1-5 猫又




「という訳で、力を貸して下さい!」


 これが、守が彼らを『妖怪』と認識してからの第一声だいいっせい

 どういう訳だと突っ込まれそうだが、守の中ではすじが通っている。だから皆も、こころよく受け流してほしい。

「切り替え早えーなどんな訳だよ?」

 だがやはり突っ込まれた。しかしそれを制するように、天狗の青年は守と目を合わせるとニコりと微笑む。

「大丈夫、事情は分かっていますよ。早いこと捕まえに行きましょう!さぁこれを」

 そう言うと彼は、厚みのある単行本サイズの本と、懐中かいちゅう時計を守に渡してくる。

「これは?」

 英国の古本を思わせる、焦茶色こげちゃいろの洒落た一冊。その表紙には、見た目とはミスマッチな『百鬼絵巻』という文字が書かれている。

 時計はこれまたお洒落な、チェーン付きのシルバーの懐中時計。だがやはり、文字盤の数字が『百』となっていた。

「ご覧の通り、百鬼絵巻ひゃっきえまき百鬼時計ひゃっきどけいです」

「……うん?」

 全く説明になっていない。

 困った守は、「詳細求む!」という視線を他の二人に向けてみた。すると彼らは、それを受け取り頷いた。

「うんうん、君の気持ち分かるよ!絵巻じゃないじゃん!って思ったんだよね?もともとは本当に巻き物だったんだよ!でもこの方が悪目立ちしないし、持ち運びも楽でしょ?」

「……ん?」

「時計も腕時計のが一般的だけどよ、それだと妖怪だしウォッチだしで、色々とアレだろ?でもグッズは欲しいからそうなったわけだ。発売すれば、全国のちびっ子とオタクに大人気間違いなし!」

「…はい?」

 グッズとか言うな。というか、何を言っているのだろうかこの人たち…いや妖怪たちは。

「そういう説明いいですから、これらの用途を教えて下さい!」

 妖怪に気持ちを察してもらおうなど、不可能らしい。それにしても、どうして自分の周りには、こうもふざけたイケメンしか集まらないのだろうか。どうせなら、もっとまともなイケメンが良かった!欲を言えば、美少女の方が良かった!!

「美少女のくだり、さっきも聞いたな」

「聞いたねー」

「……くっ」

 今のは察知しないでほしいかった。そんな痛いところを突いてくる赤鬼と河童。だが天狗の彼だけは、今度はまじめに守の要求に応えてくれるのだった。彼は、やればできるタイプなのかもしれない。守の中で、彼の株が少し上がる。

「では説明しましょう。

 それは、我々われわれ百鬼ひゃっきを封印してゆく絵巻です。封印された妖怪は、そこに絵となり記されます。

 また、時計の文字盤は、現在解き放たれている妖怪の数を示しています。

 貴方は今後、逃した妖怪を百種集め、百鬼絵巻を完成させるのです。その際おのずと、時計の文字盤は零となるでしょう。ご理解頂けましたか?」

 そう言われ、守はまじまじと絵巻に目を落とす。

 適当にパラパラとめくってみると、ページ数としていちから百までの数字が書かれていた。

「なるほど…」

 確かに、このような目に見えるアイテムがあった方が、闇雲に回収するよりも何かと便利だろう。目標がある事で、回収の意欲も増してくる。

 それに何と言っても、そこはかとなくコレクター欲をくすぐる仕様なのだ。かつて墓石コレクターだった守は、すでにその術中にハマりかけている。

「この白紙のページが埋まっていくんですね。楽しそう!…この『レア度』って何ですか?」

 ページが進むにつれ、数字の横にレア度という星印の表記があった。その他にも激レア、シークレットという項目もある。

「妖怪の強さやランクを、レア度として表してあります。レア度の星が多くなるにつれて、相手が強敵であったり、出現頻度がまれであったりと、回収する難易度が上がるのです」

