1-4 正体




「ふぅ、焦ったー。疲れてんのかな……って、えええ!?」


 守がいそいそと事務所に戻ってくると、そこでは異変が起きていた。

 万年休暇中のような我が事務所に、依頼が殺到しているのだ。鳴り止まぬ電話やメールの通知音。そんな初めての光景に圧倒されつつも、守は急いで受話器を取った。

「はい探偵事務所エドガーです!はい、畑が荒らされていると。たぬきですか?え、いたち?…じゃなくて熊かもって?分からないけどとにかく捕まえて欲しい…熊じゃないといいなぁ、はい喜んで!」

「はい探偵事務所エド…え?鶏が大変!すごい猫がいる。すごい猫って何ですか?すごい大きいんですか?すごい強いんですか?!すごいいっぱい?…すご…すぐ行きますね!?」

「はい探偵事務所エドガーでしゅ!ゴボン、エドガーです!はい、魚がいっぱい取れる!それは良いことなのでは?困る?困るのは困りますね!困ってるんですもんね!!喜んで!!」

「はい探偵事む…ってこれファックスか、紛らわしいな!うわ、ホームページからも依頼来てるじゃん。急にどうして…」

 普段ではあり得ないこの異常事態。


『解き放たれた百鬼が悪事をはじめますよ』

『放っておくとこの国は大変な事になるぜ?』


 この時ふと、先程の自称妖怪たちの言葉が頭をぎる。

「…まさか、本当に妖怪が悪戯をしてるとか?いやいやそんな訳…と、とりあえず現場に行ってみよう!」

 思い当たる事はそれしかない。だがそんな疑念を振り払うように、守はブンブンと首を横に振る。

 事務所で考えていても仕方がない。だって、どこぞの踊る刑事さんも言っていたじゃないか!事件は現場で起きているのだと!

 そう思うと守は、まずは近場から攻めようと、マップを開いて依頼場所を確認する。

「え、近!!」

 すると幸いにも、どの依頼もエドガーから徒歩圏内である事が分かった。まずは、その中でも一番近場であった、「鶏が急に騒ぎだした」という養鶏場を目指すことに…。



「…ここか!」

 そしてすぐさま依頼現場に到着した守。

 そこには確かに、バサバサと何かから逃げ回るような、数十羽ものにわとりの姿があった。

「異様に走り回ってる…はっクションっ!ううーくしゅん」

 そのせいで羽や砂埃すなぼこりでも舞っているのか、守は不意に鼻腔を刺激され、くしゃみを連発する。

 そんな最中さなか、建物の中から作業着姿の中年の男性が出てきた。おそらく今回の依頼主だろう。それに気付いた守が軽く会釈をすると、男性の方もやぁやぁと手を上げて応えてくれた。

「あなたがエドガーの方かな?」

 男性はこちらにやって来ると、スッと右手を差し出してくる。握手を求められているのだと思った守は、自身も右手を差し出した。

「初めまして、エドガーの御国です。よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしく。いやー、よく来てくれたね。わたしはここの管理をしている、養田ようだです」

 ぎゅうっと、握手を交わした手から伝わる、強い力。養鶏場の仕事は体力勝負なのだろう、自分とは比較にならない立派な腕の筋肉に圧倒される。ちょっと羨ましい。

「じゃあ、さっそくだけど」

 そんな守の心情を知るよしもなく、養田は依頼にあたって、状況の説明を始めた。

「見ての通りなんだけどね。うちの鶏たちがついさっきからこんな様子なんだよ。普段は本当におとなしくて、手が掛からない子なんだ。だからこんな血相変えて暴れ出すなんて、何か原因があるんじゃないかと思ってね」

 養田は守と対話をしながらも、心配な様子でチラチラと鶏に視線を移している。

「だがな…そうは言っても、こんな事でいちいち誰かに頼るのは、プロとしてどうかと思うだろ?第一、頼るにしても事件じゃあるまいし、警察や消防って訳にもいかない。だから迷ったんだが、そん時にふっと、おたくの便利屋さんを思い出してな。どんな仕事でも引き受けてくれると、近所のもんから耳にした事があったから」

