第9話 多様

 数日後。僕たちは羽矢さんの寺院へと向かった。

 日中は、参拝者も多く、日が落ちてからの事だった。

 うっすらと明かりが灯っている本堂で、住職を待つ。


 ……静かだ。


 衣が掠れる音が耳に捉えられる程、透き通った空気感の中に、僅かな緊張が走る。

 それでも、住職の姿を目で捉えると、その穏やかな表情に安心を得た。


「お待たせ致しました。羽矢からは聞いていますが……御子息、総代のご様子は如何でしょうか」

「ご心配頂き感謝致します。父は痣の痕跡を元に、呪詛を放った者に辿り着こうとしています。ここ数日……睡眠も食事も、十分には取っておりません」

 住職は、蓮の言葉を聞くと、ゆっくりと座る。

「……そうですか。柔軟に見えて、中々に強固なお方です。長い時を共にして来ましたから、察するに易しいですが、何分なにぶん、限界という境を分かっているのに知ろうとしない……続き、力添えは惜しみませんが、ここぞの時には……」

 住職の表情が真顔に変わる。


「止めさせて頂きますので、ご承知を」


 住職のその言葉に、蓮は深く頭を下げた。僕も同じに頭を下げる。

「ありがとうございます。ところで……御住職、羽矢の姿が見えませんが……本日、夕刻に本堂でと聞きましたので、中に入らせて頂きましたが……」

 蓮の言う通り、羽矢さんの姿はなかった。


「羽矢でしたら、冥府に行っていますよ」

「冥府に……ですか? 何故……今日に……」

 蓮は、聞いているかと回向に目線を向ける。

 回向は、首を横に振った。

 住職は、蓮と回向の様子を見ると、穏やかに微笑んで伝える。

「鬼籍をもう一度、確認したいと言って、閻王に会いに行きました」

「鬼籍……?」

 蓮は、そう呟くとまた、回向へと目線を向けた。

 蓮と回向は、何かあったのかと、心配そうな顔を見せた。


「心配なさらなくて大丈夫ですよ。ご存知でしょうが、羽矢は自身が決めた事は、何があろうとも譲りません……ふふ。奔放なのは困った事ではありますが、その分、得るものは大きいですから」

「確かに……そうですね」

 蓮がそう答えると、回向もそうだなと頷いた。


「羽矢は時期に戻って来るでしょう。その前に……」

 住職は、ゆっくりと瞬きをすると、回向へと目線を向けた。

「神祇伯……瑜伽は、無論、全てを知っていますよ。一番に近い境地にいましたから。それは今もですが……」

「……はい」

「お気づきになられているのでは?」

 穏やかな笑みを見せながら問う住職に、回向は答える。

「ええ。仰る通りです。そもそも験者げんざは、神仏分離後に寺に属したのが殆どでしたが、中には神社に属した者もいます。神仏分離は、神と仏を分ける判然令……そのような中で、寺に属する事を命じられた験者は、国により、二派、それぞれどちらかに属せと令が下されました。その後、廃仏毀釈はいぶつきしゃくが起こり、その後の事は言うまでもありません」

 回向の話を聞く住職は、静かに二度、頷きを見せた。

 回向は、目線を落とし、何やら考えているようだった。

 続く話があったのだろう。それを話すかどうかを迷っている……そう見えた。

 膝に置いた手をギュッと握ると、回向は顔を上げる。


「……御住職。秘密が多いのは、二派同様です。ですが、その一派には……」

 回向は、住職へと目線を向けると、言葉を続けた。


「特定の本尊はありません。それだけに多様であるとお答え致します」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る