第一章 尊と命

第1話 諒闇

 高宮の父親、来生らいしょうの魂は、水景みかげ 瑜伽ゆがが導き、浄界へと送った。

 来生の魂を飲み込んでいた怨念を持った魂は、執着を滅し、救済という形を持って導いた。

 そして、下界において行っていた臨時祭は再開され、国主の位を継ぐ、践祚せんそを行い、高宮 右京が国主となった……。



 全ての神社、寺院に立ち入る事が出来、皆から総代と呼ばれる当主様は、元より国に仕える官人陰陽師であったが、神祇伯がその全てを担い、国は陰陽師の役職を廃した。その神祇伯は、水景 瑜伽だ。

 陰陽師の役職を廃するのは、前聖王の意向でもあったものだが、高宮が国主となっても、それは決められた。

 だが、その理由には、呪術というものが民間に流れ、人の行く末にまで影響を及ぼす事が、事象となって現れてしまった事に、国の独占であった呪術が、呪いを肯定させない為でもあった。それを示す事で、呪術というものが本来、どのようなものであるのかを明確にし、加持祈祷を鎮護国家の名の下に置く事が、民間に対して呪術を抑制する声明でもあった。



「なあ、蓮……」

 溜息混じりに口を開いた羽矢さんの表情は、少し翳りを見せている。

 その表情と声色で、蓮は心情を察する。

「縦の系列が横の系列になり、前聖王を善か悪かで言ったら、どっちになるか……だろ?」

「……まあな」

「縦だろうが横だろうが、血族は血族だ。高宮 来生とは兄弟、高宮 右京にとっては叔父だろ」

「叔父……ね……」

「なんだよ? はっきりしねえな」

「それなら、位を受け継いだのは、兄ではなく、弟って事だろ」

「そこに何の問題があるかって事か? まあ、そこに至る経緯だろうな。事実、追い出されている訳だし……」

「まあ……問題というよりな……あの時、前聖王の死は総代の言葉でもはっきりしたが、魂には、そこまで深い執着がなかったんだよ。執着を見せていたのは、周囲から集められた魂の方だ。その執着が怨念を膨らませ、聖王の魂までも染めてしまったんだからな」

「ああ……あの神社にあった人形ひとかただろ。来生の魂までも取り込んでしまう程に……な」

「まあな……それに……もがりの間に、復活を願うって……死して貰っては困る奴がいたと言えるだろ。まあ実際……その執着が影響して、殯が長引いたらしいがな……」

「あいつ……絶対、知っているよな」

「ああ、高宮だろ? 知っていても素直に口にしない奴だからな……そもそも、その存在自体の真偽が問われる。事実、見えてはいないだろ?」

「ああ、まあな……明確なものがなければ口には出来ないのも分かるが、高宮だって命を狙われたって言うのにな。あいつ、戻っては来られたが、一回、死に追い込まれているんだぞ。随分と冷静でいられるものだ」

「そう言うお前だって、仇討ちなど考えてはいないんだろう?」

「なんだ、聞いていたのか。俺と高宮の会話」

 蓮の言葉に羽矢さんは、得意げな笑みを見せながら答える。


「門が開けば聞こえるんだよ。んでな?」

 そう答えた羽矢さんに、蓮は呆れたように溜息をつく。

「羽矢、お前……」

「なんだよ?」

 蓮は、ははっと声をあげて笑うと、こう答えた。


「やっぱり執念の塊だな?」

「蓮……お前ね……」

 羽矢さんの表情が引き攣った。

「ところで……羽矢」

 蓮は、真顔で羽矢さんをじっと見る。

「うん? なに、蓮?」


 蓮の言葉を聞く僕は、ただ苦笑を漏らすだけだった。


「こんな朝早くからなんでお前が、依の部屋にいるんだよ?」

「まあ、そう言うなよ。いつもの事じゃねえか」

「まったく……」

 ははっと笑う羽矢さんを見て、蓮は溜息をついたが、表情を真顔に変えると羽矢さんに言う。

「流石は『死神』だな。お前……あの神社で邪神と化した来生と闘った時、迎えるべき時に変えると言っていたしな……迎えるべき時は三年目……即位礼はその三年目に行うものだ」

 続けられた蓮の言葉に、羽矢さんの表情も真顔になった。



「当然、それは国主が崩御した時の践祚……諒闇りょうあん践祚だ。それがどういう意味を含めているか……高宮 来生こそが国主であったと示しているって訳だろう?」

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