「…なるほど」

 依頼内容は理解した。そしてもうひとつ、分かったことがある。

 環さん。あなたの事務所は『探偵』ではなく、『便利屋』として名が広まっているようです。

 この事実に、守は笑い出しそうになるのを必死に堪えた。そして不憫ふびんな我が社長の名誉のためにも、うちは探偵事務所だと訂正しようかとも思った。だが、依頼主の話の腰を折るのも申し訳ないのでやめた。…というのは建前で、正直、訂正するのが面倒だった。

 守はこの事実をそっと心の内に受け止めて、結局堪えきれなかった笑いを、咳払せきばらいでごまかした。

「そうだったんですね!エドガーを思い出して頂き、ありがとうございます。そう言えば先程、お電話で猫がどうのとおっしゃっていましたけど、それは?」

 守は電話口で、猫の話が出ていた事を思い出した。だがここに来てから、猫らしき姿は一度も見ていない。

 その問いに、養田は「ああそれは…」と苦笑する。

「うちのばあさんが、猫が入って来たって言ってるんだよ。それもただの猫じゃない、すごい猫だ!ってね?…まぁでも、猫なんていたらすぐに分かるから、ばあさんの勘違いだよ」

「すごい猫…ですか。確かに、もしそんな猫がいたら原因はそれだし、すぐに気が付きますもんね」

「ああ、その通り。だから他に何か分かったら、教えてくれるかい?」

「はい、分かりました!それではご依頼承りました!早速調べてみま…はっくしょん!!」

 こうして守は、原因を探るべく、せわしなく走り回る鶏の観察を始めた。


「コケーコッコッコッコ」

「っくしゅ」

「コッコッコッコケーコッコッコ」

「………」

「コケーコッコケーコッコッコ」

「……はっ…はっクション!」


 時折ときおり訪れるくしゃみに耐えながら、観察を始めてかれこれ数十分。

 だが、鶏たちが何故走っているのか、皆目かいもく見当も付かない。

「…どうしたもんかなー」

 依頼はこの他にもたくさん来ている。このままのペースでは、せっかく来ている他の依頼には手が回らない。普通はこんな時、他の人材と手分けをして依頼をこなすところだが、これまでエドガーには、手分けを必要とするほどの依頼は来たことがない。故にエドガーには、守以外の人材は存在しないのだ。唯一の頼みの綱である環も、今は別件でいない。

「うーん、となると…残る綱は……」

 この時、なぜか守の頭に浮かんだのは、夏の幻かとも思われた先程のイケメン三銃士。

 あんな得体の知れない、それも初対面の人を助っ人に思い浮かべるだなんて、自分でも正直どうかと思う。普通に怪しいし不安しかない。だがそうは言っても、何故だか彼らが、今回の件に無関係だとは思えないのだ。

「こうなったら当たって砕けろだ!」

 できれば砕けたくはないけれど、守はわらをも掴む勢いで、自称妖怪たちの元に足を急いだ。



「戻ってきましたね」

 こうしてエドガーに帰ってきた守は、そのまま真っ直ぐに裏戸を開けると、先程の祠にやって来た。

 そこで律儀に待っていたらしい彼らと、守は二度目の対面を果たす。

「遅いぞ!」

「待ってたよ〜」

 守の目の前には、少し不機嫌な青年と、人懐ひとなつこい笑顔の少年。そして人当たりの良い、善人ぜんにんぜんとした青年。

「…幻じゃなかった!!」

 そんな彼らをまじまじと見て、守は改めて思ったことがある。

 さすがは妖怪を名乗るだけある。それぞれの顔面偏差値が、人間とは思えぬほど異様に高い。これは普段から環という美形の元で働き、イケメンに目が肥えた守が言うのだから間違いない。

 そんな『未知の存在』と書いて『国宝級イケメン』とでも読めそうな彼らと、自分はこれから対話しなければならない。正直関わりたくはないし、すでに守の心は折れかけている。それでも依頼遂行のためには、彼らの力が必要なのだ。

 どうしたものか。

 そんな事を考えていると、守はふと、祖母の言葉を思い出した。

 祖母はよく言っていた。

 初対面の人と円滑に会話をするためには、まずは相手のことをよく知ることが大切なのだと。

「相手を知る…」

 そうとなれば、やる事はひとつ。

「…あれを使うしか…ない!!」

 何を思い立ったのか、守は深く息を吸い込む。

 やがて心を決めた守は、グーにした両手を天高く掲げ、それを瞬時に目元に持っていく。

 そして必殺技よろしく、高らかに叫ぶのだった。


マモルズアーイ!!」


 説明しよう!

『マモルズアイ』とは、手を双眼鏡に見立てることにより、相手を細かく観察しようという、守なりの精一杯の努力の姿勢である!

 しかし当たり前だが、手は双眼鏡にはならない。むしろ目元に指が被かぶり、若干視界を奪われてしまう。要するに守は今、かなりテンパっているのだ!


「……」

 こうして、発動時間2分強。

 カップラーメンが出来上がるよりもいささか早く、守が取得した情報がこちらである。


 まずは自称天狗さん。

 身長182㎝、黒髪黒眼。年齢は20代後半。緩いウェーブのかかったハンサムショート。黒い瞳にはラズライト・和名『天藍石てんらんせき』を散らしたような、ブルーの虹彩が輝いている。上下黒の細身のパンツとハイネックに、膝丈ほどある藍色の羽織を肩に羽織っている。王道の爽やかイケメンだ。


 続いて自称赤鬼さん。

 天狗の彼より少し高めの185㎝。こちらも20代後半。ツーブロックの暗めの赤髪に、同じく深い赤味のあるガーネット・和名『柘榴石ざくろいし』の瞳。黒のスキニーパンツに大きめの黒のパーカー。パーカーの裾からは赤いシャツがチラリと顔を覗かせ、遊び心◎。こちらはヤンキー系イケメンだ。


 ラストは自称河童くん。

 彼の身長は守よりも低い、160㎝程だろう。年齢は15歳くらい。サラッサラの前下がりショートボブの髪は、明るいミルクティーベージュで天使感を演出。瞳は翡翠ヒスイを思わせる淡いグリーン。これまた黒のシャツとスラックスに、サスペンダーを着用。ソックスと襟元のリボンでグリーンの差し色を取り入れている。正真正銘のキュート系イケメンである。

 

 以上、彼らに共通して言えることは、黒を基調とした服装にも関わらず、神々しく輝いているという事だ。『イケメンは世界を救う』を体現たいげんしているかのようだ。思わず拝みたくなってくる。

