1-3 運命
「こんなとこあったのか」
やがて守は、お目当ての祠にやって来た。
事務所の裏口から庭に出て、
エドガーの裏庭に、こんなにも
敷地の入り口には、祠のサイズに合わせたような、人一人がやっとくぐれる程の、小さな
家主である環の了承を得ていた守は、遠慮なく、未知の世界への一歩を踏み出した。
「失礼しまーす」
鳥居をくぐり敷地に入ると、ヒューッと心地良い風が守を出迎えてくれた。その風に促されるように空を見れば、外壁に
東京に来てから、こうしてまじまじと空を見たのは初めてかもしれない。心なしか、空気も澄んでいるように感じる。
守は祠に手を合わせると、さっそく散策を開始した。そのついでに、昨夜の台風で飛んで来たのであろう落ち葉や小枝を拾い、ポケットに入れていたゴミ袋にまとめていく。このように普段からゴミ袋を持ち歩いているあたり、『お掃除のお兄さん』の名も伊達じゃないだろう。
そんな矢先、視界の隅に何か光るものを感じた。
それはどうやら鳥居の足元からである。ここへ来た時から気になってはいたのだが、そこには不自然なほどの小石が積まれているのだ。
「何だろう…」
守は積まれた石を、いくつかどかしてみる。すると中から、赤い色をした何かが顔を覗かせた。やがてその全貌が明らかになると、それは
「…どうしてこんな所に『ゴルドニアファミリー』が?近所のちびっ子が忍び込んだとか?」
鳥居とゴルドニア、というミスマッチ感が、何とも怪しい空気を醸し出している。だがそんな事より、もしもこれが忘れ物であるならば、どこかでちびっ子が悲しんでいるかもしれない。
そう思った守は、何か持ち主に繋がる手がかりは無いかと、おもちゃに手を伸ばす。
「…うーん。どっからどう見ても普通のゴルドニア…、やっぱこういうのに名前とか書かないよなー…ん?でもこれ何か変だな?」
一見、お馴染みのゴルドニア。
だがその中に少しの違和感を覚えた守は、手中のそれをぐるっと一週回してみる。するとすぐに、その違和感の正体が明らかとなった。
自分の記憶が正しければ、ゴルドニアは家を上から真っ二つに開いたような構造で、室内に人形やら家具やらを入れて遊ぶおもちゃだ。
しかしこれは、全面が壁と屋根で囲まれた、完全な家の形をしている。小窓はあるがドアはなく、開きそうな隙間もない。そしてもちろん、床が空いているわけでもない。それでも中には何かが入っているようで、ある程度の重さがある。それに軽くゆすってみると、バタンと音がした。
「何これ、どーなってんの?」
こうなってくると、中身や用途が気になってくる。そんな好奇心で、守は小さな窓を覗き込む。
するとその途端、中からピカッと強い光が放出された。
「?!」
そのあまりの眩しさに、守は思わずゴルドニアを顔から遠ざける。すると勢い余って、そのまま手からも放り出してしまった。
「ああああ!」
そんな適当に決めた勇者の名前のような叫び声と共に、ガシャンと大きな音を立て、勢いよく地面に落下したゴルドニア。それと同時に、強い突風がビュッと駆け抜けていった。
「うっ」
その風によって、守は再び視界を奪われる。
だがすぐに持ち直し、急いでゴルドニアを拾い上げた。
「……」
ツーと、嫌な汗がこめかみを伝う。
これは、完全にやってしまった。
守の手には、屋根と壁の一面が割れ、見事に真っ二つとなったゴルドニア。百歩譲って、これが本来のゴルドニアの姿だと、言い張れなくもない。だが先程の大きな音は、明らかにこれを破壊したものだった。
「あーやばい…これ治るかな!?接着剤でいける?」
守は慌てて割れた側面を合わせてみるも、もちろん治るはずもなく…。再びパカっとふたつに離れた両手のそれに、もはや愕然と
「大丈夫ですよ」
するとその時。
突如、頭上から声がした。
守はその声にビクッと体を震わせる。そして恐る恐る振り返れば、そこには三つの人影が。
「……え…?」
未だバクバクとうるさい心臓と落ち着かない頭で、守は今の状況を確認してゆく。
目前には、いつの間にやら現れた三人の男たち。正確に言えば、青年二人と少年一人。
ここへ通じる道は、自分も入ってきた裏庭から繋がる道の一つだけ。いくらゴルドニアに気を取られていたとはいえ、前方から人が来れば分かりそうなものだ。にもかかわらず、背後に立っていた彼らは、一体どこから入ってきたのだろうか。
それより待って、すんごいイケメンなんだが!?
