22 サーペントに乗って
例によってクレータが説明してくれる。
「イリュリア共和国は昔ここにあった王国がムルマンスク帝国に併合されようとした時に、それを嫌った諸侯が語らい合って近隣諸国に承認された国です。あまり強力な国家ではないし内部もゴタゴタしています」
イリュリア共和国のゴタゴタとは、ジャムス辺境伯家とマオニー侯爵家の仲違いが原因だとか。他家を巻き込んで揉めに揉めているという。国内は貧富の差が激しく、貧しい村も多く、問題は多い。帝国との国境にある辺境の森には強い魔物が湧き瘴気も物凄いという。
そのイリュリア共和国の東に広がるのは強大なムルマンスク帝国である。帝国の軍隊は強い。しかし今、何かの問題があってごたついているという。どの国も問題を抱えているようだ。
「湖はヴリトラの所為で荒れた。しばらく避けた方が良いと思うが」
腕を組んだままのエラルドが言う。菜々美の所為でもある。笑って誤魔化したい。しないけど。
「ちょっと湖の精霊さんに状況を聞いてみますわね」
ルイーセ様が湖の精霊たちに聞いてくれた。精霊たちは湖の各所に散らばって情報を集めてくれた。
『クライン公国側、船舶被害小、桟橋被害小』
(城砦の所に居た船かしら?)
『イリュリア共和国、桟橋破壊、増水、他』
「う」
『ムルマンスク帝国、桟橋被害小、増水小』
『アンベルス王国、船舶被害大』
(これはパウリーナが連れて来た船だわね)
「イリュリア共和国が一番近かったからな。どの程度の被害か行ってみるか」
エラルドの言葉にヨエル様が頷く。
「そうじゃのう、しばらく船旅はよい」
船旅って結構飽きるんだよね、楽だけど。
「わたくしが地上にお送りしますわ」
ルイーセ様が人型を解かれた。こ、これは──。
体長5mくらいの魚竜プレシオサウルス、ネッシーみたいな姿になった。背中は明るいグレーでお腹は白くて足はヒレで、首が長くて──。
とても優美で、とても綺麗。
「ひゃあ、ステキです!」
「うふふ……」
みんなを背中に乗せて水の中を泳ぐ。空気の膜みたいなのがルイーセ様の周りを包んで苦しくないのだけれど、湖の水は濁っていて視界はよくない。
しばらくして水面に出ると岸に寄って降ろして下さった。
* * *
「水が来ていますね」
降りた草地は濡れていて、波が湖岸すれすれまで来る。ドレスの裾が濡れるので持ち上げた。パンツを穿いているからいいよね。エラルドとクレータがチラリと見るので首を竦めた。
「ナナミ様、これを」
ルイーセ様がキラキラしたものを渡してくれる。銀の鎖に青い宝石を繋いだブレスレットだ。宝石が雫の形になっている。
「水のある所でしたら、わたくし出られますの。ぜひこれで呼んで下さいね」
「まあ、ありがとう。きっとお呼びします」
ブレスレットを持って腕に着けようともたもたしていると、エラルドが付けてくれて「お前によく似合う」と笑う。
「という訳で、今回はわたくしもご一緒します」
ルイーセ様が同行を申し出た。
「ルイーセ、どうしたのじゃ。宮殿もまだ荒れたままじゃ、無理をするでないぞ」
ヨエル様がルイーセ様を気遣って引き留めるが彼女はかぶりを振る。
「いいえ、ヨエル様。この村の辺りから最近、瘴気やら何か嫌なモノが流れて来たんですの。それで蛇に負けちゃって──」
ルイーセ様が言うとお気楽そうに聞こえるけれど嫌なモノって何だろう。
クレータの話だとこの方は一族を失い、たった一人で此処に戻って来てこの湖をちゃんと住めるようにした。その努力はいかほどのものだろう。
それを蛇やら人やらに穢された。きっと何があったのか真実を知りたい、さらにはその嫌なモノを何とかしたいと思われたのか。
「仕方がないのう、だがくれぐれも無理はするでないぞ」
「分かりましたわ」
「私、もう一度ヒールと結界をかけますね」
大事にならないよう出来る事はしておきたい。
「癒しの精霊よ我らを包め、聖魔法ヒール! あまねく精霊よ、我らをその加護の手で包み給え、結界」
みんなの身体を癒した後に強力な結界を張った。よし行こう。
* * *
びちゃびちゃの湖岸を道なりに歩くとぽつりぽつりと生えた木の間に、少し高台にある集落が垣間見える。フィン村と違って木造の家が多い様な気がする。
桟橋を壊して増水もあったんだよね。高台にある様だけど家は大丈夫だったのかな。洪水とか津波になってないかしら。
ちょっと不安になった。
私たちはぞろぞろと村への道を歩く。しかし村人は見当たらない。
「人が居ないのかしら」
「見当たらないですね。私が先に偵察してきます」
村の少し手前に来てラーシュが物見を買って出てくれる。
「じゃあ私も一緒に行って来ましょう」
クレータも一緒に行くという。
「女は邪魔だ。私だけで大丈夫だ」
「あら、私は強いですし、女が居た方が何かとよろしゅうございますよ」
面白い組み合わせかと思ったけれどラーシュは不機嫌そうにしている。クレータは熊だから強いし、そのままだったら頼りになりそうな女性だし、怖がりな人なら女性の方がいいと思うんだけど。
「ラーシュ、二人で行ったらいい」
エラルドに言われてラーシュはしぶしぶ頷いて、クレータと一緒に偵察に向かった。
暇なのでそこらを見渡すとリンゴが落ちている。今の時期だとスモモだろう、でも艶々とした果皮はどう見てもリンゴよね、小さい赤い実がそこらにころころと。
まばらに生えていたのはリンゴの木だったのか、見上げると高い木にぽつぽつと実が生っている。木を揺すると落ちて来た。5cmくらいの小さなリンゴだ。拾って食鑑で鑑定してみる。
リンゴ 『食可』
「ナナミ、どうしたんだ」
「リンゴです。ちょっと食べてみますね」
赤い実をハンカチタオルで拭いて食べる。シャリと小気味よい音がする。
「食べられるのか」
「結構いけます。私リンゴ好きなんですよね」
果物は大体好きだ。
エラルドに落としたリンゴを拭いて渡して、もう一個食べる。シャリシャリ。
「真ん中の芯は食べられないです」
「そうか」
エラルドは菜々美がシャクシャク食べるのをじっと見てから食べ始めた。
「パイは食べたことがある。生は渋いと聞いていたが、なかなか美味い」
「そうなんですか」
ヨエル様とルイーセ様も話に乗って来る。
「余もシードルなら飲んだことはあるが」
「あら、そういえば林檎ジュースをお供えして下さったことはありますわ」
「食べますか」
拭いたリンゴを差し出すと、二人は受け取って両手に持って匂いを嗅いだりしていたが、すぐに手の中のリンゴがしおしおになってしまった。
「うむ、馳走であった」
「美味しゅうございましたわ」
どんな食べ方をしたんだろう。ちょっと怖くなってエラルドの側に寄る。
(そんな攻撃方法があるのなら──)と思ったけれど、あの蛇なんかは瘴気を纏った妖魔だというし、吸収して毒を取り入れるなんて出来ないわね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます