4-4 謎解



 そして告げられる、守の名推理。


「あたなはきつねの妖怪。

 その中でも最強とうたわれる九尾きゅうび…その名も、『玉藻前たまものまえ』だ!」

「!!」

 その導き出された守のアンサーに、彼女はまるで狐にでもつままれたかのようにフリーズする。

「……正解よ」

 やがて彼女はそう小さく呟くと、悪役令嬢から一転。

 まるで悲劇のヒロインのように、その場にドサッと崩れ落ちた。

「…そんな、完璧な答えを…!どうして?何故分かったのかしら?私の変化へんげは完璧なのに…!?」

「…それで完璧?」

 そんな彼女の驚きようには、こちらの方が驚かされる。

 だって狐の妖怪が、キツネ耳のメイドに化けているだけなのだから。完璧な変化とは一体なんぞや。せめて違う動物の耳にすればいいものを…。

 守はこれまたド直球に、彼女の抱える謎を解き明かす。

きつねの妖怪といえば、俺はそもそも『九尾』、そして男をたぶらかす絶世の美女、『玉藻前』くらいしか知りません。そして一番の理由は、あなたの名前です」

「…名前?」

「そうです。『たまなももえ』とは、『玉藻前たまものまえ』をローマ字に変換して、並び替えて作ったアナグラム、ですよね?」

「…ええそうよ。けれど普通の人生を歩む平凡な人間が、アナグラムだなんて普通気が付く?普通なら考えもしないでしょう?!」

 普通だの平凡だのと、言いたい放題の彼女。しかもたった数行に間に、普通という言葉を三回も使っている。

「そうですね、は」

 確かに、彼女の意見は一理ある。

 探偵マニアの上司がいなければ、平凡を自負する守には、アナグラムなど無縁の人生だったことだろう。

 しかしそれを差し引いても、彼女の名前には、正体を隠す上での重大な欠点があるのだ。

「いいですか?それ以前に、俺はあなたの名札を見た時から、薄々そうなんじゃないかとは思ってましたよ」

「……名札?」

 そんな守の言葉に眉を寄せた彼女は、自分の胸元にある、ハート型のネームプレートに視線を落とす。

 そこには先程も言ったように、ローマ字で

『TAMANA MOMOE』

 と記されている。

「…どういう事…?」

 しかし依然として「分からない」といった表情を浮かべるキツネの美少女。

 そんな彼女に、夢見るウシ娘が久々の声を上げた。

「だってちゃん!ご自分でお名前、書いちゃってるじゃないですか!

 ほら、たまも…の…あれ?たまな…ももえ…?

 おかしいなぁ…。よく見たら違いましたね?すみません何でもないですっ!!わたしの読み間違いでした!」

「…ええ?」

 さて、お分かりいただけただろうか。

 彼女のことを『たまちゃん』と呼んだ松坂は、彼女の本来の名前を知っている。故にそのネームプレートに書かれた文字を、脳内で無意識に順番を入れ替え、彼女なりに認識していたのだ。

 そう、これはつまり…

「タイポグリセミア現象です!」

「!?」

 彼女の敗因。

 それは意図せずに『タイポグリセミア』と『アナグラム』、その二つを合わせ持つ、ハイブリッドな名前を付けてしまったことである。

「そんな…!!」

 名前を決めた時、まさかこんなことになろうとは、彼女は夢にも思わなかっただろう。そんな敗北に打ちひしがれている彼女に、守はそっとアドバイスを送る。

「今度から名前を決めるときは、もっと慎重に考えたほうがいいですよ?」

 どの口が言っているんだ。

 という感想はいなめないが、とにかく『名前は大事』という話だ。おしまい。


「はい、確保~!」

 こうして守は、本来、最強と謳われる厄介な妖怪『玉藻前』を、最も簡単に回収に成功するのだった。

 守は容赦なく、百鬼絵巻を広げて彼女に近づける。

「ちょっと!なんで私のことそんなに雑に扱えるのよ?世の男性は、みんな私のことが好きでしょう?『けも耳』は最強でしょう!!究極の萌えでしょ!エモいでしょ!!」

 …まだ成功していなかった。

 地味に抵抗してくる彼女に、守は諭すように話しかける。

「…確かに俺は、れっきとした日本人男性です。でも残念ながら、俺は『けも耳』は理解できないタイプなんです。…どこが本当の耳なんだろう?って、気になってしまうんですよね…」

「…本当の耳…?」

「はい。あれは、俺が高校一年の時の出来事です」

 