守は冷静になろうとするも、逆光かとも思えるほどのイケメンオーラに邪魔をされ、情報の処理が間に合わない。
「こ、こんにちは…?」
それでも何とか、良識的な言葉を発した自分を自分で誉めてあげたい。
「……どちら様…ですか?」
しかし彼らの返事は、守の知力を更に低下させるものだった。
「
「
「
「…え…天狗?……ん?今なんて?」
「
「…………は?」
ポカンとした。
今ほどこの言葉が相応しい状況は無いというほど、ポカンとした。
そして思った。
この人たちとは、これ以上関わってはいけないと。
「妖怪…なるほどー。あはは、面白い冗談ですね…?」
奇跡的に働いた守の危機管理能力が、一刻も早く立ち去れと指令を出してくる。守はその指令にうん、と大きく頷いた。
彼らは確かに、人間離れした美形である。しかしだからといって、「そうか妖怪なんだ!」と納得する程、守の常識はズレてはいない。
そうと決まれば話は簡単。守は勢いよく彼らに背を向けると、早々に立ち去る姿勢をとった。
「それでは、俺はこれで」
「待ってください。このままでは解き放たれた
だが、背後からかけられたイケメンその1の言葉に、守は不覚にも足を止められてしまう。
「ひゃっき…?」
「ああ、放っておくとこの国は大変な事になるぜ?」
「大変な事…とは…?」
続くイケメンその2の後押しもあり、守の足は完全に止まる。そして守は振り返ると、あろうことか、彼らに話の続きまで促す始末。
天狗と名乗ったその青年は、振り向いた守の顔を見て一瞬ハッとした様子をみせたが、すぐにニコリと穏やかな表情を浮かべて話を始めた。
「あれは平安、
こうして数分に及び語られた内容は、かなり突飛なものだった。
要約するとこうだ。
「むかーし昔、絶大な力を持つ
「そうです!」
「ゴルドニアでは無いけどな」
「『赤い屋根の小さな
「それを俺が壊しちゃったから、封印されてた妖怪が逃げ出したと?」
「その通りです!」
「とんだアンラッキー野郎だな」
「僕たちは出られてラッキーだね」
「…で、俺が逃がしたんだから、責任持って俺がまた全部回収しなければならない…ってこと?」
「流石です!」
「やってしまったらやり返す」
「百倍返しだ!」
「うーん…」
それでなくとも理解し難い話だが、約二名の茶々により、うまいこと処理できない。
だいたい妖怪だの封印だのと、そんな漫画のような設定を、易々信じる者はいないだろう。これはおそらく新手の詐欺…その名も『
妖怪が逃げ出して悪さをするから、この
いや、そもそも妖怪商法とは!?
「残念ですが!俺の実家は寺なので、そういうのはまにあってます…!」
守はぐるぐると妙な思考を巡らせた末に、プチ個人情報を露呈しながら後ずさる。
だがそんな守の言動に痺れを切らしたのか、イケメンその2がため息をつき、同時にイケメンその3が声を上げる。
「うんうん、大丈夫!普通みんな、最初は信じないんだよ!だけどこれを見たら信じるよ!いくよー?」
するとその可愛らしい掛け声と共に、彼は自称天狗の背後にまわり込むと、ヒョイッと姿を消してみせた。
「……え?彼はどこへ…?」
たった今まで、話をしていたはずの美少年が、一瞬のうちにいなくなってしまった。ただ背後に隠れただけかと思いきや、いくら覗き込んでも、その姿は見当たらない。
「しゃーねーな、俺らもやるか」
「ええ。信じてもらうには、これが一番ですからね」
そんな守の呟きもよそに、あとの二人も、小言を残してスッと姿を消してゆく。
「はぁ?!マジでどゆこと!?」
一体、何が起きたのだろうか。
目の前から、イケメンが三人とも消えてしまったではないか。これには常識人代表の守も驚きだ。
だが、こうも思った。
そもそも彼らは急に現れたのだから、急に消えたところで、これで元通りなのではないだろうか、と。
「……」
守は辺りを見渡し、改めて、今ここに自分しか存在しない事を確認する。目を凝らして集中しても、やはりどこにも彼らの姿はない。この場に長居して、また何かおかしなことが起きても厄介だ。散策はもう終わりにしよう。
さっきの三人はきっと、偶然と夏の魔法とやらの力が見せた、イケメンの幻だろう。
守は自分にそう言い聞かせ、いつもの日常を取り戻す。
「どうせなら美少女の方が良かったな…」
ふと、口からこぼれ落ちる本音も気にせず、守はまとめたゴミ袋を持って事務所へ戻ることにした。
元凶のゴルドニアは…申し訳ないが、もとあった場所に戻した。周囲を軽く掃除したので、なんとか許して欲しい。
「…環さんには報告しとこ…」
守はすぐさま環に一報する。
これで、何も問題ない。
こうして守は鳥居をくぐり一礼すると、そそくさと祠を後にしたのだった。
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