第6話


それからアヤは、俺の卓から離れようとしなかった。


俺も今日だけはと、アヤを他の卓へ行かせないようカウンターの中に立つ初老のマネージャーへ目配せをした。


本当は、こんな、女のコ同士のトラブルになるような事が煩わしく、店のコ、ひとりを特別扱いや指名もせずに、誰とでも楽しめる居場所が欲しかっただけであった。


しかし、アヤの気持ちを受けとめ、アヤに、期待をさせている。

アヤに涙を流させたのは、俺にも責任がある。


だから、他のコ、すべてとキスをして、みほとのキスへの言い訳にした…。



入れ代わり立ち代わりアヤのヘルプにやってくる新人の女のコを交え、いつものように俺は軽口を叩いている。


アヤも普段と変わらない様子で俺に接している。


ただ、俺から離れないよう、俺のジャケットの裾をずっと握りしめている。


そんな折、みほがまた、俺の卓へとやって来た。


「ぐりっち、お寿司、ご馳走さま〜」


「毎度の事だから、いちいち礼なんかいらないよ」


「って言うかさぁ、なんでみんなにキスされてんのよ!」


「お前だって、俺とキスしたじゃん。それに、キスぐらい俺は誰とでもしちゃうぜ。挨拶みたいなもんだからな」


みほは、先ほどの俺の唇を奪ったキスは、アヤを含めて、他のコもみな、気づいていないと思っている。


「そんなことより、たまには私をアフターに連れてってよ」


アヤの前で堂々と俺を誘う。


「たまには、みんなで一緒に飯屋へ行くじゃん」


「今日は2人だけで行きたいの!」


「やだね…俺は今日、予定があるからな」


でも、今度、絶対に誘ってよ…と、言いながら、また他の卓へと移動する。


俺の卓には、俺とアヤだけが残った。


「予定って?」


「今夜は朝までアヤと添い寝するって言っただろ。俺は約束は違えないよ」


「良かった~」


「だから安心して、他の客へ挨拶してこいよ。アヤは店のNO1なんだから、しっかり仕事してきな。ラストが近いから、俺はそこのコーヒー屋でお前があがるのを待ってるから…」


「うん!」


笑顔で席を立ち上がり、他の卓へと向かうアヤの後ろ姿を眺めつつ、俺は店から、コーヒー屋へと歩き出した…。


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