 そして余談だが、先程見た宝石図鑑が、はからずも守のボキャブラリーに花を添える結果となった。


「ふう…」

 守は双眼鏡マモルズアイを解除し、目をつぶる。

 やがて、気がついた。

 彼らの事を深く理解するはずが、イケメンだという表面的な情報しか手に入らなかった事に…

「ぐっ…」

 守はダメージを受け、その場に膝から崩れ落ちる。予定ではもっとこう、趣味だとか特技だとか、彼らの内面的な何かを読み取れるはずだった。

「…何やってんだコイツ?」

「今のなんだったのかな?まもるずあい?」

 そんな守の頭上からは、ごもっともな意見が飛び交ってゆく。

「彼にも事情があるのでしょう。もう少し、待ってあげましょうか」

 この優しさですら、今の守にとっては傷口に塩だ。もういっその事、ののしられた方がマシである。

「チッ、だりーな。とっとと説明して、近場にいるうちに集めねーとヤバいだろ?どんどん遠くなるぞ?」

「みんなすぐ飛び出しちゃったもんね」

「同感です。ですが我々だけではどうすることもできません。開封者の意志が無ければ…」

「だからだよ!早く認めてもらおうぜ?」

「でも、さっき僕たち消えて見せたのに、全然信じてくれなかったよ?あれって結構、僕たちの最終手段なのにね?」

「そこはまぁ、お前がなんか上手いこと説明しろよ?」

「そうは言っても、あれで信じて頂けないのは想定外すぎて、私からはなんとも…」

「お前は?」

「僕もむりー!」

「あーもうめんどくせーなぁ!!」

 すると突然、赤いイケメンが守の肩を掴み、そのままグイっと立ち上がらせる。

「!?」

 そして彼は守の目をしっかりと捉えると、勢いのまま口を開いた。

「おい聞け!俺らは妖怪だ!信じろ!」

「いや信じられないですけど!?」

 頭上の会話は黙って聞いていた。

 だが目前で、それも理不尽な対応と要求が飛び出してきては、さすがの守も看過できない。守は反射的に言葉を返す。

「あなたたちのどこに信じられる要素があります?怪し過ぎでしょ!」

「ああ?どこが怪しいってんだよ?」

「全部ですよ全部!!」

 そこからは、せきが切れたようにドバドバと言葉が溢れてきた。

「まずどっから入ってきたんですか?俺ずっと ふさいでたのに!それでどうやって消えたの!?おかしいでしょ、人がそんな簡単に消えたらさ!!それに何なんですか?そんな黒い服着て輝いちゃって、どう言う仕組みですか?ひかり属性なの?オーラなの?それともオーラが見えてる俺がおかしいんですかね?違いますよね?あなたたちがイケメン過ぎなんですよね?!てかなんで俺の周りにはイケメンが集まるんだよおかしいでしょ!!」

 当初こそ怪しいポイントを述べていた守であったが、大半はただのイケメンへの不満になっている。

「そもそもここ、人の家ですから!不法侵入ですからね!」

「ここ僕たちの家だよ?」

「そんなわけないでしょ…」

 するとそう言いながら、守の背後を指差した河童の少年。その先には、守が壊したゴルドニアがあった。

「……え?あーごめん、あれ君のだったの?壊しちゃって本当にごめんね」

「僕のっていうか、僕たちみんなのだよ!」

「そうなの…?ごめんね。でもここはそもそもね、探偵事務所をやってる環さんって人の家なんだ。ここの敷地もそう。だから勝手に入ってきちゃダメなんだよ?」

「はーい!」

「うん良い返事だ!ってあれ?何の話だっけ…」

 河童少年の可愛さのあまり、本来の目的を忘れかける守。だがすかさず、天狗の青年が話の流れを修正してくれた。

「私たちがあやかしかどうか、ですよ」

「そ、それです!とにかくですね、あなたたちはどう見てもあやかし…って違いますよ!話しを戻すふりしてサラッと変えないで下さい!ビックリするな!

 確かに妖怪の妖は『あやしい』とも読みますけど、今はあなたたちが妖しいかどうかの話を…ん?妖しい?怪しい?どっちが正解…?」

 この時、守は『あやしい』と言い続けたことで、ゲシュタルト崩壊よろしく混乱が始まった。やがて彼の脳内には、『怪しい』と『妖しい』が交互にぐるぐると巡り始める。

 そしていつしか、それらはプツンと途切れ、答えを弾き出した。

 そうか、両方正解だ!

 だってこの人たちは——


「妖怪ですね!」


 こんなアホみたいな道筋で下された結論を、守は大々的に発表した。何事も堂々と発すれば、案外それらしく聞こえるのだから不思議なものだ。それに一度認めたことで、彼らが怪しいかどうかなど、些細な問題のように感じてくる。

「ええ、我々は妖怪です」

「やっと認めたか」

「わーいやったねー!」

 この守の発言に、健闘を称えるようにタッチを交わす妖怪たち。


 何はともあれ、一歩前進。

 少し、…いや大分遠回りはしたが、守は謎の道筋から、ようやく彼らを妖怪と認めたのだった。

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