第8章 クラシック戦線

第30話 クラシック前哨戦

 注目の「黄金世代」による、牡馬クラシック戦線が始まろうとしていた。


 ネットニュースでは、3頭がしのぎを削るように、人気が分散していたのが特徴的だった。


 1番人気が、なんとミラクルフライト。超良血の血統と、デビューから3連勝だったことから、大いに期待されており、「そのプレッシャーに若手の石屋優が押し潰されないかだけが心配」とまでネット記事には書かれてあった。


 2番人気は、ハイウェイスター。ベテランの武政修一が、「この馬の将来性はかなり高いですね」と言っていたことと、新馬戦で不良馬場を物ともせずに圧勝したこと、さらに続く1勝クラスは惜しくも2着だったが、初の重賞となったきさらぎ賞に圧勝していたことから、総合的な期待値が高かった。


 3番人気は、イェーガータンク。つい先頃の1月初旬にデビューしたばかりだが、続くオープン競争で、「逃げ」を打つと、独走状態に入り、2着に5馬身以上の大差をつけて圧勝していた。血統はあまり良くない馬だったが、騎手二世にして、若手の有望株として期待されていた大林凱が乗るため、注目を浴びていた。


 そして、ついにこの3頭の初対決がやって来た。


 2038年3月7日(日)、中山競馬場、11Rレース、芝2000メートル、弥生賞ディープインパクト記念(GⅡ)。


 天候は、晴れ。馬場状態は「良」。


 なお、前走で負けた後、私が提案した「チークピーシズ」を、熊倉調教師によって装着されていたミラクルフライト。水色のチークピーシズが際立っていた。


 ミラクルフライトは、3枠3番で、単勝2.1倍の1番人気。ハイウェイスターは、8枠12番で、単勝2.7倍の2番人気。イェーガータンクは、7枠11番で、単勝4.8倍の3番人気だった。


 ここ中山競馬場の芝2000メートルは、右回りで、内回りコースを使用。コーナーを4つ回る小回りコースだ。


 スタートから1コーナー途中までは、約5メートルの上り坂。そこから、向こう正面まで約4メートルの下り坂になる。


 加えて、最後の直線の長さは310メートルと短いが、途中に約110メートルの間に、約2.2メートルを駆け上がる急坂が待ち受ける。


 コーナーを回る器用さと同時に、急坂をものともしないパワーが重要なコースと言える。


 また、一般的に馬場が荒れて時計の掛かる馬場になる事が多いとされいる。開催後半や冬場はその傾向が強く、芝を走っているのに土煙が上がる事も少なくない。スタミナに富んだパワータイプの血統が強いとされている。


 その意味でも、良血でパワーもあるミラクルフライトにもチャンスは十分ある。


 戦いを目前に控え、私、武政修一騎手、大林凱騎手、それぞれが来たる大一番の前哨戦に備えており、どの顔も緊張に満ちていた。


 何しろ、このレース自体が、GⅡとは思えないほど、世間の注目を浴びていたからだ。

 その証拠に、この日、GⅠ並みに観客がこの中山競馬場に集まってきていた。


 そして、ファンファーレが鳴ってレースが始まる。最後に枠入りしたのは、大外12番のハイウェイスター。全12頭による皐月賞トライアルの前哨戦が始まった。

 なお、馬体重はミラクルフライトがマイナス4キロ、ハイウェイスターがプラマイゼロ、イェーガータンクはマイナス8キロだった。


 スタートすると、この時期の中山競馬場特有と言える、芝のレースにも関わらず、土煙が上がっていた。そんな中、すっと馬群を抜け出して、ハナに立ったのはイェーガータンク。


 私はミラクルフライトを先頭から4、5番目くらいの好位につけた。ハイウェイスターは後方からの競馬になっていた。


 しかし、気づかないうちに、先頭のイェーガータンクがどんどん突き放していき、1コーナーに入った辺りにはもう2番手の馬とは3、4馬身は開いていた。


 全体的に縦長の展開になっており、しかしながら3コーナー辺りになると、イェーガータンクと2番手の間が、半馬身ほどの差に縮まっていた。


 そして、3コーナーから最終コーナー手前で、外から一気に突き抜けるように抜けていった馬がいた。


 武政騎手が乗るハイウェイスターだった。


 最終コーナーを回って直線コースに入る。この段階で、イェーガータンクが再び2番手を4馬身くらい引き離していた。


 もうイェーガータンクの勝利はゆるぎないだろう。逆にミラクルフライトが思ったより「伸びない」と私は危惧していた。


 そんな中、大歓声に包まれながらも、私の予想を覆す事態が起こる。


 ハイウェイスターだ。

 後から映像で見直してわかったが、ものすごい末脚だった。


 残り100メートルほどで、一気に急加速して、ゴール直前でイェーガータンクに並び、何でもないことのように、差し切り勝ちしていた。


 一方で、ミラクルフライトは、最後の直線で思ったより「伸びず」に3着に終わる。


 ハイウェイスターはまさに「次元が違う」末脚で、上がり3ハロンのタイムが、35秒4と圧倒的だった。一方、イェーガータンクとミラクルフライトは36秒2。

 結局、勝負は2番人気のハイウェイスターが1着、3番人気のイェーガータンクが2着、そして1番人気のミラクルフライトは3着だった。


 一応、上位3頭までは、皐月賞の優先出走権が得られるため、皐月賞への出走は確保できたが、またも惨敗に終わったミラクルフライト。


 そして、これがこの3者の、初の決戦となった。


 事態は、次のステージ、クラシック第1戦、皐月賞へと向かって行く。 

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