4-2 坂道





「お帰りなさいませ、ご主人様!」


 この定番のあいさつで歓迎される、パステルカラーで統一された異空間。

 そこは大人気・・・との噂に違わず、多くの客人で賑わっている。そして意外にも、その九割が若い女性客であった。さすが、流行に敏感な若者たちが集まってくるのだ。

「これが噂のけも耳メイド!」

 ラブリーな内装。

 キツネ耳のメイド。

 そこに溶け込む、オシャレ上級者のキラキラな女性たち。

 先陣を切って入店した守は、自分の場違いさに尻込みしてしまう。

 だがその時、我が家のメルヘン代表、キュートな彼が声を上げた。

「ねぇ守!ご主人様だって!守は僕たちの主人だから、毎日ご主人様だね!」

「ちょっと水くん!?」

 それが思いのほか大きな声で、波紋のように店内に響き渡る。

 結果、俺たちは見事、店内中の視線を集めることに成功した。

「聞いた?ご主人様だって!」

「どれどれ?あ!あのイケメンくんたちじゃない?」

「キャー!三人ともかっこいい〜!」

「ステキ〜!!」

「モデル?俳優さんかな?!」

「うそっ、天使がいる〜!」

「赤髪の人のKポップみがやばい!惚れる!」

「わたしは断然、清純黒髪派!」

「同じ人間とは思えない!!…でもあのメガネくんだけちょっと…地味ってゆうか、ジャンル違くない?」

「あー…あれじゃん?マネージャー的な?」

「だね!納得!!」

 そして湧き立つ女性たち。

 …なんだこの惨劇は。

 彼女たちの言葉が微妙に的確なのが、余計に守の心をえぐってくる。

「ご主人様、どうぞこちらのお席へ」

「ココアでいいよな?ご主人様?」

 するとそれが面白かったのか、何故か便乗してくるこの二人。

「もう!目立つからやめてくださいよ?!というか主人って言いますけどね?いつも主人扱いしてくれるのは、天さんくらいじゃないですか!」

「えー僕もしてるよ?」

「俺もしてんじゃねーか!実際、俺らは名前を貰った身なんだ。パワーバランス的には、この中でお前が一番上だからな?」

「…そうなんですか?」

「ギリな!」

「ギリなんかい!!」

 ちなみに妖怪同士では、上下関係という感覚はあまり無いらしい。この三人にあえて上下を付けるとしたら、年功序列で上から水、藤、天の順だという。見た目の年齢的に、中学生くらいだと思っていた水が、まさかの最年長という事実に驚愕する。

「…水くん、絶対年下だと思ってたのに…」

「妖怪相手に年下とか、普通に考えてありえねーだろ。つーか、前にも言ったぜ?こいつの方が生まれが古いって」

 藤は、隣に座る水の頭をポンポンしながらそう言った。

 先輩の頭を気軽にポンポンできるあたり、妖怪たちの中での序列は本当に希薄らしい。

「…初耳です」

「おい!」

「てか俺、水くんにだけずっとタメ口で話して……ました」

 せめて今からでも敬語で話すべきかと、守は恐る恐る水に視線を向ける。

 すると目が合った彼は、ニコッと笑いかけてくる。

「そんなの気にしないよー!今さら敬語とか逆に気持ち悪いから…、やめてね?」

「…うっす」

 そして、後半になるにつれて語気が強めの返事がやってきた。その迫力におされた守は、このままタメ口で話そうと心に誓った。

 それにしても、これが人間の社会だったら、自分は今まで、とんだ無礼を働いていた事になる。妖怪界が、体育会系のノリのようなゴリゴリの序列社会じゃなくて良かった。

「そもそも私たちにも、敬語でなくて構わないのですよ?」

「うーん、それはまぁ、徐々にって感じですかね?」

「あ?なんでだよ?」

「だって明らかに二人は年上だし、立派な大人って感じじゃないですか。礼儀というか…」

「だから、本人が気にしねーって言ってんだろ?怒るぞ!」

「いや怒りの沸点低いな!!」

 そんな茶番を繰り広げていた矢先。

 バンッと勢いよく、店の扉が開かれた。

「ここで働かせて下さい!ここで働きたいんです!」

 守は反射的にその音に目を向けると、そこには一人の少女が立っていた。そして彼女は、登場と共にそう言い放つ。

 そんな彼女の頭には、ぴょこんと横に伸びた白黒の耳と、二本のツノのようなものが生えている。それは『付けている』ではなく、『生えている』という表現の方が正しいような、本物の耳と角のように見える。

