第2話

時を遡ること、三か月前。




私は、アンドリューに婚約の解消を申し出ようか、日々悩んでいた。




そんな時、セリーヌが、声を掛けてくれた。




「悩んでいることがあるなら、私に相談して欲しい。必ずお姉さまの力になるから」




私は、セリーヌに全てを打ち明け、相談にのってもらった。




フェリスを好きなこと。アンドリューとの婚約を解消したいこと。




「それなら私に任せておいて。お姉さまの望みを叶えてあげる」




セリーヌは、自信ありげに微笑んだ。




それからというもの、セリーヌは、私とアンドリューのお茶の席に同行するようになった。




セリーヌがアンドリューを落とすのに、そう時間は掛からなかった。




そして、今日という日を迎えた。




セリーヌは、可憐に微笑んだ。




「アンドリュー様から婚約破棄させれば、この家には何のお咎めもないわ。けどアンドリュー様には呆れたわ。卒業パーティーに私を呼び出して、まさかあんな真似をするなんて。お姉さま、ごめんなさないね」




「良いのよ。婚約破棄を皆に知らせる手間が省けて、むしろ良かったわ」




「全てが計画通りね。私は将来、王妃になれるし」




私は急に心配になった。今回の件でも分かる通り、アンドリューは、顔だけしか取り柄のない男だ。セリーヌは賢くて美しい。もっと相応しい相手がいるのでは?




「アンドリュー様は、あの通り、あまり賢くない方よ。本当に良いの?」




「確かにポンコツよね。けど、顔が良いもの。お姉さまはご存じでしょ? 私が面食いだって。アンドリュー様になど、何も期待してないわ。王妃になったら私が陰で政務を行うの。その後は、王子を産んで、しっかり教育すれば済む話よ」




セリーヌの面食いには理由がある。




親戚に子供が生まれた時、セリーヌは、大変なショックを受けた。夫人はとても美しい方だったから、さぞ可愛い子供を想像していたのだろう。けれど、子供は主人に似て不細工だった。それ以来、子供のために相手は顔で選ぶと言い切っていた。




セリーヌの割り切りには、あっぱれとしか言いようがない……。




「お姉さまも面食いよね。フェリスはアンドリュー様以上だもの。あとは、お姉さまがフェリスと結ばれれば、この計画は完璧よ」




「問題はそこよね。フェリスは私を主としか思っていないようだし、何より身分が……。お父様もお母様も反対するに決まっているわ」




フェリスとの出会いは、七年前の雨の日だった。




路上に倒れている少年を、偶然、馬車で通りかかった私が見つけた。




その時、少年は、全身傷だらけだった。余程怖い目に遭ったのか、記憶も失っていた。




私は、少年を連れて帰り介抱した。




数週間後、私は、回復した少年の名を決めるために、様々な名前の由来を調べた。




「とりあえず、名前はフェリスでどうかしら?」




「……フェリス?」




「男性としては稀な名だけど、幸せという意味の名。この世は、怖いことばかりではないわ。貴方は、きっと幸せになれる」




フェリスは、小さくフッと微笑んだ。




「嬉しいよ。ありがとう……」




あの時の柔らかな微笑み。私は一瞬で恋に落ちた。フェリスと、この先もずっと一緒に居たかった。




私は、お父様に何度も頼み込んで、フェリスを私専属の執事にしてもらった。




フェリスは、子供の頃から呑み込みが早く、とても優秀だった。文字も私が教えると、あっという間に覚えた。何より驚いたのは、剣術の腕前だった。華麗な剣さばきには目を瞠るものがあった。騎士団の子息にも引けを取らない強さだったわね。




「それなら、何の問題もないわ」




セリーヌの声に、私は我に返った。




「どういう意味?」




その時、屋敷の前に、従者と護衛を伴った馬車が停まった。




窓の外を眺めていたセリーヌの顔が、パァッと華やいだ。




「そろそろ来る頃だと思った。グッドタイミングだわ。お姉さま、行きましょう!」




セリーヌは、私の手を取り走り出した。




「待って。セリーヌ!」




私は手を引かれるままに、部屋を出た。




ドアの前に控えていたフェリスの前を、走り抜ける。




フェリスが、驚いた顔で私たちを追ってくる。




「お嬢様!」




屋敷の入口まで来ると、セリーヌは、ようやく私の手を離してくれた。




入口には、煌びやかな衣服を纏った男性と、その従者、護衛と思われる十数名の姿があった。




出迎えた執事長が、アタフタと困惑している。




中央に佇む威厳に満ちた男性に向かって、セリーヌは、淑女の礼をする。




「ようこそおいで下さいました。隣国、カイル帝国の皇帝陛下。私は、セリーヌ・ドゥ・ワイマールと申します」




どういうこと? この方が、隣国の大国、カイル帝国の皇帝陛下なの!?




私は、慌てて淑女の礼をする。




「セリーヌの姉、マリアンヌ・ドゥ・ワイマールと申します」




陛下は、私たちではなく、なぜか私の隣に立つフェリスを見つめていた。




セリーヌは続ける。




「やはり面影がございますか? こちらにおられる殿方こそ、七年前に誘拐され、その後、行方不明となったルーカス殿下に間違いないかと。首元には、フルール・ド・リスの痣がございます」




陛下は、フェリスに近づくと、スッと手を伸ばした。震える手で、フェリスの頬に触れる。




「面影がある。ルーカス……。本当に我が息子、ルーカスなのか?」




フェリスは、戸惑いの表情を見せた。




まさか……。フェリスは、皇帝陛下のご子息なの?




陛下は、首元のフルール・ド・リスの痣を覗き込んだ。途端に、瞳を潤ませた。




「間違いない。ルーカスだ。生きていたのだな……」




陛下は、フェリスを力強く抱き締めた。




次の瞬間、傍にいた十名ほどの従者が、一斉にザッと片膝を突いた。




「ルーカス皇太子殿下!」




嘘でしょ……。皇太子殿下? ということは、第一皇子!

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