第2話 左右

 諒闇りょうあん践祚……。

 言われてみれば、確かにそうだ。

 即位礼が行われるのは、国主が崩御してから三年目……。

 前聖王の殯の期間は、長かったとは言っても忌明けまで……それは四十九日だ。即位礼を行うには早過ぎる。


「それがどういう意味を含めているか……高宮 来生こそが聖王であったと示しているって訳だろう?」

「まあ、そう言えるだろうな」

「その即位礼まで行われているんだから、間違いないだろ」

 蓮は、そう言うと、羽矢さんの反応を窺う。

「成程な」

「成程ってお前な……そこまで見えていたんじゃないのかよ? いみなどころか、諡号しごうも見えたんだろ。自分で言っていたじゃねえか」

「ああ、見えたよ。『真人まひと』だろ?」

「それが、氏族に与えられる、八つあるかばねの最上位だ。だが……」

 蓮が溜息をつく。

「なんだ、蓮」

「その姓を与えられるのは一人じゃねえんだよな……」

「元々、国を統治していたってやつね……」

「国譲りの承諾は既に済んでいた……か」

「そもそも国を統治していたって言っても、それは領域の問題だしな……ああ、そういえば、高宮って……右京……だったな」

「ああ、右京だ」

「ふうん……成程ねえ」

 興味を示した表情が浮かぶ。

「成程、だろ?」

 そう答えると蓮は、ニヤリと口元を歪めた。

「ああ、成程だな」

 羽矢さんもニヤリと笑みを見せた。


 ……怖い……。この流れ……。

 因縁とも思えるものを感じる僕は、小さく息を飲んだ。


「右がいれば左もいるって訳だろ? 蓮」

「ああ、左の『真人』がいるって訳だ」

「そこに至る経緯の中で、姿の見えない『真人』に動かされていたって事になるんじゃないか?」

「そう考えれば、縦の系列を横の系列へと変え、前聖王が逝去したら、前聖王に子供はいなかった訳だから、高宮 右京がその系列に戻る事が出来なかったとすれば、一体何処に流れたんだろうな?」

 中々に恐ろしい事だが、蓮は興味深そうだ。


「うーん……じゃあ、蓮。見つけてみるか?」

「見つけるって言ってもな……」

「見つけるにしても、隠された姓だからか……ああ……だが、氏族ならそれも分かるはずだよな?」

 羽矢さんは、そう言うと、にっこりと笑みを見せる。

 その笑みに蓮は、不機嫌に表情を歪めた。

「……あいつかよ……」

 あいつって……やっぱり。

 ぼそりと呟く蓮に、羽矢さんは笑みを見せたまま答える。

「ああ、そう、あいつ。回向えこうなら分かるだろ?」

 神祇伯の息子……水景 回向だ。


 その名を聞くと、蓮は更に深い溜息をついた。

「回向ねえ……」

「まあ、そんなに嫌な顔するなよ、蓮」

「別に嫌な訳じゃねえよ。微妙に相性が悪いだけだ」

「あ、そう。じゃあ、問題ねえな」

十分じゅうぶん問題あるだろう」

「ねえだろ。同じようなもん、持っているんだし。お互い似たようなもんだろ」

「重なっているものがあるだけであって、似てねえし」

「なんだかんだ言ったって、同じ口を開けるんだから、仲良いじゃねえか」

「……」

 蓮は、口を噤み、呆れた顔を見せる。

「氏族の事は氏族に聞く事にしようぜ、な? 蓮」

「仕方ねえ」

 蓮は、また溜息をついたが、先に立ち上がると言った。


「宮司となったあいつの顔、見に行ってやるとするか」


 ……蓮。

 僕は、思わず笑みが漏れた。

 そう言った蓮の表情には、笑みが浮かんでいたからだ。

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