「あれは…牛…?」

 その少女は今、店奥の『スタッフオンリー』と書かれた部屋から出て来た、スーツ姿の店長らしき人物と話をしている。

 そして、「今度はちゃんとアポを取ってきてね」と丁重に断られた。

 今はそもそもバイトの募集をしていない。尚且なおかつ、この店は「キツネの耳じゃないとダメ」、とも言われていた。

「うう…分かりました…」

 こうして、もともと垂れている耳をさらに垂らし、シュンとして出口へと向かううし耳の少女。落ち込んでいるのが丸わかりで、見ていただけでも不憫ふびんだった。

「『くだん』ですね」

 すると、守の隣で、その一部始終を見ていた天がそう呟いた。

「くだん?」

 守が聞き返すと、その名に反応したのか水と藤もパッと振り返り、彼女に目を向ける。

「ほんとだ!僕、本物初めて見た!」

「うわマジか!?ヤバいサイン貰ってこようかな」

「サインって…有名な方なんですか?」

 彼女の存在を認識し、妙にソワソワとし始める彼ら。

 なんでも彼女は、『くだん』という牛の妖怪で、その妖力で未来予知が出来るのだと言う。

「未来が分かるなら、ここのバイト断られることくらい、分からなかったんですかね?」

 そんな素朴な疑問を口にすると、天は苦笑気味にこう教えてくれた。

「確かに件は、あらゆる者の未来を見ることができます。しかし、ご自分の未来だけは、絶対に見てはいけないのです」

「どうして?」

「代償があるからです」

「…代償?」

「ええ」

 天はその表情に苦笑を浮かべ、守はゴクリと息を飲む。

「件は自分の未来を見た瞬間に、代償としてたましいごと消滅します」

「いや代償重すぎない!?」

 だがそれでも、自分以外の未来ならば百発百中で予知できる。故に、今後流行るものや、天災の時期などが分かるのだという。

 その事から、妖怪たちの間では密かに人気を集めているそうだ。中には彼女を『神』とあがめる者もいるのだとか。

「へー。消滅はやだけど、めちゃめちゃすごい妖怪ですね。予知できるなら、妖怪が悪さをする前に先回り出来そうですし!……ん?というか!彼女が妖怪ってことは、もしかして彼女も『百鬼』の一員?!封印するチャンスですね!?」

 それまでどこか他人事のように聞いていた守であったが、自分は今、妖怪を回収している真っ最中だという事を思い出す。

 そうとなれば、守は勢いよく立ち上がると、去りゆく彼女のもとへ急いで駆け寄った。

「はい、確保!!」

 そして驚く彼女の腕を引くやいなや、こちらのテーブルまで連れてきた。

 軽く誘拐である。絶対にマネしないように!

「ささ!くだんさん!座ってください!」

「え、え?」

「あなたの望みは何ですか?」

「守、その方は…」

 そして動揺する彼女や天の言葉も聞かずに話を続ける。

「…望み、ですか?えっと、将来の夢でもいいですか?」

「はい!」

 すると彼女は、垂れていた耳をピンと立ててこう言った。

「わたし、日本一のウシ娘になりたいです!」

「ウシ…娘?」

 キラキラと輝くアメシストの瞳の彼女。

 その夢を聞いて、守は思った。

 残念ながら、彼女は産まれてくる世界線を間違えてしまったようだ。…あと種族も。

 それとも、守が知らないだけで、妖怪界では『ウシ娘』なるものが存在しているのかもしれない。なんとも予想外な答えだったが、少しでも彼女に歩み寄ろうと、もう少し話を掘り下げてみることにした。

「ちなみに、日本一のウシ娘って、具体的にどうなったら日本一なんですか?」

 まぁ普通に考えて、一番早く走れるとか、ファンの数が一番多いとか、そんなところだろうか。するとその問いを待ってましたとばかりに、彼女は選手宣誓のごとく、胸を張って宣言する。

「それはですね!子供たちに『背が伸びる!』というビックな夢を与えられる、すばらしい牛乳なのです!」

「うん、ちょっと何言ってるか分かんないんです!」

 彼女の言い分をそのまま捉えると、『牛乳になることが夢』ということになる。

 酪農家にでもなりたいのだろうか?

 牛乳のスペシャリストを目指すなら、ミルクコンシェルジュの資格を取ることをお薦めしたい。

「応援してます!サイン下さい!」

「ありがとうございます!喜んで!」

 守が素晴らしい牛乳についての考えを巡らせていると、それをよそに、藤が彼女に色紙を差し出した。

 うん、その色紙は一体どこから?

