授かる部屋②

 

 二十年前、わたくしは主人と結婚いたしました。


 主人の名前は、貴彦たかひこと申します。先祖代々受け継いだ土地を活用して、地代収入などで生計を立てておりました。


 わたくしも貴彦さんも子どもが好きで、笑い声が絶えない大家族に憧れていました。この家も、子どもが何人増えてもいいように考えて広めに建てました。


 ですが、神様というのは残酷なものですわね。

 長いこと、わたくしたち夫婦は子どもを授かりませんでした。


 ……まあ、そんな顔をなさらないで。夜深さんはお優しい方ね。


 ええ、とてもつらかったですわ。

 貴彦さんもわたくしも、出来る限りのことはしましたのに。

 月のものが来るたびに、生まれなかった命を想い、胸が潰れそうなくらい悼みました。


 そんなわたくしたちを見兼ねて、貴彦さんのお母さまが、とある提案をしましたの。


 うふふ、違いますわ。

 姑は古風な価値観を持つ方でしたけど、石女うまずめの嫁だと責めるような心根の持ち主ではありません。

 夜深さんは、考えが顔に出やすくていらっしゃるのね。

 謝ることありませんわ。素直さは、得難くて失いやすいものです。大切になさって。

 姑の提案は、こういったものでした。

 

 次の排卵予定日に、

 ***市にある、竹中家所有のマンションのとある一室で、一夜を過ごす。

 

 ただ、それだけでした。

 ただそれだけで、わたくしたちの望みは叶うのだと、姑は言うのです。


 もちろん、すぐには受け入れられませんでしたよ。

 ですが姑は、こうも言ったのです。


 わたくしの苦しみに、心の底から共感できると。

 姑もなかなか子宝に恵まれず……だからこそ、わたくしの痛みに共鳴してしまうと、強く強く手を握ってきました。

 そのときのわたくしたちは疲れ果てていて、姑の奇妙な提案を受け入れました。


 ですが、貴彦さんとその部屋に行く日を相談していると、

 

 その部屋で過ごすのはわたくし一人だけだ、と姑は申したのです。

 

 *

 

 聖子さんの話に聞き入っていると、バタバタ……と複数の足音が耳に届いた。


「ごめんなさいね、騒がしくて」

「いえ、大丈夫です」


 子どもが走り回る音には慣れているし、集中力が削がれることもないが。

 お子さんは一人だと伺ったが、お友達でも来ているのだろうか?


 そう思いつつも、私は話の続きを待った。

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