第4章 二年目の試練
第13話 違和感と重賞参加
年が明けて2036年になる。
毎年、私は正月には実家の北海道の日高地方の牧場に帰ることにしていたが、この年は少し事情が違った。
北海道では、数年に一度レベルの大雪による交通障害が発生しており、飛行機がまともに飛ばない、もしくは飛んでも空港に降りられない(除雪が間に合わない)くらいの事態になっていた。
仕方がないので、両親とも相談し、その年は帰省を断念した。
そうすると、時間が出来るので、自宅で競馬の技術の研究をするために、動画を見たり、他人の乗っている姿を見て、勉強をすることにしたのだが。
シンドウは、新馬戦以外の1レースだけ、私以外の騎手が乗ったから、1レースしか参考映像がない。
ただ、前に、海ちゃんに言われたことがやはり気になっていた。
つまり、
(何故、他人はシンドウを上手く扱えないのか)
ということで、前にも見たが、映像をもう一度見てみた。
乗っていたのは、若手の騎手で、確かまだ20代だったはずだ。
どうもやはり、何度見ても「シンドウに振り回されている」ように見える。気性が荒い馬だから、若手には扱いづらいというのはわかる。
だが、それだけではない気がしていた。
気になって、改めてネットから色々と調べてみた。
シンドウの父は、日本の競馬でGⅠを3勝した馬で、曾祖父はアメリカの芝三冠を制した、
ベルモントダービー招待、サラトガダービー招待、ジョッキークラブダービー招待を通称「アメリカ芝三冠」という。
さらにこの馬は、それ以外のGⅠをいくつか制して、通算GⅠ制覇は10勝を数える、名種牡馬だった。
一方の母は、日本の牝馬で、エコーラインと言うらしいが、正直ほとんど勝っておらず、オープン馬にすらなっていないまま、引退。
何故、この牝馬を種付けに選んだのかがそもそも非常に疑問だった。
サイアーラインとしては、悪くないどころか、曾祖父のそのまた先の先祖をたどると、かの有名な名
競走馬の世界では「インブリード」という言葉があり、サラブレッドは血統を重視するため、好んで近親交配を行う。
この場合、シンドウはフランクフォートの3×4となる配合、つまり「奇跡の血量」と呼ばれる18.75%だった。
競馬の歴史を見ると、この「奇跡の血量」の馬が、活躍してきたことから見ても、彼の強さがわかるのだが。
しかし、一つだけ気になるところがあるとすれば、それは「血が濃すぎる」ということくらいだった。何故なら、このフランクフォートが母方の4代前に2頭いたからだ。
競走馬は、血統を重視して、繁殖させるため、少し間違えるとこういうことはよく起こり、その血の濃さによって、「気性難」の馬が生まれることがある。
人間で言えば、兄妹や従姉妹同士で結婚して、奇形児や障害児が生まれることに似ているかもしれない。
そして、実は私は、まだ知らなかったが、この「血筋」と「気性難」が、後々、シンドウの運命をも決定づけるのだが、それはまた別の話になる。
(考えても仕方がないか)
と思いつつ、私はせめて、これからクラシック戦線で戦うことになるであろう、シンドウをまともな騎手、出来れば武政騎手のような人に扱って欲しいと願うのだった。
馬を大切にしない人が扱うと、わがままな彼は、気を悪くして、能力を発揮できないだろう。
しかし、私が乗るには、「条件」を満たしていない以上、他人に任せるしかなかった。
新人騎手の中でも、私はそもそも勝ち星が少なすぎて、重賞の騎乗依頼が滅多に来ない。
その上、シンドウがこの先、クラシック戦線に出るなら、牡馬三冠のGⅠレースに出ることになるだろう。
GⅠの騎乗条件は、通算勝利数が31勝以上。まだ10勝しかしていない私が、この先、4月に始まるクラシックまでに20勝するのは、現実的ではないため、まずありえないと考える。
そして、私はシンドウは、「上手く乗りさえすれば」必ずクラシック戦線も、その先の古馬戦線も勝てる、と見ていた。
気性は難しいが、あの実力は本物だろう。
だが、そんなことよりまずは目の前のことを考えないといけない。
(とりあえず、地道に行くしかないか)
父から与えられた条件は、30歳までに200勝。今年、2年目で22歳を迎える私にとって、残り約8年ある。
それまでに勝てば問題ないわけだ。「10勝」という条件は、父によれば一年目だけ、ということだったので、仮に何らかの原因で多少勝てない年があっても、他の年に巻き返せばいいだけだ。
そして、目下の目標としては、最近よく騎乗を任されるようになった馬、ピリカライラックに重賞を勝たせること。
今年、4歳の牝の彼女は、去年、私が未勝利戦で勝ち、その後の半年弱で、私以外の騎手により何とか1勝クラス、2勝クラスと勝ちあがり、オープン馬になったばかりだった。
そして、この先に出走するレースは、2月に川崎競馬場で行われる、エンプレス杯だった。
私は、彼女に少しだけ親近感を持っていた。
競走馬に見えないのんびりした穏やかな性格、おっとりしている女の子にも見える「彼女」の姿が、故郷にいるマリモにどこか似ていると思ったからかもしれない。
シンドウとは真逆の、大人しく、繊細な仔だが、慣れると可愛らしい、友達みたいな馬。
彼女はいわゆる「逃げ馬」だが、気分が乗った時には、結構な能力を持っているように思えた。
そして、私の二年目が、本格的に始まる。
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