第14話 エンプレス杯にて

 勝負の時は、迫っていた。


 結局、この年に入ってからも、勝ち星に恵まれない私は、1勝もできないまま、2月を迎える。


 出走に当たって、ピリカライラックの調教を行い、準備を進めて、その時を迎える。通常、競馬のレースでは、レースの1か月前から調整が必要なのが一般的で、それには調教師、厩務員、騎手など大勢の人間が関わって、レースの勝利を目指す。


 2036年2月28日(木)、川崎競馬場、11Rレース、ダート2100メートル、エンプレス杯(JpnⅡ)。


 天候は晴れ。真冬の関東らしい澄んだ青空で、馬場状態は「良」。

 絶好の快晴の元、私にとっての人生初の、重賞チャレンジが始まる。


 川崎競馬場のダート2100メートルは、向こう正面の2コーナー側からスタートして、馬場を1周半する。2周目の1コーナー手前から、2コーナー出口辺りまで緩むのが大きな特徴になっている。そこで先行勢が息を入れられることから、前有利になりやすい。

 ただし上級条件になると、ペースが緩んでから一気に加速し、かつロングスパートの勝負になる。コーナーが非常に狭く上がりがかることから、他の川崎2100メートルのレースよりスタミナが必要となると言われている。それ故に逃げ馬も不利。


 また、コーナーを6つも回るコースでもあるため、物理的に外を回り続ける馬は不利になりやすい。内枠有利で、ロスなく内を立ち回れる器用な馬が穴を開けるコースと言える。


 逆に言うと、外枠から出走して、馬群の外々を回ると、コーナー6回分の距離損が生まれ、レース結果に大きな影響を与える。


 もうこの時点で、私は「不利」に追い込まれていたのだが。


 つまり、13頭立てのレースで、ピリカライラックは外の8枠12番だった。

 その日の、調子としては、彼女の調子は悪くないように思えたし、トモの張りも、馬体重増減も問題なかった。


 だが、外枠が不利なこの川崎で、外枠。

 しかも、出走する他の馬の鞍上には、あのリーディングジョッキーの武政修一騎手、ベテランの大林翔吾騎手、さらにかつての憧れから一転して苦手意識を持ってしまった長坂琴音騎手もいた。

 その上、彼らが乗る馬は、いずれも5歳から7歳のベテラン馬が多く、4歳のピリカライラックは一番若い。

 エンプレス杯は、元々ベテラン勢が多いし、騎手も中央・地方関係なく騎乗してくる。


 明らかに条件は不利だ。


 そんな中、発走は16時30分に行われることになった。

 ピリカライラックは12番人気。この時期の、川崎(ほとんど東京だが)の日没時間は概ね17時30分頃。まだ日没まで余裕があるが、西日が傾いてきている時間だ。


 そして、ついにレースが始まった。


(先に出て、内に切り込む!)

 最初から、外枠不利を払拭すべく、スタートダッシュを切って、一気に加速し、先手を取ることを目指し、ひとまずは13頭のうち、8頭目くらいの中団の馬群に切り込むことに成功していた。


 これなら最低でも、掲示板圏内には入れるはずだ。


 だが、このレースはそもそも「分が悪かった」。相手はいずれもベテラン牝馬で、先行力もあり、スタミナもあったのだ。


 おまけに2100メートルという長さは、彼女には不利となる。

 川崎競馬場は、平坦で、坂道がなく、コーナーも速く回れるため、力の差が如実に現れやすいと言われている。


 特に、最初と最後に待ち受ける、1、2コーナーの約200メートルは、「南関東でもっともきついコーナー」と言われる急カーブで、そこでの勝負が分かれ道になる。


 そのカーブで減速してしまったピリカライラックは、1周半を回り切る最終コーナーあたりで失速。あとはもう挽回ができずに、ずるずると下がり、一旦は4番手まで上がっていたものの、最終的には10着。


 地方とはいえ、初の重賞挑戦は惨敗に終わる。


 久々の惨敗に終わった私は、その後、3月中にようやく今期1勝目を挙げるも、その後は続かず。奇しくも年末に父に言われた通りに苦戦を強いられることになる。


 そして、クラシックが始まる4月。

 私にとって、ある意味での「転機」となる、出来事が発生する。

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