 こうして守は、とある思い出を語り始める。

 それは春の文化祭。

 守はクラスの出し物にて、『猫耳喫茶』をやった時の話だ。

 文化祭当日、クラスの女子たちは、そろって猫耳を付けていた。実に微笑ましい光景だった。

 するとその時、守の近くにいた女子に電話がかかってきた。彼女はそれに気が付くと、おもむろに携帯をに当てる。

「もしもーし」

 その女子が電話を当てた耳は、当然の事ながら、顔の両側にある、彼女本来の耳である。

 それ見た瞬間、守は思った。

『ああ、やっぱ耳はそこだよなー』と…。


「という訳で。それ以降、俺の中で『けも耳』って謎なんですよ。だから残念ですけど……なんかすみません」

 守の回想に、立ち直れないほどにショックを受けてしまう絶世の美女。なんだか申し訳なくなってくる。

「意味不明…理解できないわ…!そんな男性がこの世に存在するなんて…」 

 おそらく今まで、彼女を否定する者など、彼女の前には存在しなかったのだろう。

 今やメイド界のトップをも極める彼女だが、そのプライドは地に落ちている。それどころか、地下に埋まりつつある。

「おいどーすんだよ、めっちゃ落ち込んでんじゃねーか」

 本当に『メイド』にも『けも耳』にも興味がなかったのか、心底面倒くさそうな藤。

「もうこのまま封印しちゃえばいいんじゃない?」

 今ならいけそうだよ!と、笑顔で容赦ない提案をしてくる水。

「こら守、『女性優しく』というのが、あなたのモットーではなかったのですか?」

 そして、守のモットーを少し誤解して覚えている天。正確には『女、子供、お年寄り、そしてメガネに優しく』である。

 だが実際のところ、自分で誓った『笑顔で回収』のためには、彼女のご機嫌を取るべきだろう。そう思った守は、プライド無く、全力で意見を変えた。

「あー!よく見たらー、けも耳メイドって最高だなー!」

 だがそれは、心がこもっていなさすぎて、かなりの棒読である。

「………」

 そのせいか、地下から迫る彼女の視線がとても痛い。守はめげずに、さらに彼女をヨイショし続ける。

「あの、耳がもふもふで、三角形なのが、…いいなー」

「……」

「キツネ…タヌキよりキツネが好きです!お揚げがジューシーで!!」

「……」

「じゃなくて!!えっとー、茶色い毛並みが綺麗だなー!」

「……」

「こんなに可愛い生き物ってー、他にはいないよなー萌えだなー」

「……!」

 その時、彼女のキツネ耳がピクリと反応したのを、守は見逃さなかった。

 あと一押しだ!

「あー、とくにキツネって最高だよなー。人気なのは偶然じゃなくてもはや運命!それになんと言っても、キツネは可愛いだけじゃなくてだしー、犬でも猫でもないがあってー!なんかあれでー、なんかそのー、だなー!!」

「……でしょ!!」

 守のボキャブラリーは限界寸前だった。

 だがその前に、守は奇跡の3コンボを決め、彼女はパッと笑顔を取り戻した。

 こんなんでいいのか、絶世の美女よ。

「わかれば良いのよ!」

 そんな守の内心をよそに、彼女は嬉しそうに守のもとへと駆け寄ってくる。そしてナンバーワンの名に相応しい、超絶美女スマイルで守の手をとった。

「回収させてあげるわ!」

「!!」

 守の目前には、念願の美少女。

 そんな彼女に手を握られて、改めて彼女の美しさを理解した守。その脳内では、『このまま回収しないでいいかな?』との邪念がぎる。

「いやいやいや!」

 だがなんとか、守は悪魔の囁きを振り払う。ついでに名残惜しいが、彼女の手もそっと放すと、百鬼絵巻をかまえた。

「では、回収させていただきます」

「ええ」

 すると彼女は、その場でポンっと本来の九尾の姿に戻る。

「……ん?」

 この時、いつもならば見えるはずのない、人間に化けていない状態の妖怪かのじょの姿が見えた…気がした。

 それは透けているように、そしてとてもうっすらとだが、そこには確かに、九本の尾を持つキツネの姿があったのだ。

 だがそれも束の間。

 百鬼絵巻が光を放ち、その不確かな幻影は絵巻へと消えていった。絵巻を確認してみると、そこにはこれまで通り、かわいらしくデフォルメされた、メイド姿の玉藻前が描かれていた。

「ミッションコンプリート!」

 これで時計の表示も一つ減り、ただ今「九拾四」を示している。

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