ひえっ

 裏の社会と繋がってる俺だが表の生活を蔑ろにするつもりはない。

 政府やら裏の有力者にはキッパリとそう言い含めてある。

 じゃあ緊急の案件が飛び込んで来た時はどうするのか。

 偉い人らが手を回して作ったダミー企業がうちの会社と付き合いがあってな。

 そっち関係の事情で出張って形になるわけだ。

 何でそんな話をしたかって? 丁度今、出張という名のゴミ掃除をやっている最中だからだ。


運命さだめの冒涜者よ。今度こそ貴様に永遠の静寂を馳走してやろうぞ」


 全長数メートルはあろう王冠を被った髑髏が俺を睥睨している。

 はためく黒い外套。禍々しい大鎌。五年近く見てなかったが相も変わらず分かり易いデザインしてやがる。


「テメェも懲りねえなハデス~? 死神が何度もくたばるとか笑い話にもなりゃしねえよ」


 鼻で笑ってやると奴の眼窩や口から漆黒の瘴気が漏れだす。

 周囲の植物が塵になり大地が枯れていくが俺にゃ通じん。

 初めてやった時はまー、生命への特攻ってことで結構やばかったけど結局何とかなっちゃったんだよな。

 だから今の俺にはただの臭い息でしかない。何だろうな……ずっと掃除してない古書とかいっぱい詰まった蔵の臭いに似てる。


「何たる傲岸! 何たる不遜! 相も変わらず死を蔑視するその在り方は決して赦されはしない!!」

「は~? 勘違いしないでくれますぅ? 俺が舐めてんのは死じゃなくテメェだよ」


 ブチッとスルメを噛み千切りながら言ってやる。

 片手にスルメ片手に本日五本目のロング缶。頭にゃネクタイ。緊張感もクソもありゃしないが仕方ない。

 言っちゃ何だが再生怪人みてえなもんだしな。

 直接的な暴力って意味じゃ一か月ぐれえ前にやり合った闇よりゃ弱いし。

 まあその分“死”という生命に対する絶対の権能がコイツのセールスポイントなわけだが俺にゃ通じんしな。


「つーかさぁ……ぐびっ……やる前に……んぐ……聞きたいんだが」

「ものを口に入れながら喋るなァ! 不敬どうこう以前の問題だぞ!!」


 コイツ、妙なとこで生真面目よな。

 俺は無視して続ける。


「別に何を企もうがお前の自由だけどよ~。何で俺が生きてる間にやるわけ?」


 ハデスは俺を嫌ってはいるが大目標は別にある。

 その成就を願うのなら幾度となく土を舐めさせた俺と揉める意味はないだろ。


「百年もすりゃー俺もくたばるんだからよぉ。それまでヘラヘラ外面取り繕う方が良いに決まってんじゃん」


 私情よりも大義を優先しろよ大義を。

 それなら俺もこんなとこまで出張る必要はなかったのに……。


「貴様という存在を看過するなら大義は重みを失う。貴様を殺さねば先へ進めんのだ!!」

「げっふぅー……ああそうかい。じゃ、さっさと終わらせようや。かかって来な」


 ロング缶を握り潰し放り捨てる。

 良い具合に酔いが回ってきたぜ。終わったら風俗でも行ってスッキリするかねえ。


「ふざけおって……ッ! だがその態度が何時まで続くか見物だなァ!?」


 ハデスが両手を打ち合わせる。

 瞬間、煌びやかな曼荼羅が天空に浮かび上がった。


「む……これ、は……」


 魂に直接、触れられているような感覚。


「死を司る神は命に対して絶対の権能を持つ。だが、同じ死の神同士でかち合えばどうなると思う?」


 カタカタと骨を鳴らしながらハデスは嗤っている。


「支配領域だ。他の神の領域下で権能を振るえばそこを支配している側のそれが優先される」

「お前……」

「そうとも! 奪ってやったのよ! 閻魔の権能をなァ!!」


 上機嫌だったハデスが憤怒も露わに続ける。


「死なぬはずだ! 殺せぬはずだ! 同じ死の神が背後に居るのだから!!