「うわー、じゃあ『激レア』って絶対ヤバイやつじゃん。…ちなみに皆さんは、もう回収したってことでいいんですか?」

「良いわけねーだろ!」

「ええ?!」

 そんな守の素朴な疑問に、間髪入れずにキレる赤鬼。そんな彼をなだめつつ、天狗はまたもや丁寧に教えてくれる。彼の株は上がる一方だ。

「我々百鬼を封印するには二つの方法があります。一つ、その妖怪の願いや望みを叶えること」

「願い?」

 妖怪の願いとは、一体どんなものだろうか。いまいちピンと来ないという顔をする守に、今度は河童少年が声を上げる。

「例えば僕なら、『日本の名水百選めいすいひゃくせん』を飲ませてくれたら、封印させてあげるよ!」

「ほう」

 水が好きとは、なんとも河童らしい望みだ。通販で取り寄せた、ペットボトルのものでも良いのかが気になるところだが、案外、何とかなりそうだ。

「俺は流行語りゅうこうご大賞たいしょうを取ったらだな!」

 続いて意気揚々と語るのは赤鬼。どうか、今の発言は聞き間違いであって欲しい。

「今なんと…?」

「流行語大賞を」

「チェンジで!」

「ふざけんな!」

 それはこっちの台詞である。急に無理難題をふっかけられたものだ。そんなもの、芸能人やインフルエンサーでもなければ、限りなく無理な話である。

「ちなみにもう一つの方法というのは?」

 彼のような場合、もう一つの封印の方法に希望を託すのが得策だろう。

「もう一つは…法力ほうりきなどを用いて、力尽くで封印する方法です。平安時代に陰陽師が使った手段ですね。御国さんには、前者をお薦めしますよ」

「なるほどー…」

 こちらは更に難題な方法だった。彼の言う通り、こちらはまったくピンとこない。自分には無理そうだ。

「力尽くって…俺、霊感とか無いし、そういう法力?とかきっと皆無ですよね。困ったなー。

 …ってあれ?そう言えば俺、皆さんに名前言ってましたっけ?」

 封印の方法が難題すぎて、うっかり聞き流してしまいそうだった。しかし天狗の彼から今、自分の名が飛び出したのをはっきりと耳にした。それについて守が尋ねると、彼は少し困ったような表情を浮かべる。

「いえ、正式にはまだ…」

 そして言いよどむ彼を見て、守はそれ以上、追求はしなかった。きっと封印を解いた者のことは分かるとか、そういう事だろう。

 真相はどうであれ、これから彼らの手を借りる以上、自己紹介をするのは礼儀だろう。そう思うと、守は彼らにピシッと向き直った。

「では改めまして、俺は御国守です!

 9月13日の金曜日生まれ、乙女座男子19歳、十代最後の夏真っ盛りです!

 姉ふたりに視力の良さを全部持っていかれたので、御国家では俺だけコンタクトユーザーです!好きな飲み物はココア。食べ物は蕎麦そば。将来は親の敷いたレールならぬ、一族代々敷かれ続けているレールに乗り、実家の寺を継ぐ予定です。よろしくお願いします!

 ちなみに、貴方の望みは何ですか?」

 守は一通りの自己紹介を終えると、ペコリと頭を下げた。そのついでに、まだ聞いていなかった天狗の望みを尋ねてみる。すると彼は、またもや少し困った表情を浮かべ、「そうですね…」と首を傾ける。そしてニコリと微笑むと、こう言った。

