第3話
アヤは、枕元にあるリモコンで、部屋の照明を落とした。
俺は、俺の腕を掴んでいるアヤの手を、そっと振りほどき、代わりに、その手で、アヤの唇に触れてみた。
真っ暗な部屋の中、アヤの瞳が切な気に光る。
「大丈夫…今日は朝まで帰らないから、化粧を落として、朝までおやすみ…俺がずっと、となりにいるから…」
俺の言葉に素直に頷いたアヤは、急いでシャワーを浴びて、戻ってくる。
「ぐりっち…今日は抱いてくれるの?」
「いいや…今日は、このまま、ゆっくりおやすみ。このまま、俺の腕枕でね」
アヤは、それ以上は、駄々をこねずに、おとなしく目を閉じた。
アヤの寝息に誘われて、俺も、ついつい眠ってしまった。
俺の肩にかかるアヤの吐息は、甘く切なかった…。
翌朝、俺は、アヤの作る、みそ汁の匂いで、目が覚めた。
「おはよ!」
アヤは、明るく俺に声をかけた。
アヤはすっぴんである。
夜の化粧は妖艶で、若いながらも充分な色気を感じさせるが、素顔のアヤは、清楚で少し幼く見えた。
髪を後ろで、無造作に束ねて、ナイキのハーフパンツにタンクトップ。
エプロンには、ひよこのプリントがされていた。
夜のアヤなら、いくらでも見つめられる俺が、素顔のアヤはまぶしくて、横を向きながら、タバコに火をつけ、照れ隠しに、煙を吐きながら、アヤに言った。
「腹減ったな…」
意外とうまい、アヤの朝飯。
俺は、当然ながらに、おかわりをした。
「さぁ…俺は行くよ」
「また来てくれるでしょ?」
「それはどうかな?でも、今夜また、店には飲みに行くよ…」
「朝御飯のお礼に、また、店終わったら、飲みに連れてってよ」
「まだ、騙されちゃうからな」
「意地悪言わないで…あっ!これ、持っててよ」
アヤは、黒いグッチのキーケースに、アヤの部屋の合鍵をつけて、俺に手渡そうとする。
「いらねぇよ…」
「嫌!持っててくれないと、今日、店の娘たちに、ぐりっち、あたしの部屋に泊まったって、公表するからね!そしたら、誰も、もう、遊んでくれないよ」
「しょうがねぇな…持ってるだけだぞ…でも、これはいらない」
俺は、鍵だけを外し、ジーンズのポケットに押し込んだ。
「俺、キーケース、嫌いなんだ」
俺は、アヤの頭を撫で、玄関の扉を開けようとした。
「今日は、はやく来てよ!閉店間際は嫌だよ。この部屋には、いつでも入ってきてね。いつでも…だからね!」
俺は、振り向きもせずに、片手をヒラヒラさせて、扉の外に出た。
(しょうがねぇなぁ…そんなに俺が良いなら、遊んでやるかな?本当のいい男が出来るまで、一緒に夢をみてみるか…)
俺は、ひとり、つぶやき、仕事場へ向かった。
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