赦せぬのは閻魔もよ! 死を司る神格でありながら貴様のような存在を看過するな……ぞ……!?」


「フンッ!!」


 便所で気張る時ぐらいの気合を込め、絡みついていた死を吹き飛ばす。


「閻魔大王が俺に肩入れしてるって? 冗談」


 閻魔大王ってのは死者に対して公平な裁きを下す存在だ。

 そんな人……ってか神が一個人、それも生者に肩入れするわけねーだろ。

 生前に閻魔大王が介入してたら死後、公平な裁きをくだせねえ。

 心情どうこう以前に肩入れしたという事実がノイズになるからな。


「一個人の人生狂わせまくってるテメェんとこと一緒にすんなってんだ」


 ゴキゴキと首を鳴らす。身体に不調はない。

 初手から最大のカードを切ったみたいだし、これ以上はなかろう――終わらせる。


「ガっ!?」


 一息で距離を詰めハデスの頭に手を当てそのまま地面に押し倒す。

 地面に押し付けたまま言う。


「お上からの通達だ。お前を完全に消す」


 ハデスはオリュンポスの重鎮だ。

 それゆえこれまでは討伐はしてもそれ以上はなかった。

 人間側としてもオリュンポスと事を構えるのは避けたかった。

 が、ものには限度ってもんがある。神々は今も尚、大きな影響力を持ってはいるが神代ほどではない。

 人間側が揉めたくないと思っているようにオリュンポスも全面戦争は望んじゃいない。


「もう庇えなくなったってよ」


 正直な話、俺はハデスのことは好きじゃないが存在ごと消滅させようってほど嫌ってはいない。

 いや嫌ってないってよりそこまでの熱量を向ける相手ではないと思っている。

 だが俺に依頼した連中はハデスの完全消滅を望んでいる。

 オリュンポス側に受け入れられないなら俺を投下すると通告したらしい。俺は核か何かか?


「ほざけ! 死を司る私を消すだと!? 出来るものかァ!!」


 そう、そこだ。オリュンポス側は完全消滅させられたのなら受け入れると答えた。

 一旦殺してもどこかでポップすると思ってんだろう。

 だから俺は偉い人らから何としても完全に消してくれと頼まれ……考えた。


「出来るよ。多分だけどな」


 俺の身体から白い光が立ち上る。


「相反するものをぶつけてやればひょっとすればひょっとするんじゃねえか?」


 ハデスに触れている手を通して“命”を注ぎ込む。

 誰でも思いつくような発想だ。過去に試した奴も居るだろう。

 現に今も注ぎ込んだ端から殺され続けている。

 しかし、しかしだ。


「あがががががががが……!?!!!」


 ――――無限ってことはあるめえよ?

 どっかで限界が訪れる。そこまで注ぎ込めば何とかなるかもしれない。

 俺の想定は正しく十分ほどでその時は訪れた。


「お、おのれ……おのれおのれおのれぇええええ! 背徳者め! 貴様には必ず裁きが……ッッ」


 パン、と風船が割れるような呆気なさでハデスは消滅した。


「必殺ならぬ必生奥義SPELL MAGIC……ってな」


 いやこれは流石に下ネタが過ぎるか。

 確かに生命力って意味ではあれだけどぉ……親父ギャグにもほどがある。

 何にせよこれ仕事はおわ……いやこれ消滅したか?

 消えはしたけど完全かどうかは分からん。何年かしてリポップしたかどうか確かめないと断言は出来んな。


「まあでもとりあえずは報告だな」


 スマホを取り出し連絡を入れようとして気づく。


「あおん?」


 メッセージの通知だ。

 誰だろうとタップすると……千佳さんから食事の誘いが来ていた。


「ひえっ」


 俺は失禁した。

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