「アサヒを見たら…ですかね?」

「あさひ?」

 あさひとは、太陽の『朝日』のことだろうか?それを願うという事は、きっと彼は早起きが苦手なタイプなのだろう。

「それなら頑張って起こしますし、いつでも見れますよ!楽勝ですね!」

 そう解釈した守が笑顔で言うと、彼もニコリと微笑むだけで、肯定も否定もしなかった。

「さぁ、捕まえに行きましょうか」

 その代わりに、トンっと優しく、守の背中を押してくる。

 なんだか上手くはぐらかされた気がするが、守は押された勢いのまま、彼らと依頼場所へと向かうのだった。



「『猫又ねこまた』ですね」

「最初の回収にはちょうど良さそうだね!」

「ほら、さっさと捕まえてこい!」

 依頼元に到着した、守と妖怪三人組。

 そこで彼らは、すぐに騒動の原因を突き止めた。

「猫又…、猫又って確か、尻尾しっぽがニ本ある猫の妖怪ですよね?長く生きた猫とかがなるってゆう…?」

「ええ、よくご存知ですね。妖怪のことお詳しいんですか?」

「いや全然!たまたまです。高校の時、古文こぶんの先生がよく猫又の話してたんですよ」

「どんなたまたまだよ」

「楽しい先生だね!」

「そうだねー。元気かなぁ若林わかばやし先生」

 守は久々に『猫又』という言葉を聞いて、高校時代を思い出す。

「あ…てことは、依頼主のお婆さんが『すごい猫がいる』って言ってたのは本当だったんだ!」

 すごい猫こと、猫又が見えるだなんて、それこそすごいお婆さんだと思う。今思うと、もしかしたら先生も、本当に猫又が見えていたのかもしれない。どこかで先生と会う機会があれば、またぜひとも猫又の話をしたいと思う。

 と、それはさておいて。

 原因さえ分かれば、あとはそれを対処するのみ。解決の糸口が見えた守は「よし」っとガッツポーズを決めた。

 だがここで、新たな問題が浮上する。

「で、その猫又はどこにいるんですか?」

 辺りを見回してみるも、肝心の猫又の姿はどこにも見当たらない。故に守は、そんな素朴な疑問を呟いた。するとその途端、三人の視線が守へと一気に集まってくる。

「……えーと…」

「…うーん…」

「…マジかよ…」

 そして漂う、微妙な空気。

「……ん?」

 自分は何か、おかしな事でも言っただろうか。

 彼らから放たれる『残念なものを見る視線』が、守めがけて一直線に突き刺さる。更に不憫ふびんなことに、彼らが端整な顔立ちをしている分、その威力いりょくは格段に跳ね上がっている。

「いやいやいや!え?しょうがないでしょ?!俺は霊感とかないし、今まで妖怪なんて見た事ないですから!」

 どうか、冷静に考えてみてほしい。

 そもそも守に妖怪が見えていたのならば、最初に来た時点で猫又の存在に気が付いていただろう。だが実際に、そうでは無いから彼らを頼ったのだ。

「だいたい妖怪なんて、見えてないのが普通ですよね!?」

 そんな懸命に自身を擁護ようごする守に、天狗は「私たちも妖怪ですが、に見えていますよね?」と正論をぶつけてくる。今はそんな正論を聞きたくない!

