主人公になり損ねたオジサン

@kiseruman

人生は続いている

 知り合いのババア(当時89)と飲んでいた時の話だ。

 良い具合に出来上がった頃、ババアはこんな話題を切り出した。


『戦う系の少年漫画あるだろ? ありゃあよく出来てるね。実にリアリティがある』


 どういうことかと詳しい話を聞いてみると、


『特別な人間が力を得る過程が正しく描写されてるってことさね。

挫折や敗北。それは大いなる流れに選ばれた人間が新たな力を得るための通過儀礼なのさ。

折れることで敗北することで強くならなければいけない理由を手にし、次に進むことが出来る』


 これがただの凡人なら挫折したら折れっぱなし。負けたら負けっぱなしということも十分にあり得る。

 よしんば乗り越えられても目を見張るほどの何かを手に入れられることは稀だ。

 しかし“主人公”に選ばれるぐらいの立ち位置に居る人間は違う。

 乗り越えその先を掴むことが出来たのなら普通の人間が得るよりも何倍何十倍もの成果を手にする。

 この世界はそういう仕組みなのだと言う。


『そういった手順を経ることで“力”は意味を持ち大きくなる』


 力を風船に例えるなら力が必要な“理由”という空気を注ぎ込むことで肥大化していくことになる。

 全てに意味ありき。大いなる力には相応の理由があって然るべきなのだとババアは言う。

 とは言え漫画は漫画。よっぽど捻くれたストーリーラインでない限り主人公は最後にゃ必ず勝利する。

 そういう部分はご都合だがエンタメ的には正しいんだろう。

 まあそこは重要じゃない。ババアが言ってるのは特別な人間が力を得る過程のリアリティについてだからな。

 そこまで話し終えたところでババアは盛大に顔を顰めてこう言った。


『そういう意味であんたは最悪だよ』


 一々注ぐのが面倒になったのか瓶から直飲みし始めたババア。


『十七の頃のあんたは物語で言えば間違いなく主人公の立ち位置にあった』


 あの頃、俺より相応しい人間は居なかったとババアは断言した。

 ……正直な話、否定は出来ない。

 当時、俺は幾度も俺って主人公みてえな人生歩いてるなーとか思ってたし。


『あの時代、良きにせよ悪しきにせよ世界は大きな変革を迎える流れにあった。

その流れの中心に居たのは間違いなくあんたさ。あんたは主人公が持つべきものを全て持っていた』


 ……ああそうだな。その通りだよ。

 何の変哲もないただの少年がある日を境に非日常へ足を踏み入れるとかお約束過ぎる導入だよな。


『非日常へと誘う少女ヒロイン。思想を異にする友二人。これが主人公じゃないなら何だってんだい』


 ババアの目は険しい。


『にも関わらずだ。あんたは何一つとしてその責を果たさなかった。

力及ばず敗れたのならまだ良い。それは仕方のないことだし悪い方向であろうと世界は変わっていたはずだ』


 悪い意味で世界が変わるとしてもそれは大きな流れの結果だから致し方なし。

 またいずれ新たな流れがやって来て好転する可能性も生じる。

 今を生きることに精一杯な人間からすればふざけた話だがババアはそういう視点で生きてないからな。


『だがあんたは勝ち続けた』


 そう、俺は勝利した。


『挫折も敗北も知らず力を得るために必要な過程を踏み倒しその場その場でふわふわと成長し続けた。

膨れ上がった力は強大無比。でも中身は何もない。そりゃそうだ。さしたる理由もないまま強くなり続けてしまったんだからね』


 最初から強大な力を持っていたわけではない。俺も最初は雑魚だった。

 何なら成長イベントっぽいやつにも幾度かぶつかった覚えがある。

 ここで敗北して、命からがら逃げ延びて更に強くなるんだろうなー……みたいなあれね。

 でもそうはならなかった。そういうイベントの度に俺は何とかなってしまった。

 ドラマチックな展開とかは何もない。苦戦してるなー、やべえなー、うん? あれ? これいけそうじゃない?

 みたいなノリで勝利し続けた。圧倒的な勝利ってわけじゃない。辛勝だ。

 ただ辛勝であろうが勝ちは勝ち。勝利が積み上がっていった。


 ――――そうして行き着くとこまで行っちゃったんだよなぁ……。


『その結果が今の世界だ。現状維持。それもまた一つの答えではあったのだろうさ。

だがそこに至るまでに断固たる決意がなければ台無しだ。世界は次へ進めない。

在るべき流れを無為に堰き止めたせいで新たな流れが生じることもない。怠惰な停滞だよ。

そのくせ、あんたは今も際限なく強くなり続けてる。何なんだいマジで。死んでくれ』


 ひでえ言い草である。


「……――それが私だ! 私こそが人類の総意!!」


 っと、そろそろか?

 記憶の海から浮かび上がる。あんまりにも話がなげえもんだから別のこと考えてたわ。

 視線の先では人の形をした“闇”が両手を広げ大仰なことを抜かしている。

 この手の輩はどうしてこうも話が長いのか。付き合わされる身にもなってほしい。

 おめー、明日は取引先に謝罪参りに向かうんだぞ。


「人は終わりを望んでいる! だから私が生まれた! 集合無意識の海より私を生んだのはお前たちだ!

誰が止められる!? 人類全ての願いを体現した存在である私を!! 誰にも止められるものか!」


 ざっくり説明すると今、世界は滅亡の瀬戸際にある。

 あれを放置すれば本当に世界が終わるだろう。


「人類最強! 貴様にもだ! どれだけ強かろうと所詮は一個の人間。質量の桁が違うのだ!!」


 ……もう良いから始めようや。

 口には出さないが白けた俺の態度があちらにも伝わったのだろう。

 表情はないが何かキレてるのが分かる。


「死ねィ!!」


 俺の顔面に拳が突き刺さる。

 世界中の術者が総力を上げて張り巡らせた幾億にも及ぶ結界。

 それがなきゃ日本をかち割りその余波で大津波を起こし世界に甚大な被害が及んでいたであろう威力だ。

 しかし、俺は揺るがない。スーツの上着が吹き飛んだ程度だ。


「こんな太鼓腹のオッサン一人殺せねえでなーにが人類の総意だい」


 ッポォン! とシャツの上から腹を打つ。

 我ながらだらしねえ身体だ……十代の頃は痩せてたのになぁ。

 髪もそうだ。見た目は全然そんなことねえがシャワー浴びた後の抜け毛がな……最近ちょっと危機感を覚え始めてる。


「ば、馬鹿な……」


 露骨に動揺する“闇”。

 人類の意思を汲み取って生まれた存在だからかやけに人間臭いリアクションだ。


「まあ良い。ようはあれだろ? お前をどうにかしようってんなら人類全部を殺すぐれえの意気込みでやれってことだろ?」


 ぐるぐると肩を回し、


「――――人類殲滅パンチ」


 拳を放つ。


「がっ……!?」

「人類殲滅キック」

「ぎぃいいいいいいいい!?!!」

「人類殲滅エルボー」

「ぐっはぁあああああ!!」

「人類殲滅卍固め」


 そろそろ仕舞いだな。


「こ、こんな……こんなことが! “堰き止める者”……ッ。き、貴様は……貴様は一体何だというのだ!?」


 佐藤 英雄さとう ひでお34歳。


「オッサンだよ。ちょっとばかり強いだけのな」


 主人公になり損ねた俺の人生は今も続いている。

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