5-3 相棒
こうして守と天は、無事にエドガーへと辿り着いた。
二人が自転車から降りると、それと同じくして、まるで待ち構えていたかのように玄関の扉が開かれる。そこからひょこっと顔を覗かせた環は、そのままトコトコとこちらにやって来た。
「やあご苦労様。忘れずに持ってきてくれたんだね!」
そう言いながら自転車を撫でる環に、守はもちろんだと小さな見栄を張る。
「覚えてるに決まってるじゃないですか〜」
「偉いね!」
「えへへー」
「出発してから気が付いて、少し引き返しましたけどね?」
「おバカさんだね!」
「えへへー」
だがそれは、天の暴露によってすぐさま吹き飛ばされた。まぁ結果として、忘れずに持って来たのだから良しとしてほしい。
「自転車、依頼で使うんですか?」
これまで環が、バイトの通勤方法を指定してきた事はない。ならばおそらく、依頼で自転車が必要となるのだろう。
そんな守の予想通り、環は「そうだよ」と頷く。
「今回はエリアが広いからね。自転車があった方が便利だと思うよ。はいこれ、今日の依頼の地図。赤で囲んだ範囲が方が僕で、青い方が守くんたちの担当ね!」
そう言われて渡された地図を見れば、全体の九割以上が青色……つまり、守たちの担当となっていた。
「……は?」
守は目の錯覚かと思いパチパチと瞬きをしてみたが、どうやら間違いでは無いようだ。
「…あのー、環さん?これは」
そんな守の言わんとしていることを察したのか、環はニコリと笑うと、守の言葉を
「だって守くん、三人とも連れてくると思ったんだもん?」
「いや…えー?」
仮に、我が家のイケメンたちを総動員していたとしよう。
こちらが四人、環は一人。
合わせてきっちり五等分。
その上で考えてみても、やはりこの配分はおかしいと思う。というか、だもんって何だ、だもんって。三十過ぎたおっさんの『だもん?』なんて、可愛くないんだよ!普通ならな!!
だが実際のところ、環ほどのルックスならば、普通に様になってしまうのが現実だ。本当に、彼のスペックはどうかしていると思う。
こうして守は、日々着実に『普通』という概念を見失ってゆくのだ。
「お願いだよー守くん?」
「…まったく」
そして環の必殺技、『奥義、イケメン』を使われた守は、ため息混じりにしぶしぶ了承しようとする。
だが、諦めるのはまだ早い。
守はその
「いやでも!今日は天さんと二人だけだし、これはさすがに多すぎな気が…」
「君だけが頼りなんだ!お願いできるかな?」
「ダメです!」
「御国守くん!」
「うっ…」
瞬殺だった。
今回ばかりは、気付いた時には守の頭はコクリと頷いた後だった。
「お任せください!」
これぞフルネームの呪い、恐るべし。
「ありがとう!じゃあよろしくね!」
対する環はご機嫌に、満面の笑みで自分の担当場所へと向かって行った。
「守、気を確かに持ちましょう」
その姿をしばらく呆然と見ていた守であったが、天に声をかけられ我に返る。
「…まぁ、やるしかないですもんね!」
「その意気です。それで、今回の依頼はどういったものなのですか?」
「えーと、今日の依頼は…」
そして守は、事前に聞いていた依頼内容を天にも伝える。
「『タオルが無くなる原因の解明』だって聞いてますよ。どういう訳か、洗濯で干してたタオルが飛ばされて、そのまま無くなっちゃうらしいです。しかも、
「タオルが無くなる…」
「そ。でもただ単に、風で飛んじゃうわけじゃないみたいなんです。どこに干していても、今治タオルだけがピンポイントに無くなるらしいので、狙っての犯行みたいですね。
まぁ何にせよ、とにかく原因を突き止めて欲しいとのご依頼です!…ってあれ?あそこ!あのタオルだけ変な動きしてない?あんな一枚だけピーンってなる?!」
するとその時。
守は幸運にも、不審な動きをするタオルを目撃した。
「あ!ほら飛んでった!!」
そして見事、犯行現場を確認。その犯人は、挟まれていた洗濯バサミを器用に外し、お目当ての真っ白ふわふわな今治タオルを持ち去っていった。
だが、肝心の犯人の姿は見えなかった。
「俺にはタオルが勝手に動いて、勝手に飛んでいったように見えたんですけど…」
となれば、犯人の正体は…
「『
予想通り、今回も妖怪の仕業である。
「ですよねー」
本来なら、同様の現場を見たとしても、「鳥の仕業かな?」とか、「あそこだけ風が吹いているんだな」と考えるのが普通である。
だがこの通り、今の守は少々普通ではない。妖怪が犯人だと言われても、容易に納得できる男へと変貌を遂げているのだ。
そしてもう一つ、今の守には学んだことがある。
「あれは、俺の逃がした百鬼の中の妖怪ですか?」
「ええ、そうです」
それは、『妖怪だからと言って闇雲に回収しない』という事だ。だって世の中には、自分が逃がした妖怪以外にも、たくさんの妖怪がいるのだから!
「成長しましたね」
「まあね!」
そんなドヤ顔を決める守に、天は笑顔で拍手を送る。
だがそれも束の間。
仕切り直しとばかりに、彼はパンッと大きく手を打った。
「さ、そろそろ追いましょうか。逃げますよ?」
そう言われて、飛んでいったタオルに目を向ければ、それはもう肉眼で捉えるのがギリギリなほど遠くまで行っていた。
「イエッサー!」
守はすぐさま自転車に跨る。
そして相棒の天が荷台に乗ったのを確認するやいなや、安全が確保できる中での全速力で、ペダルを漕ぎ始めた。
荷台からの重力は、今はさほど感じない。おそらく天が加減してくれているのだ。
その華麗なる気遣い、グッジョブです!
