第15話 未熟が招いた結果
4月に入った。
一般には、競馬界では「クラシック」と呼ばれる3歳の決戦が本格的に始まるシーズンの開始。
つまり、この先に「桜花賞」、「皐月賞」がある。
私は、勝ち星が少なく、まだGⅠ騎乗条件の31勝には到底及んでいないため、シンドウの騎乗を勝ち取ることもできず、悶々とした日々を送っていた。
ちなみに、シンドウは前走、皐月賞トライアルと呼ばれる前哨戦、弥生賞ディープインパクト記念(GⅡ)で、2着に輝き、続く皐月賞にも出場予定だった。鞍上は、ベテランの武政修一騎手の予定。
そして、その前の、牝馬のクラシック初戦、桜花賞が始まる前日にそれは起こった。
2036年4月12日(土)、中山競馬場、5
天候は曇りだが、靄がかかったように薄暗く、前日の雨の影響で、馬場状態は「稍重」だった。
私は、アオイイロ(牝・3歳)という馬に騎乗していた。
レースは2枠2番。ここはどちらかというと真ん中あたりの枠が有利なのと、ゴール前に急坂があるので、「逃げ」、「先行」より「差し」が有利と言われているコースだが、残念ながら、この馬はどちらかというと先行気味の脚質を持っていた。
そして、それが自然と、未熟な私の「焦り」に繋がっていた。
スタートも悪くなく、道中は中団辺りを追走して、先頭までは5、6馬身くらいだったと思う。
向こう正面に入った時だった。
前の馬が、急に速度を落としたと思った瞬間、アオイイロの頭がその馬の尻に追突していた。時速60キロ以上で走っていたと思われる馬の衝撃は想像以上で、
「あっ」
と思った瞬間に、私の身体は宙に投げ出されていた。
そのまま、一回転して、地面に左肩から叩きつけられた。当然、放馬した馬はそのまま走るも、失格扱い。
レースはどうなったかわからないまま、私は左肩に走る激痛から、体を動かせずにいた。
意識はしっかりしていたが、左肩から上腕部にかけて、まるで焼いた鉄でも当てたかのような、「熱い」痛みが襲ってきて、そのままうずくまっていた。
すぐに救急隊が駆けつけてきて、担架で運ばれていた。
中山競馬場内にある、救護室まで運ばれ、エックス線検査を受けたら、左鎖骨骨折と判明。
応急処置を受け、全治は1週間程度だが、安静のため、1か月は騎乗できなくなる旨を医師から知らされて、千葉県内の病院に入院することになった。
調教師で、ある意味、「師匠」とも言える立場の、熊倉調教師は、普段はいい加減な放任主義だが、さすがにこの時ばかりは態度が違った。
病院に向かう前、中山競馬場の関係者が集う廊下から救急車に乗る前、駆けつけてきて、心配そうに声を上げた。
「大丈夫か、石屋」
「はい。命に別状はありません」
痛みは、一時的な痛み止めで多少、緩和はされていたが、それでも左肩が猛烈に「熱い」。それを表に出さないようにしている私に、彼は年長者らしい言葉を投げかけてきた
「それはわかってるが、後になって打撲や内出血など、違う症状が出る可能性もある。しっかり休め」
「はい。申し訳ございません」
熊倉調教師は、それ以上、何も言わず、私は救急車に乗り、千葉県内の病院に搬送となった。
熊倉調教師は、そう言ってくれたが、明らかに私の「未熟さ」が招いた事故であり、前の馬と接触したことで、過怠金として5万円の制裁が科されたことでも、それは明らかだった。
しかも、骨折した患部を固定するため、プレートを左鎖骨に入れる手術まで行うことになった。
そして、その病院内で、私は「信じられないもの」を見ることになるのだった。
4月20日(日)、3歳牡馬の最初の運命を決定づける、「皐月賞」が、私が怪我をしたのと同じ、中山競馬場で行われる。
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