお陰――ではない。松本くんの手柄だ。
ミスはしたが途中まではしっかりやれてたからこそトントン拍子で話が進んだのだ。
「いやーしかしそちらさんが羨ましいですよ。トップが美人さんだとやはりやる気も段違いでしょう?」
「はは、いやいやまあまあ。男の性ってやつですかねえ。華があると気持ちの入り具合も……ええ」
「うちの社長なんて、ねえ? 取柄と言えばバラードが泣くほど上手いぐらいで」
仕事の話が終わればはいさよなら、ってわけにもいかない。
その後の軽い世間話まで含めてだろう。
対応してくれている社員さん。太田さんっつーんだがこの人は当たりだ。
アフタートークやってて楽しいタイプの人なので俺もついつい興が乗ってしまう。
「え、何ですそれ」
「ああ、松本くんは知らなかったっけ。社長ね、歌唱力に関してはプロ並だよ。特にバラードはやばい」
若い子が知らない年代の曲歌っても泣かせるからな。
見た目は小太りのオッサン(E:ヅラ)なのにバラード歌ってる時はマジカッケーんだ。
十八番はルビーのメリケン。俺もシャッチョとカラオケ行くと絶対リクしちゃう。
「そこまで言われると私も気になりますねえ」
じゃあ今度カラオケスナックにでも、と話を持っていこうとしたところで応接室の扉が開かれた。
現れたのは噂の美人社長だ。太田さんに用があったみたいだ。
にしても……おぉぅ、やっぱ別嬪さんだわぁ。
そんな感想を抱きつつ立ち上がり松本くんと共に挨拶をしたのだが……。
「――――」
何故だか俺の顔を見たまま硬直してしまった。
いやまあ、確かに冴えねえオッサンでげすよ? んでも十代の頃は俺もねえそこそk、
「……ヒロ、くん?」
「は?」
それは社会人としてはアウトなリアクションだった。
でも、今の俺はそれを気にする余裕もなかった。
ヒロ、というあだ名で俺を呼ぶ人間は一人だけしか居ない。でもそれは……。
「チカ、ちゃん?」
え、え、え? いやだって名前……上も下も……。
困惑しながら見つめ合う俺たち。
「「――――」」
かつてのヒロインとの再会はあまりにも突然だった。
(あ、左手の薬指……)
俺は心で泣いた。
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