第3話

その夜。




フェリスは、皇帝陛下に連れられ、隣国へと慌ただしく旅立った。




セリーヌと話をしなければ。




「セリーヌ、どういうことなの? フェリスが、隣国の皇太子だと知っていたの?」




「少し前にね。隣国の者が、首元にフルール・ド・リスの痣のある青年を長年探しているって、噂を耳にしたの。だから調べたのよ。フェリスで間違いないと確信を得たわ。だから、隣国に手紙を送ったの」




「なぜ私に教えてくれなかったの?」




「驚かせようと思って」




セリーヌは、ふふっと微笑んだ。




私は、心に燻る心配事を口にした。




「セリーヌ、大丈夫かしら? 私、皇太子殿下を執事として働かせていたなんて……」




「心配しないで。お姉さまは、皇太子殿下の命の恩人よ。七年前のあの雨の日、お姉さまがフェリスを助けなかったら、フェリスの命はなかったわ。陛下もそれは良く分かっているはずよ」




「そうね。お咎めはないかも知れない。でも、心苦しいわ」




「気にすることないわ。知らなかったんだから。まさか皇太子が傷だらけで路上に倒れてるなんて、誰も思わないわ」




「でも、おかしいわよね。皇太子がなぜあんな場所に?」




「当時、陛下はフェリスを連れて、この国に視察に訪れていたそうよ。ここからは私の推測だけど。フェリスは護衛の目を盗んで街へ一人で出たのでしょう。子供だもの。一人で冒険したかったのかも。その時に、何者かに誘拐された。でもフェリスはあの通り有能よ。何とか自力で脱出したのよ。でも、馬車に轢かれて傷を負い、記憶を失った」




セリーヌの推測は、納得できるものだった。細部は違っていても、概ね間違っていない気がする。




フェリスは私と同じ歳だという。十一歳まで皇太子としての教育を受けていたのね。




剣術も幼い頃から訓練されていたはずだわ。文字をすぐ覚えたのも、隣国の言葉として習っていたのかも知れない。上品な身のこなしも皇太子として育ったのなら、全て説明がつく。








フェリスが隣国へと旅立ってから二週間が過ぎた。




セリーヌの言う通り、隣国からのお咎めはない。けれど、同時にフェリスからも何の音沙汰もなかった。




もう帰って来ないわよね……。だって、皇太子なんだもの。




「フェリスは、きっと隣国のお嬢様と結婚するのよね。もうここへは……」




思わず零れた言葉と共に、涙が溢れそう。




フェリスに会いたい。こんなことなら、自分の気持ちをキチンと伝えておけば良かった。




目の前のセリーヌは、庭園に設けられた席で、芳香な紅茶を口に運んでいる。セリーヌが、周囲を気にしながら呟いた。




「そろそろだと思うのだけど」




そろそろって何?




その時、執事長が手紙を持ってやって来た。




「マリアンヌお嬢様、フェリス、いえ、皇太子殿下から婚約のお申し込みです」




「え?」




私は、一瞬、自分の耳を疑った。




フェリスが、私との婚約を望んでる?




セリーヌが、勢い良く立ち上がった。執事長から手紙を奪うと、目を通している。




「やっぱりね! 間違いないわ。婚約の申し込みよ! これでお姉さまの望みは、全て叶ったわ!」




セリーヌが、私の目の前に、手紙をバッと見せつけた。




私は、震える手で手紙を受け取った。




そこには、私を妃として迎えたいと、本当に記されていた。




「こんなことってあるのかしら……全て貴女のおかげよ、セリーヌ……。ありがとう!」




私は、立ち上がるとセリーヌを抱き締めた。




「夢みたいだわ」




「お姉さま、幸せになってね」




その時、背後で声がした。




「セリーヌ様ではなく、私を抱き締めてもらえませんか? マリアンヌお嬢様」




振り返ると、フェリスが立っていた。




皇太子らしく、品格のある衣装に身を包んだフェリスは、柔らかな微笑みを浮かべている。




「フェリス……。いえ、皇太子殿下」




「フェリスという名も好きだけど、これからは、ルーカスと呼んで欲しい」




フェリスは、私をセリーヌの腕から、そっと自分の元へと引き寄せた。




顔が近い! イケメン過ぎて眩しいわ。目眩がする。




私は、何とか声を絞り出した。




「ルーカス……様」




「マリアンヌと呼んでも良いかな?」




耳元で囁かれた甘い声に、私は、自分の体温が一気に上がるのを感じた。顔が熱い。気絶しそうだわ。けれど、ちゃんと答えなければ。




「はい。ルーカス様」




ルーカスが私の顔を覗き込む。近い! エメラルド色の瞳が今まで以上に輝いて見える。




「私はずっと、マリアンヌを好きでした。けれど、身分が違うと我慢してきた。自分が何者かが分かった今、もう我慢するつもりはない。返事を待ちきれず、来てしまった。返事をもらえるかな?」




フェリスが私をずっと? まさかの両想いだったの?




夢のような展開に、クラクラする。早く答えなきゃ。




「もちろん。喜んでお受けしますわ。ルーカス様」




私が答えると、ルーカスは少しハニカミながら微笑んだ。




「ありがとう、マリアンヌ」




私は、ルーカスに腰を引き寄せられた。ギュっと抱き締められる。




ルーカスの温もりが伝わってくる。これからも、ルーカスとずっと一緒にいられるのね。




私の唇に、ルーカスの唇がそっと重なった。




もう死んでも良いわ!

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