「私がナビをしますから、守は運転に集中を!」
「助かります!」
そして始まる、追走劇。
「まずは真っ直ぐ。少し坂になっているので気をつけて」
「了解!」
イケメン相手に言うのも忍びないが、天と自分は息が合うと思う。
「次の角を右に」
「次だと信号変わりそうだから、ここ右でもいけます?」
「ええ、ではこの先で一旦左折を!」
まさに名コンビ。
「うわ、このままだと商店街じゃない?」
「大丈夫、そこは通りません。こちらから回り込みましょう」
行き先が見えずとも、彼にだったら安心して行方を任せられる。
「この辺りは子供が多いので気をつけて。子供と言えど、女性ですからね?」
「いやそこ、女性って強調しなくていいですから!何度も言いますが、俺のモットーは『女、子供、お年寄り、そしてメガネに優しく!』ですからね?」
「承知しました。残念ながら、私はいずれにも該当しませんが…優しくして下さいね?」
「はは、努力します!」
二人で行動するのが、今日が初めてだとは思えない。
「天さん!あそこにタオル落ちてるけど!?」
「あれはダミーです。本体はタオルを
もっと、ずっとずっと昔から、彼とは知り合いだったような気さえする。
「ここから先は走って!」
「オーケー!自転車任せますよ!」
そんな事を思ってしまうのは、一体何故なのだろうか?
目指す先には、
雲一つない快晴の空。
そこにたった一つ、白く輝く真夏の太陽。
「さぁ飛んで!御国守!!」
その声を合図に、守は勢いよく青空へと飛びかかる。
「守、攻めまーす!」
高くジャンプしたその先で、守は限界まで手を伸ばす。その指先は、青空で唯一の白色と重なり、眩しさからその行方を確認する事ができない。
それでもほんの少しだけ、目を細めて見えたその先には…
「……っ」
惜しくも空を切る、自身の右手が存在した。
だが、
そこには確実に、心地の良いタオルの感触があったのだ。
「捕まえた!!」
それを離さぬように、守はしっかりと抱き止めながら地面へと着地する。
そこへタイミング良く、自転車を押した天が合流した。
「お見事です」
そして彼は、穏やかな笑顔でそう言った。
「今回は、捕まえるのが早かったですね」
「天さんのアシストのおかげですよ!それに実は、この前からうっすらとですが、妖怪の姿が見えるんです」
「え、本当ですか?それはいつ…から……くっ…」
するとその時。
天は何故かこちらを見るなり、言葉もそぞろに
「え、どうしたんですか…?天さん?な、泣いてます!?」
そんな彼の顔を覗き込めば、彼のラズライトの煌めく美しい瞳は、途端にうるうるとゆらめき始める。
やがて収まりきらなかった雫が、涙となってスーッと溢れた。
「もう…見ていられません」
「……何を?」
「可哀想で…」
「……何が?」
そんな会話にならない会話をしながら、イケメンの涙を前に、おろおろと
『一緒に飛ぶ仲間が欲しかった』
だがその後。
しばらくして落ち着きをみせた天は、守が握りしめている一反木綿が、そう言って泣いていたのだと教えてくれた。
そしてその姿に、天は涙を誘われたのだとか。
「なんだよかった。俺って泣くほど可哀想なのかと思いましたよ」
自分を見て泣き出したのかと思っていた守は、それを聞いてホッとした。それと同時に、手中で泣いているという妖怪が気になり目を向ける。
「…どうして、
「言わんとしている事は、大体分かります。…でも申し訳ないんですけど、今回は俺には見えないので何とも…」
ぼんやりと全体的な姿形は見えるものの、守には顔などの細部は見えていない。天から見たら今の自分は、泣いている妖怪を握りしめる非道な人間なのだろう。きっとこの状況を藤と水が目にしたら、また鬼だなんだと言われかねない。だからといって、見えないものは見えないため、同情の仕様もないのだ。
「この妖怪は、今治タオルが好きなのかな?何枚も奪い取った事だし、もう満足ですよね?」
散々悪戯をしたのだ。おそらく願いも叶っているだろう。
そう思うと、守は一反木綿の封印を試みる。
守はさっそく百鬼絵巻を開き、一反木綿を掴んでいる右手を近づけた。
「ん、回収できない…?」
だが絵巻は、いつものようには光らなかった。
そして守の右手にも、まだ何かを掴む感触があり、うっすらと姿も確認できる。
「もしかして、まだ満足してないの?」
守がそう尋ねると、天が一反木綿に直接事情を聞いてくれることになった。
「願いを教えて頂けますか?」
天はすぐさま、一反木綿と視線を合わせるべく、流れるように守の前に
「……」
側から見れば、『忠誠を誓うイケメンに右手を握られる凡人』の図である。
どうか今だけは、誰もこの場に来ないでほしい。
守からの一生のお願い!
そんな居た堪れない状況を、早く終われとばかりにソワソワと見つめる守。一方で天は、再び溢れ出す涙を拭いながら、何度も「うんうん」と頷いている。
「分かりました」
やがて話が終わったのか、天は立ち上がると視線を守に移してきた。
「…この子は何て?」
そしてその問いかけに、天は深呼吸をするとこう答えた。
「最後にもう一度、勝負をしたいそうです」
「勝負?」
「はい」
「今治タオルと?」
「貴方と」
「あなたと……って俺と!?」
一反木綿の
だが先程、守たちに追いかけられたことにより、新たな願いが生まれた。
それは、
『人間と一対一でかけっこの勝負をしたい』
という事だった。
「なるほどね」
妖怪が納得してから、笑顔で封印すると決めたんだ。
「全力で勝負しましょう!」
願いを叶えるためならば、何だってやってやる!
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