第8話 足跡

「……そうだな」

 蓮は、そう呟くと、小さく二度頷いた。

「……気になっていたんだろ、紫条。右京の父親が言った事が」

「まあな……『結び付きを奪われれば、祖神おやがみさえも奪われる。祖神とは、氏族の系譜に於いても、地位を成り立たせ、引き継がれるもの……それは天地開闢の根源までをも、大きく左右する』……その言葉がな……ずっと頭に残っているんだよ」

「……そうか」

 蓮と回向の元へと、僕と羽矢さんは歩を進めた。

 回向は、僕たちの方を振り向き、話を聞かせるように言葉を発した。


「祭祀を司る氏族は高位につくが、与えられた領域を治める役主だ。支配権はないが、王と称される国主に最も近く、国主が祖神とする神の氏族としても名が入る。つまりは祖神は同じであるという事だ。そもそも、祭祀を司るというのは、最高権威だったからな」

「最高権威ねえ……」

 蓮の目線が、ちらりと回向に向いた。

「なんだよ? 紫条」

「よかったな」

「なにがだよ?」

「新たな処が見つけられて、だよ。神祇伯と道が違うと言っていたが、そうでもないだろ?」

「嫌味か?」

「嫌味な訳ねえだろ」

「お前が言うと、嫌味にしか聞こえねえ」

「あ、そう。悪かったな」

「はは。冗談だよ」

 回向は、穏やかに笑うと、歩を進め始めた。僕たちは、肩を並べて歩き始める。

 言葉の間が開き、少しの間、鎮守杜を散策していた。

 ぐるりと一周し、本殿が見えて来ると回向が口を開いた。


「いつでもいいぞ、紫条。前聖王の死口」

「回向……」

「聞きたいのは、右京の父親が継承権を失った事か?」

「……ああ」

「それは俺も知りたい事だな。そして氏族……『真人』の姓は、その血族から分別をつけた結果だ。恐らくだがな……継承権を失った経緯に関係する事だろうな。継承権を失うのは、大抵は……謀反だ」

 回向の声が少し低くなった。

 回向は、遣る瀬ない様子で、深い溜息を漏らすと、言葉を続けた。


「それが何者かの企みであったとしても、謀反の疑いを掛けさせるだけで十分だ。後は勝手に周囲が動く」

「……成程。神祇伯と来生が同じ処で、肩を並べていたのも頷ける話だな。まあ……ていのいい配流はいるという訳だったか……」

 そう答えた蓮に、回向の目線がちらりと動いた。だが、直ぐに前に目線を戻すと、話を続ける。

「水景は臣下だ。右京の父親、来生がその処を追われれば、連座も同然……だから……親父が神祇伯として国に仕える事になった事に、俺は、親父は本当に国を潰す気なんだと思ったよ……」

「まあ……確かにそう思うよな……」

 そう答えると蓮も深い溜息をついた。

「だが連座というなら、前聖王の方が、その責任を来生と共に背負わされるんじゃないのか。兄弟だろう、何故、弟を抜いて臣下なんだ。両統迭立とはいえ、その時に連座すれば、一系統に完全に流れただろ」

「そこが分からねえから、死口を行うんじゃないのかよ?」

「まあな……」


「じゃあ、その前にジジイに聞いてみようぜ?」

 羽矢さんの声が、妙に明るく響いた。

 蓮と回向は、同時に羽矢さんを振り向く。

 二人の目線に羽矢さんは、にっこりと笑みを返す。

 ……この笑みはまた……。

 僕は、思わず苦笑を漏らした。


 だけど……。


 羽矢さんの笑みが、直ぐに真顔に変わる。

 そして告げた羽矢さんの言葉に、僕たちは頷いた。


「総代の鱗の痣……消せるかもしれないぞ」

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