2-2 対面




「いいですか?押しますよ!?」


 エドガーのインターホンを前に、最終確認をとる守。彼は今から、とあるミッションを達成しなければならない。

 そう、『環に妖怪三人組かれらを紹介する』という、実に奇怪でインポッシブルなミッションを…!


 主従の契約を結んでしまった守は、百鬼を全て回収するまで、彼らと行動を共にする事になる。つまり、バイト中も一緒ということになれば、必然的に環とも顔を合わせる事となるだろう。ならばあらかじめ、きちんと紹介しておこうという結論に至ったのだ。

 だが一体、どう紹介するべきだろうか。

「こちら、ルームシェアをしている妖怪の方々です!」

 …では、さすがに無理があるだろう。

 これは『顔合わせ部門』において、上位を争う難易度だ。ちなみにこの部門の不動の一位は、『結婚の顔合わせ』だと思う。特に、彼女のご両親に挨拶する時の、「娘さんを僕にください!」的なあれ。

 まぁこの場面は、彼女いない歴=年齢の守にとっては、まだまだ縁遠い話であるけれど。

「…つらい現実…」

 そんな自分の想像に、勝手にダメージを負う守。背後にはどこか、哀愁のようなものさえ漂っている。

「…こいつ、絶対違うこと考えてんだろ?」

「彼女との結婚がどうのって話だね!」

「おや、それだけ聞くとおめでたい話ですね」

 そんな守の言動から、彼の心情を読みとってくる妖怪たち。それもまたむなしくて、守はスッと現実を受け入れる。

「ここは無難に、親戚とか友達として紹介するのがいいかな?」

「あ、戻ってきた!」

「こいつの切り替えどーなってんだよ」

 二人のツッコミもよそに、守は自身の発言に対して、いやいやと首を振る。相手は環だ、すぐに嘘だとバレるだろう。何より、隠し事はとても面倒だ。

「却下だな…」

 再び唸り声を上げる守。

 するとみかねた三人からも助け舟が出航する。

「いっそのこと黙ってる?」

「うーん、いつも一緒にいるなら、それは無理じゃないかな?」

「普通に『兄だ』って言えばいいじゃねーか」

「いや兄はあなただけでしょ。…てか、そもそも赤尾さんも兄じゃないですから!」

「では、我々は『特別な関係』という事で、やんわり片付けましょう!」

「ヤダどういう関係?!それ片付くどころか、余計に詮索されるやつ!」

 しかしいずれも決定打に欠けていた。

 守はあーだこーだと悩んだ末、結局、全てを正直に話すことにした。仮に、もしも環が妖怪の存在を信じてくれるのならば、それに越したことはないからだ。そしてあわよくば、博識な彼から良い知恵を貸してもらいたい。



