23 ウスリー村の子供


 船に乗っていた時はずっと雨催いの天気だったし、今は梅雨明けくらいか、リンゴの季節にはまだ早いが、何で熟れたリンゴがあるんだろう。

 じっと手元のリンゴを見る。こういう場合することはひとつだろう。フイン村の雑貨屋で可愛い手提げ袋を幾つか買った。買ってもらった服なんかを小分けにして【アイテムボックス】に入れる為だ。それを取り出してリンゴの木を揺すっては落ちた実を綺麗に拭いて入れる。

 エラルドとヨエル様とルイーセ様を巻き込んで、袋3個に一杯になった頃、やっとラーシュとクレータが帰って来た。


 ラーシュとクレータは子供を一人連れていた。

「お、お前ら何もんだ! 悪い奴らだろ! 父さん達を返せ!」

 子供はクレータが抱えている。今にも泣きそうな顔をして怯えながらも、強がってキャンキャン叫んでいる。怯えた子犬みたいだ。


「何? この子」

 いくつだろう、小学生位かな。濃い茶色の髪に明るい茶色の瞳の痩せた子供。

「お前はこの村の子供か」

 エラルドが聞くとキャンキャンと喚いた。

「そ、そうだ。大人は、皆変になって何も出来ないぞ。どっか行け」

「村人が変だと?」

「家の中には入っていませんが、外に居た者は皆ぼんやりしておりました」

 ラーシュが報告してクレータが頷く。


「子供が襲い掛かって来たので捕獲しましたわ。この子だけまともそうで連れて来ました」

 子供はクレータに捕獲されたまま吠える。

「お、お前らがやったんだろ」

 ヨエル様がじっと子供を見た。

「この子供は別に瘴気に侵されておらぬ。空腹のようじゃ」

「ふうん、リンゴ食べる?」

 菜々美が袋からリンゴを取り出すと子供がびっくりした。

「な、何でリンゴが熟してるんだ。ま、まだ早い」

 落ちていたから拾ったけど、この村のものならお金を払わないといけないだろう。ちゃんと持ち合わせがあるし、そんなに高価じゃないと思う。


「美味しかったわ。袋三つ分貰ったのよ、いくらかしら」

「へっ?」

「お金の計算出来ないの?」

「で、出来りゅわい!」

 噛んでる。

「いくら」

「ど、銅貨3枚」

「はい」

 銅貨を受け取って子供は大人しくなった。

「ほら、リンゴも食べなさい」

 手に持たせてやるとガツガツと食べる。

「美味い」

「もう一個食べる?」

「もういい」

「じゃあ、何があったか教えて」

 子供は菜々美たちをぐるりと見回して、少し縋るような瞳になった。やっぱり心細かったんだろうな。必死で強がってたんだな。


「昨日大水が出て、水は大したことなかったんだけど、村の人たちがぼんやりしてしまったんだ」

「水は大したことなかったの?」

「村は高台にあるから、でも嵐みたいな風が吹いて──」

 私の攻撃の所為かしら。ちょっと冷や汗が出る。

「その後なんか綺麗な風が湖から吹いて来て、それを浴びたらみんなが──」

「じゃあ聖水の所為かしら? こんな所まで届くの?」

 聖水の瓶が割れたのは大湖の宮殿の中なんだけど。

「村に行ってみるか」

「そうじゃのう」

 やっぱり現物を見た方がいいだろうな。


「お前、名前は何というんだ」

 エラルドが聞く。

「お、お、オレはカイ・ケビだ」

「あら、男の子だったんだ。幾つ?」

「13歳だ」

 中学生か、それにしても菜々美より少し背が低い様な気がする。

「どう見ても男だろう」

「可愛いから女の子かもしれないって思ったわ」

 そう言うとエラルドが拗ねたようなむくれたような顔をする。菜々美はパウリーナが来た時こんな顔をしていたのかと思う。何か可笑しくなった。

「何が可笑しい」

「だって──」

 エラルドにぴとっと引っ付くと少し驚いて満更でもない顔をする。


「若い者は良いのう」

「そうですわねー」

 ヨエル様とルイーセ様は茶飲み友達モードになった。

 クレータはラーシュに聞く。

「あんたは彼女はいないの?」

「まあ色々ありまして、今はいないですね」

「ふむふむ」

 ベタベタしているエラルドと菜々美を見て、

「知っているぞ、お前らコンヤクシャっていうんだろー」

 カイが知ったかぶりを披露する。



「最近、皆変だったんだ」

 カイが村への道を歩きながらぽつぽつ話す。

「村の外れに工場が出来て、どこかの商人が工場長を連れて村長のとこに来て、村の皆を雇って──」

 つまりこのウスリー村に工場が出来た事が始まりのようだ。


「うちは畑とリンゴと湖で漁をやっていたから、誰も工場に行かなかったんだ」

「何人家族?」

「父さんと母さんと兄ちゃんと姉ちゃんとオレ、5人だ。それに犬が一匹」

 カイは指を折って数える。

「犬?」

 それらしい犬は見ていないが。

「この前から居ない」


 うちも5人家族だったけど妹にアレルギーがあって犬も猫も飼えなかった。

 元気にしているだろうか。菜々美と違ってほっそりしてお人形みたいな子だから可愛がられていたけれど。

 姉は博多人形みたいな色っぽい美人で、妹は市松人形みたいな可愛い子で、菜々美は金太郎みたいな……(くっ)。こっちに来てからちょっとは痩せただろうか、相変わらずのアウトドア派だが。


 菜々美の思いなぞ知らずカイは村の状況を説明している。

「工場に働きに行った人たちが、だんだん帰って来なくなって、ずっと工場で働かされていて」

 ちょっと口を噤んでふくれっ面になって続ける。

「犬が、ロッキーがいなくなって、オレが探している内に父さん達が連れて行かれて、そのまま帰って来なくて、工場は勝手に行っちゃいけねえって言うし……」


『此処から何か嫌なモノが流れて来て、少し弱った所にあの蛇が来たんですよねー』

 ルイーセ様の言葉を思い出す。彼女はちょっと困ったような顔をしてカイを見ているが、工場廃液とか垂れ流しとか、そういう言葉が浮かぶ菜々美は紛う方なき異世界人であった。


「オレ一人じゃ畑も出来ねえし、どうしようと思っていたら、

 大水が出て、風が吹いて、綺麗な空気が流れて来て、

 村に残っていた人が腑抜けたみたいになったんだ」


「よし、分かったわ」

 自分の言った言葉のように腑抜けた顔になったカイに菜々美は力強く頷く。

「まず村の人を見て、その後工場に行きましょう」

 そうだ、工場に行けば全て解決するような気がする。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る