 一方、それを受け取った彼女は、慣れた手つきでサラサラとサインを書き始めた。

「出来ました!」

 その様子を藤の向かい側から見ていた守。すると色紙に書かれた、有名なブランド牛の名を発見した。

「……松坂まつざかうし?…あ、件か…。…ん?」

 そこには『松坂 件坂46』とハート付きで書かれていた。

「よくご存知ですね?わたしは松坂牛まつざかうしの担当なんです!」

 すると守の呟きに、件の美少女はパッと笑顔を浮かべる。

「担当?」

「はい!私たち件は『件坂くだんざか46』という、46人グループでアイドル活動をしているんです。

 わたしは僭越せんえつながら、そこでリーダーをやらせてもらっています!他にも神戸こうべちゃんや飛騨ひだちゃん、それから米沢よねざわちゃんなどが在籍してます!」

「……ほう」

 毎度のことながら、突っ込みどころ満載だ。

 まず、件が46人もいることに驚きだ。

 そして妖怪界にも『坂道さかみちグループ』なるものがあるらしい。きっと今呼ばれたブランド牛と同じ名前の者たちは、神セブンならぬ牛セブンと呼ばれているのだろう。

 ちなみにあと牛セブンに入りそうなのは…

近江おうみ宮崎みやざき仙台せんだい辺りかな…?」

「わ!件坂のこと、とっても詳しいんですね?すごいです!嬉しいです!」

「え?ああー、たまたまね?!」

 守は心の中で考えていたことが、うっかり口に出ていたようだ。だが、これではっきり分かった。

 件坂が目指すべきは、牛乳では無い!

「たぶんね、君たちは牛乳よりも、ステーキとか焼肉の方が向いてると思うよ?」

「ステーキに焼肉…ですか?それは、子供たちに夢を与えることが出来ますか?」

「できますとも!俺は牛乳より、断然肉派です!」

 ステーキ界だったら、松坂牛はもはや日本一…。いや、世界一だって狙えるだろう。

 守がそう言うと、彼女は照れくさそうに笑ってみせた。その笑顔も、すでに日本一だと思う。

「そもそも松坂さんは、どうしてこのお店で働きたかったんですか?」

 そんな素朴な疑問を投げかける守。すると今度は、日本一の笑顔にかげりが生じる。

「…私たち件坂は、まだまだ無名なので、みんなバイト生活をしてるんです」

 妖怪の界隈では大人気だが、人間の世界では、厳しい下積み生活中の彼女たち。アイドル活動にいそしむその傍らで、売れるための話し合いは必須らしい。その最中で話題に上がったのが、このメイド喫茶なのだという。

「ここは数あるメイド喫茶の中で、たった数週間で頂点に上り詰めた、伝説のお店ですから!そんな大人気のお店で働けば、流行につながる、いいアイデアが浮かぶと思ったんです!」

「…なるほどね」

 流行の秘訣。

 動機こそまるで違うが、どうやら彼女も自分たちも、知りたい事は同じようだ。

「俺たちも、ここが流行っている理由を調査しに来たんです。ついでに百鬼の回収に…ってそうだまた忘れてた!願いが叶ったら封印させて下さいね!?」

「封印?わたし、封印されちゃうんですか?」

「はい!」

「はいじゃねーよ!」

 すると鋭いツッコミと共に、藤は守の頭をスパーンと叩いた。

 妙に良い音がすると思えば、その手には大きなハリセンが握られている。

 だから、そのハリセンは一体どこから?!

「痛ッ!何するんですか!」

「人の話をちゃんと聞け!」

「あなた鬼じゃないですか!」

「うるせーな、鬼の話も聞け!ついでに天狗と河童の話も聞け!」

 そう言うと藤は、立ち上がりテーブル越しの守の頭を掴むと、そのままグイッと、守の顔を天の方へと向ける。

「ぐえっ」

「守、落ち着いて聞いてください。彼女は、あなたが逃した百鬼には含まれません」

「…ええ?ぐはっ」

 そして今度は水の方向へ。

「件坂のみんなはね、ただの売れない地下アイドルなの。人間に溶け込んで生活はしてるけど、人間には何の影響ももたらしていない、珍しいタイプの妖怪なんだよ!」

「ええ?!ってうわっ!!」

 やがて守の頭は、藤を通り過ぎ、ぐるっと回転して松坂へと到着した。

 今、首の可動域が限界を超えた気がする。

「私たちは一度も、封印された事はありません。アイドルは、百鬼夜行禁止ですから!」

「ええー!?」

 恋愛禁止ならぬ、百鬼夜行禁止とは一体!?

 そして守は思い知る。

 今までの自分の行動は、ただの暴走に過ぎなかったのだと。

「ええー…」

 そんな驚愕の事実にダメージを負った守は、へなへなと力なく椅子に座り込む。ついでに語彙力も低下したのか、さっきから、「ええ?」としか発言していない。

 このメイド喫茶にはまだ、流行の最先端をゆく妖怪がいるはずだ。その妖怪を見つけ出し、封印の話を持ちかけ、更には回収に向けて渡り合わなければならないのだが…

 もはや『ええ?製造機』へと成り下がった守に、果たしてそれができるのだろうか。

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