「いいですか?押しますよ!?」

 こうして冒頭に至る守たちは、意を決してエドガーのインターホンを鳴らした。

「ようこそエドガーへ!はじめまして、でいいのかな?」

 すると、陽気なテンションで出迎えてくる環。

 そんな彼に妖怪たちは、それぞれ天狗、赤鬼、河童との、お決まりの挨拶をかました。それに続き、守も内心緊張しながら、彼らと出会った経緯を説明していった。


 守の話に、環はいつもの穏やかな笑顔で、うんうんと相槌を打っている。やがて話が終わると、彼は笑顔を浮かべつつも、どこか感情の読めない表情でこう言った。

「へぇ、妖怪ねぇ…。ひとつ質問があるんだけど、いいかな?」

 その問いに、守はゴクリと唾を飲み込む。

 一体何を聞かれるのだろうかと、守は身構えながら恐る恐る頷いた。

「妖怪ってことは…、雇用こよう形態とか、諸々の手続きはしなくていいんだよね?あれって人間の規則だし?」

「……え?」

 だが環から飛び出したのは、そんな突拍子もないものだった。

「…妖怪だって、信じてくれるんですか?」

「ん?信じるよ!妖怪なんでしょ?」

「そうですけど…」

 何とも軽い反応だ。しかもあろうことか、エドガーに雇おうとさえしている。

 そんな彼を見て、先程までガチガチに張られていた守の緊張の糸は、いつの間にやらプツンと切れていた。散々頭を悩ませてきた自分が馬鹿みたいだ。

 むしろ、人手が増えてラッキーだとはしゃいでいる彼を見ていると、安堵あんどを通り越し、もはや笑いすら込み上げてくる。

「さすが環さん…」

 守が言えた義理では無いが、恐るべき順応性だと思う。守の環に対する、『ふざけたイケメン』という認識が、『ふざけているけど頼れるイケメン』に書き変わった。


 何はともあれ、ミッションはインポッシブルではなくなった。

 守はついでとばかりに、そもそもの発端である、あの祠についても尋ねてみた。

「天宮司さんたちが封印されていたあの祠は、何故ここの敷地にあったんでしょうか?親戚の方が管理してるって言ってましたけど、何か知らないですか?」

「……それは…」

 すると環は、一瞬ピタリと静止したかと思うと、なんとも歯切れの悪い反応を見せる。

「…?」

 今までニコニコとはしゃいでいた彼が嘘のように、その表情からは笑顔が消えている。そして彼は、その特徴的な青紫色の瞳を伏せると、言葉を選ぶようにゆっくりと口を開いた。

「うーん…、まぁ、端的に言うと、『分からない』…かな?」

「分からない?」

「うん。少なくとも僕は、その祠を一度も見た事がない。だからおそらく、僕の親戚は無関係だと思う。

 誰かがあそこに迷い込み、偶々たまたま忘れていったものなのか。はたまた意図的に忍び込んで、そこへ置いたものなのか。残念ながらそれは分からない」

 こんなに淡々と語る、彼の姿を見るのは初めてだった。そのどこか冷たい空気に守はたじろいでいると、環は伏せられていた瞳をパッと上げた。

「けれど…」

 そしてその目は、真っ直ぐに守を捕らえてくる。

「いずれにせよ守くん。こうなったのは全て、君の行いが招いたものだよ。

 君が興味を抱き、君が考え、君がそれを選んだ。

 言い方を変えれば、これは君の意志が手繰り寄せた運命だ。守くん、その責任は果たさなければならない」

「…俺の、責任…?」

 夜空をいざなう、青紫の瞳が守を映す。その吸い込まれそうなまでの美しさが、守の動揺を余計にあおってくる。

 確かにこれは、全て自身が招いた事だ。

 だが同時に、いつもの環らしからぬ言動に、守は完全に戸惑ってしまう。

「……」

 そんな萎縮いしゅくする守を見て、環はフッと声に出して笑うと、いつもの掴み所のない表情に戻った。

「もう、なんて顔してるのさ?大丈夫、案外なんとかなるものだよ。君たちも手伝ってくれるんでしょ?」

 そう言うと彼は、守の後ろで静かに話を聞いていた妖怪たちに視線を送る。それを受けた彼らが頷いたのを確認し、環は目を細めた。

「それは心強いね」

 良かったねーと、守の肩をバシバシと叩く環。守はその反動で、うんうんとなすすべなく頷くように揺れた。それに満足したのか、彼は再び口を開く。

「それはそうと…素朴な疑問なんだけど、君たちは何故、回収のことを守くんに教えたのかな?」

「…?」

「絵巻や時計まで用意しているなんて、まるで早く回収してほしいかのように聞こえるんだけど、違うかな?」

 言われてみると、確かに違和感を覚える。

 封印が解け、晴れて自由の身になったにも関わらず、自ら回収を手伝うのはおかしな話だ。何故今まで気にならなかったのだろうか。

「そうですよね?わざわざ教えないで、他の妖怪たちみたいに逃げちゃえばよかったのに。まぁ人間にとってはありがたいですけど…?」

 その問いに、天宮司はサラリと答えた。

「今回は、私たちの担当だったからですよ」

「担当?」

「ええ。封印の際に陰陽師がかけた『まじない』が関係しています」

 そして彼は、その『呪い』とやらについても説明をしてくれた。

「万が一、封印が解かれることがあった場合、我々百鬼が永遠に解き放たれぬよう、解いてしまった者に回収の義務がほどこされるのです。今回の場合、その呪いにかかったのが彼、御国守さんということになります。対して我々百鬼側にも、その呪いは生じます」

「それが報告の義務…という事かな?」

「ご名答です」

 できる大人たちの会話だ。

 ぼんやりと聞いていたら、すぐに置いていかれるだろう。

「でも、それで守くんに伝えたのは理解できるけれど、回収を手伝うのはどうして?」

「…それは…」

 今までサラサラと応えていた天宮司だが、途端に言葉が止まってしまった。

「…まぁ、あれだよ…なんつーか…」

 その代わりとばかりに、赤尾が助け船を出す。だがそれもまた、何とも歯切れの悪いものだった。天宮司と赤尾は、どうしたものかと合羽橋に視線を向ける。

 守も共にその視線を追うと、ニコリと笑う合羽橋と目が合った。

「ちょうど千年だからだよ!」

「…ん?」

「僕たちが最初に封印されてから、もうすぐ千年経つんだ。だからそろそろ封印されとこうかなーって」

「え、そんなアニバーサリー的な理由?」

「うん!だって千年経つと僕たち…むぐっ」

 すると突如、妖怪大人組が慌てたように合羽橋の口を塞いだ。その突然の奇行には驚かされたが、それ以上に合羽橋が何を言いかけたのかが気になる。

「え、何?千年経つとなんなの?」

「むーん、むむむむっも、むむむーもむ」

「何て?」

 合羽橋は再び何かを口にするも、二人は依然として彼の口を塞ぐ手を退けようとはしない。その代わりに、赤尾は少しかがみ込むと、合羽橋の言葉をうんうんと熱心に聞く素振りをみせる。