 先程まで株が急上昇していた天狗にそう言われ、もはやぐうの音も出ない守。そんな守の姿がおかしくて、彼は思わず笑みをこぼした。

「ふふ、すみません。少し揶揄からかってしまいました。私たちのように人間の姿になれる妖怪は、妖力ようりょくが強いので誰でも見えるんですよ」

「……そうなんですか?」

 彼は頬を膨らました守の機嫌をとるように、穏やかな表情でそう語る。

「はい。対して猫又は、それほど力の強い妖怪ではありません。故に残念ながら、霊感の無い者には見えないのが一般的です。いっぱいいるんですけどね…」

 そう言いながら、彼は猫又がいるのであろう辺りに視線を落とした。

「…本当にいます?」

 守も後を追い、天狗と同じ場所に視線を落とすも、ただ地面が広がるだけだった。

「そこら中に数十匹はいるぜ?」

「あ、ほら今、君の目の前にもいるよ!」

「いやいや嘘でしょ?まったく見えないんですけど…はっくしゅん!!」

 するとこの時、大きなくしゃみと共に、守はあることに気が付いた。

「…もしかして、ここに来るとくしゃみが出るのって……?」

 そう思うと、守は手に持ったままの百鬼絵巻を一旦、天狗に預けた。そしてものは試しとばかりに、くしゃみが出るあたりを手当たり次第に探ってゆく。

「!!」

 すると姿こそ見えないものの、何かを掴んだ感触があった。

「いる?今いる?!」

 守は手中にいるであろう猫又を、三人に向けて確認を求める。

「お見事です!」

 すると彼らは、うんと頷いてみせるのだった。

「マジか…!」

 なんと守は、姿の見えない猫又の捕獲に成功したのだった。守の直感は間違っていなかった。だがそれよりも気になるのは…

「妖怪でも『アレルギー』って出るんですね…」

 守には軽度の猫アレルギーがあり、近くに猫がいるとくしゃみが出る。それが猫又でも起こるとは思ってもみなかった。

「妖怪と言えど、猫は猫だからな!」

「ちなみにですが、『自分は花粉症だ』と思っている人の約三割は、動物系妖怪が原因ですよ」

「…へー」

 そんな新事実に驚く守に、天狗は預かっていた百鬼絵巻を差し出してくる。

「さぁ、猫又を百鬼絵巻ここに入れましょう。猫又をこちらへ」

「…はい!」

 守は言われた通り、捕まえた猫又を絵巻へと近付ける。

 すると不思議なことに、手元から猫又の感触がスッと消えた。それと同時に、本の周りがぽわんと優しい光に包まれる。

「!!…できた?」

「はい、上出来です。同じ要領で残りも全て捕まえれば、猫又の回収は完了です」

「オッケー」

 こうして守は、目に見えぬ猫又を、捨て身の猫アレルギー作戦で捕獲することとなった。

「木のとこ!もうちょっと右!」

「確保!」

「三歩ほど先にいます、そう、ゆっくり近づいて…そこです!」

「ハックション!…っしゃ確保!」

「屋根の上だ、飛べ!飛ぶんだ!」

「はいっ!って飛べませんよ!!クシュン!!」

 妖怪たちのサポートもあり、次々と猫又の回収に成功してゆく守。

「…便利屋さん、何してるんだか…」

 そんな守の奮闘を、依頼主である養田は不思議そうに眺めていた。猫又が見えない者からしたら、さぞかし滑稽こっけいな光景だろう。捕獲ほかく真っ最中の守自身ですら、未だに謎な作業なのだから。

「ふぅ…まだ、いますか?」

 守は上がる息を整えながらそう尋ねる。すると河童少年からは、「もうちょっとだよ!」という、なんとも個人差のある答えが返ってきた。できれば具体的に、あと何匹なのか教えてほしい。

「…というか、皆さん見えてるなら、一緒に捕まえて下さいよ?」

「それは無理だ」

 今更ではあるが、同じ妖怪である彼らが一緒に捕まえてくれれば、効率よく回収を進められるだろう。そう思いお願いをしてみるも、その申し出はキッパリと断られてしまった。

「どうして…?」

 瞬時に断られた事で、守も反射的にそう聞き返す。だがすぐに、迂闊うかつに理由を聞いてしまった事を後悔した。なぜなら守が問うたその瞬間、彼らの表情から笑顔が消え去り、神妙な面持ちへと切り替わったからだ。

「………」

 まずい。

 そう思ったところで、時、すでに遅し。守はゴクリと唾を飲み込むと、ただただ静かに返事を待った。

 きっと何か、人間に手を貸してはいけないルールがあるのだろう。妖怪のおきてとか、犯してはならない領域とか、そう言った類の重要なしばりが……

「疲れます」

「暑いもん」

「面倒だろ」

 ……なかった。

 至極しごく単純な理由であった。

「へいへい」

 身構えて損した。そう思いながらも、内心ホッとしたのもまた事実である。

「まぁ、あれだ。場所を教えてやるだけ良いと思え」

「へいへい」

「ああ?何だその態度は!教えねーぞ?!」

「すみません教えて下さい!」

 チッ、赤鬼はすぐキレる。

「ああ?」

「なんでもありません!!」

 まったく、察しないでほしい時ばかり、人の心を読んでくる。

「何か文句あ「ありません!!!」

 守は喰い気味に彼を制すると、気を取り直し、残りの猫又回収に挑むのだった。

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