王太子は私との婚約を破棄し、妹を選んだ。王太子様、騙されてますから! 私は隣国で幸せになります!

@haruiro9

第1話

「本日この時をもって、マリアンヌ嬢との婚約を破棄する!」




王太子アンドリューの低音ボイスが、高らかに響き渡った。




学園の卒業パーティーで賑わっていたホールが、しんと静まり返る。




アンドリューの隣に寄り添っているのは、可愛い私の妹、セリーヌ……。




セリーヌがなぜここへ?……。




そういうことだったのね。だからアンドリューは、今日、私のエスコートはできないと。




アンドリューとの間に、愛などなかった。けれど、一応聞かなくては……。




「アンドリュー様、理由を伺っても宜しいでしょうか?」




アンドリューは、銀色のサラサラの髪を掻き上げた。美しいブルーの瞳が、私を見据える。




「君との婚約を解消し、君の妹、セリーヌと婚約する。それが理由だ。まさか、マリアンヌが実の妹を虐げ」




セリーヌは、アンドリューの言葉を遮るように、服を引っ張った。首を左右に可愛らしく振る。




私がセリーヌを虐げていたと、そんな嘘をアンドリューに?




アンドリューは、セリーヌの肩を引き寄せた。




「セリーヌ、君は何て優しいんだ」




アンドリューは、再び私を見据えた。




「本当は言いたいことが山ほどあるが、やめておく。マリアンヌは、優しい妹に感謝するんだな」




セリーヌは私にチラリと視線を向けた。口元には、薄笑いが浮かんでいる。




分かっていた……。こうなることは、全て分かっていたわ。




「承知いたしました。どうか、セリーヌを幸せにしてあげて下さい」




私は、震える手でスカートを軽く持ち上げた。




最後まで、公爵令嬢らしく礼を尽くさなければ。




身体に染みついた淑女の礼を済ませると、クルリと後ろを向いた。




私の身体は、いつの間にか駆け出していた。




学園の門前に、私を待つ執事のフェリスの姿が見えた。




柔らかな金色の髪が、陽の光を受けてキラキラと輝いている。吸い込まれそうに美しいエメラルド色の瞳が、私を捉えた。途端に、穏やかな微笑みで、私を迎えてくれる。




張り詰めていた気持ちの糸が、プツリと切れた。涙が溢れてくる。




フェリス、私の愛しい人――。




私は、フェリスの腕の中に飛び込んだ。フェリスの温かい胸に顔を埋める。だって、こんな時じゃないと、抱きつけないもの。そうよ。ここは、悲しんでいる振りをして、しっかり慰めてもらおう。




「フェリス、私、婚約を破棄されたわ」




「あの男が……、いえ、アンドリュー殿下がお嬢様との婚約を?」




「えぇ、たった今、宣言されたわ。妹のセリーヌと婚約するそうよ」




私は、婚約を破棄された喜びで、胸がいっぱいだった。




アンドリューの前では、喜びからくる震えを我慢するのが大変だったわ。




一回り大きなフェリスの手が、戸惑いがちに私の髪をそっと撫でてくれた。




やったわ! フェリスが私の髪を撫でてくれた。フェリスは、今、どんな顔をしているかしら? 婚約破棄を喜んでくれている?




温かい胸から、そっと顔を上げた。




フェリスは、悲しそうな瞳で、私を見つめていた。




喜んでいない? 悲しんでるの? フェリスにとって私は、やっぱり主でしかないの? 




私の頬にフェリスの手が伸びてくる。涙をそっと拭ってくれた。




頬に、フェリスの手が、初めて触れた……。私ってバカだわ。そう言えば、セリーヌが以前言っていた。涙は最強の武器だって。本当だったのね。なぜ今までこの手を使わなかったの? お願いよ、涙! もっと零れて!




目を必死で瞬かせたけど、無情にも、涙は零れてくれなかった……。




とりあえず今日は、頬を触ってもらったから良いわ。涙はここぞと言う時の武器にするのよ! 今夜は、嘘泣きの練習をしなきゃ!




フェリスが、心配そうに私の顔を覗き込む。




「お嬢様、私と一緒に帰りましょう」




一緒に……。何て良い響きなの。




「えぇ、そうしましょう。フェリスと一緒に帰るわ」




私は満面の笑みで頷いた。




いけない。さっきまで泣いていたのに、すぐに笑ってしまったわ。




フェリスは、私の手を引き、馬車に乗せてくれた。






屋敷に着くと、フェリスはすぐにハーブティーを運んできた。




帰りの早い私に問いかけてくる母をはじめ、全ての人物を完全にシャットアウトしながらの神業だった。




「マリアンヌお嬢様、気持ちの落ち着くカモミールティーです」




ティーカップがテーブルの上に置かれた。




フェリスの手を握りたい……。ダメよ! はしたないわ!




屈み込んだフェリスの首の横には、小さなフルール・ド・リス(アイリス)の痣がある。フェリスに聞いても、なぜそんな痣があるのかは、分からなかった。でも、私はこの痣の紋様が好き。手でスリスリしたい。




「フェリス、ありがとう」




私は、カモミールティーの甘酸っぱいリンゴのような香りを、胸いっぱいに吸い込んだ。




う~ん、癒されるわ。フェリスの淹れるハーブティーは、いつだって私に至福の時をもたらしてくれる。




その時だった。




ドアをノックする音と同時に、セリーヌの声が聞こえた。




「お姉さま、セリーヌです。少しお話、よろしいかしら?」




セリーヌが、もう帰って来たわ。




フェリスの顔色が、サッと変わった。ツカツカと大股でドアへと向かう。フェリスにしては珍しく、ガチャッと荒っぽくドアを開けた。




「セリーヌ様。申し訳ございません。マリアンヌ様は、体調が優れず」




私は、立ち上がった。




「フェリス、いいのよ。通してあげて」




私の声に、驚いた顔でフェリスは振り返る。




「少し外してくれるかしら? セリーヌと二人で話したいの」




フェリスの瞳が心配そうに揺れた。




「私は大丈夫よ。フェリス」




「では、何かあればすぐにお呼び下さい」




フェリスは、仕方なさそうに頭を下げ、部屋を出た。




セリーヌは、私の傍まで来ると、得意げな顔を向ける。




「お姉さま、上手くいったでしょ?」




私は大きく両手を広げ、セリーヌを抱き締める。




「ありがとう。何もかもセリーヌのおかげよ!」

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