「あー、何だ?千年経つと、僕たちまた百鬼夜行しなきゃいけないからダルいなーって?そうだなー?」

「むむむ!」

「『違う』って言ってない?」

「私にお任せを」

 すると今度は、天宮司も同様に代弁を試みる。

「千年経つと、僕たちのお家うちがなくなるから困りますねー。…ですよね?」

「むむむ!」

「そうですよね?」

「むむ……むん」

「と、いう事です」

「おーっと力技ちからわざ…」

 先ほど同様に否定されていた気はするが、天宮司は見事、圧で押し切ることに成功した。ようやく解放された合羽橋は、どこか遠い目をしている。結局のところ、合羽橋が何を言いたかったのかは分からず終いだ。

「はは、まあ今は深く追求しないでおくとしよう。理由はどうであれ、回収に協力的なのはいい事だからね。

 …でも、これだけは覚えておいてほしい。『御国守』に何かあれば、君たちのこと…僕がまるごとはらっちゃうかもね?」

「…ええ、善処しますよ」

 そう言ってニコリとほほ笑む環と天宮司。

 人当たりの良い代表のようなこの二人だが、今は何故だかピリついた様子が垣間見える。

 だがそれも束の間。

 環は場の空気を変えるように、パンっと手を叩いた。

「さぁ諸君!人間の世で生活するなら、下の名前も考えておくべきだよ。名前は重要だからね。そこに存在するための、確固たる証明となる。それに…」

 またいつボロが出るか分からないしね?と笑う彼。

 確かにその通りだ。不意に名前を尋ねられては、色々と困るだろう。主におれが!

「みなさん、何か希望はありますか?」

 そうと決まればさっそく考えてしまおうと、守は三人に尋ねる。突然こんな事をきかれても困るかとも思ったが、当人たちは案外すぐに声を上げた。

「では、私は『テン』で」

 そう言った彼は、部屋の隅に追いやられていたホワイトボードに『天宮司 天』と記した。

 達筆だった。

 だがその美しい字体に反して、正直そこはかとなくアホっぽいチョイスだと思う。動物園のパンダのようなあだ名になる未来しか見えない。

「テンテンだね〜!」

 ほら言わんこっちゃない。でも本人の希望だから良しとしよう。

「じゃあ僕は…『スイ』にする!」

 続いて合羽橋が声を上げた。こちらはなかなか的を射た名前な気がする。

「瞳が翡翠ヒスイ色してますもんね!翡翠のスイですか?」

「ううん、みずのスイ!」

「翠?」

「水!」

「みどり?」

「みず!」

「グリーン?」

「ウォーター!」

「ぐ「ウォーター!!」

「はーい!!」

 守は諦めた。

 こんなヘレンケラーばりに『ウォーター』と叫ばれては、自分はサリバン先生の如く、彼を受け入れるのが正解だろう。それにしても、彼は本当にみずが好きなようだ。

 合羽橋も天宮司と同様、ホワイトボードに『合羽橋 水』と書きだした。こちらは意外にも汚…ゴホン、のびのびとした良い字であった。

 そして、残るは赤尾。

 目を向けると、彼は珍しく真剣な表情で考えていた。

「…よし!」

 そして決まったのか、彼は近くにあった適当な紙にそれを書くと、勝訴を伝える紙のように掲げてみせた。

「俺はこれにするぜ!」

 その紙には大きく『藤』と書かれている。

「『ふじ』…ですか?普通にいいじゃないですか!意外です!その心は?」

「鬼は藤の花が弱点みたいに思われてるのを殲滅せんめつしたい!」

 ああ、聞かなければよかった。

 むしろ聞いてはいけないやつだった。

「違う意味でめっされそうなので黙りましょうか!」

「そうか、ならばこの話はこれでお終いだな!」

「うん黙って!!」

 何はともあれ、こうして彼らの名前が決定したのだった。


 その後も色々とあったのだが、それはまた別の機会にしよう。

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