4-3 美女




「メイド喫茶、クイーン♡へようこそ!」


 ただ今絶賛、自信喪失中の守。

 それを励ますでもなく、さげすむでもなく、ただただ見守る妖怪イケメンたち。ご主人扱いしてくれる、という話はどこへいったのだろうか。

 そして不運にも巻き込まれている、最高級のブランド名を持つ牛耳の美少女。

 そんな彼らのもとへ、形の良い黄金色こがねいろのキツネ耳をした、一人のメイドがやって来た。正直、ここがキツネのメイド喫茶だと事前に認知していなければ、その耳がキツネかどうかは定かではない。柴犬や三毛猫だと言われても、さほど支障は無いだろう。

「さぁ、こんな所でいつまでも項垂うなだれていないで、顔をおあげなさい。『ええ?製造機』のご主人様?」

「……ええ?」

 そしてどうやら、彼女も人の心が読めるらしい。

 守は言われた通りに顔を上げると、目前まで迫って来ていた彼女とバチッと目が合わさった。

 それが何だか気恥ずかしくて、守は少しだけ視線を下げる。すると自ずと彼女の名札が目に入る。そこには彼女の名前がローマ字で書かれており、上には小さく平仮名でルビがふられていた。

 ここは秋葉原の大人気メイド喫茶だ。

 外国の客人も多く来店するのだろうから、この表記は大変素晴らしいと思う。

「……!」

 そして守はもう一つ、重要な情報を目の当たりにした。

 それは名前の上に一際ひときわ輝く、『人気No.1』という称号である。

 ここはメイド喫茶界における、人気ナンバーワン店舗。その中での人気ナンバーワン。つまり彼女こそ、トップオブトップの座に君臨する逸材なのだ。

 その名も…

「『たまな ももえ』…さん?」

 すると彼女は、見事な接客スマイルを携えて守の顔を覗き込んでくる。

「ええ。私は玉名たまな 百萌ももえ

 この店のオーナーであり、メイドたちの総指揮者よ!」

 彼女はそう言うと、その美しい笑顔には似つかわしくない、こんな話題を口にし始める。

「私は、きつねの素晴らしさを世に知らしめるために、祠から出てすぐこのお店を立ち上げたの。それからわずか数日で、メイド激戦区のこの場所で頂点に上り詰めたわ!

 このお店はいわば、私の分身。

 『萌え』と『流行』で満たされた、美しさの象徴なのよ!

 …それなのに。先程から百鬼だの回収だのと、けったいな話が聞こえてくるかと思えば、妖怪をゾロゾロと引き連れた人間が居るじゃない。あらあら、それに可愛らしい件のお嬢さんまで。

 つまりあなたが、今世で百鬼わたしたちの封印を解いた方なのね?…ふふ。今回はまた、随分と平凡な殿方とのがただこと!」

 彼女は高らかな笑い声と共に、守を見下しながらそう告げる。

「……」

 そんな彼女の言葉に、守は驚かされた。

 守はこれから、この店にいるはずの百鬼を探さねばならなかった。そんな矢先に、まさか尋ね人である彼女の方から、こうして登場してくれるとは思わなかったのだ。しかも百鬼の話題まで振ってくれるとは、守にとっては願ったり叶ったりである。

 何やら少々 けなされた気もするが、守は全く気にしていない。彼のスルースキルは、こういった場所でこそ大いに発揮されるのだ。

 それにきっと、彼女は『悪役令嬢』というキャラ設定なのだろう。流行ってるっぽいし。そう考えれば、先程の彼女の言動も、とても可愛らしいものに聞こえてくる。

 それはそうと、彼女はこの店において、あらゆる意味でのトップであることが分かった。つまり彼女さえ説得できれば、今回の依頼である『流行の秘訣』も、百鬼の『回収』にしても、一挙に型がつくだろう。

 そうと分かれば善は急げと、守は会話の流れを無視して、率直に問いかける。

「どうしたら封印させてくれますか?」

 すると彼女は、その勝ち気な笑顔を一瞬ピクリと歪ませた。

「……あなた、どういう神経をしているの?私という存在を前にして、第一声は本当にそれで良いのか、よくお考えになって?」

「……ええ?」

 彼女が何を言いたいのか、さっぱり分からない。そんな煮え切らない態度の守に、彼女は再び畳み掛けてくる。

「私!可愛いでしょう?!絶世の美女なのよ!!それなのに、会って早々封印するですって?あなたはそれでいいのかしら?!」

「ええ、できればその方向で……?」

 笑顔で隠されてはいるが、彼女の語気からはどこか怒りのような圧を感じる。彼女とはまだろくな会話をしていないにも関わらず、自分はまたもや、何か地雷を踏んでしまったのだろうか…?

 やがて彼女は黙ってうつむいてしまい、守の不安を煽ってくる。いよいよ本当に不味いかもしれない。

「……ふふ」

 だがなぜか、再び顔を上げた彼女は、今までの定型的な営業スマイルから打って変わり、彼女本来の笑顔を携えていた。

「あなた…、おもしろい方ね?」

「…ええ?」

 彼女は怒っていなかった。それどころか、むしろ上機嫌である。

 守がド直球に封印の提案をした事が、どうやらお気に召したらしい。美しすぎる自分の容姿に惑わされない人間は珍しいのだと、ご機嫌な口調で彼女はそう言った。

「ありがとうございます…?」

 守は思いがけず、所謂いわゆる『おもしれー女』ポジションを手に入れたのだ。男だけど。

「…それで?封印の話ですけど…俺は何をしたらいいですか?」

 何はともあれ、彼女の機嫌が良いのは好都合だ。守はなおも直球に、封印について問いかける。すると彼女はこんな条件を提示してきた。

「…そうねぇ。私が何の妖怪かを当てられたら、おとなしく封印させてあげるわよ」

「……ええ?!」

 そんな条件で良いのだろうか。

 彼女のことだから、もっと悪役令嬢らしく、『かぐや姫』ばりの無理難題をふっかけてくると思っていた。まぁ、かぐや姫は悪役令嬢では無いし、そもそも彼女も悪役令嬢ではないけれど。

 だがそんな事よりも、提示されたその意外な挑戦状に、守の口からは今日イチの「ええ?」が飛び出した。

「あなたが何の妖怪か…、ですか?」

 守は確認のため、彼女の言葉を復唱する。そして、今までの彼女とのやり取りを思い浮かべた。

 キツネの耳…

 絶世の美女…

 そして彼女の名前…

 この時、守の中では、この問いの答えはすでに出ていた。故に、こんなに簡単な問題で良いのかと、かえって不安になってくる始末。

 それともこれらの情報はミスリードで、隠された真相があるのだろうか?

 守は謎のプレッシャーにより、プルプルと小刻みに震え出す。さすがは平凡を極める平和主義の男。よく言えば穏やかで思慮深い。悪く言えば優柔不断で打たれ弱い。それが守である。

 どうやら今は後者のが強く、一人では心細くなった守は、「助けて」との念を込めて、天たちの顔色を窺った。

 すると何故か、皆一様に悟り顔で、朗らかに頷いてくる。

「大丈夫です」

「思ったとーり」

「普通に答えろ」

 これぞ正しく天(とその他二名)の助け。

 それを受け取った守は、うん、と大きく頷くと、深呼吸をし、改めて彼女に向き直る。

 そしてビシッと人差し指を突き出し、謎解きをする名探偵よろしく、答えを紡ぎ出すのだった。

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