Interlude #4
倫太郎と弥生は二人とも深くうなだれ沈黙していた。空虚な時間が支配していたが、先に口を開いたのは弥生だった。
「本当にごめんなさい……」
「……いや、謝らなくちゃいけないのは俺の方だ。お前を守ってやれなかった」
「私から別れたんだから、倫太郎はそんなこと言わないでよ……
私のことは忘れていいから、倫太郎はちゃんと幸せになってね」
決して和らぐことのない絶望を抱えた弥生は生きる気力を失っていた。倫太郎は弥生の悲痛な決心を感じ取りいう。
「死ぬなよ、弥生」
けれど弥生は頷きもせず、かわりにこう返事をした。
「……私、綾ちゃんになりたかった。いっつもまっすぐで、純粋で、健気で、賢くて、すごく強い。きらきら輝いて見える女の子だった。憧れてた。
だから私も綾ちゃんみたいに、綺麗なまま消えていきたかったなぁ……」
その言葉に倫太郎は何も答えられなかった。絶望に瀕してもいまだ消えない、綾に対する弥生の想いをひしひしと感じたからだ。
同時に死を意識した弥生の言葉に、かつて夕暮れの公園で綾が発した言葉を思い出した。
『あたし、もうすぐ死ぬの。今から五年後で、あと数日……』
――考えてみれば、俺が五月八日に会った鳥海は、ごく最近の鳥海が時間跳躍したていたはずだ。俺はその鳥海に勧められリレーの選手に立候補した。そして俺が屋上で叫んだ言葉は弥生に伝わり、弥生はこうして俺たちに会いに来た。
――過去の変化はつながっている。鳥海の努力は、まだ途切れた訳じゃない。
倫太郎は決心し、真剣な眼差しで弥生を見つめる。そして輪郭の明瞭な声でこう告げた。
「いや、俺はお前の後悔している過去を、やり直させることができる。
そのために俺はあの時、屋上でお前に呼びかけたんだ」
「えっ、あの時聞こえた『五年後』って……まさか、この『今』……?」
倫太郎は驚きをあらわにする弥生に対し、燃えたぎるような微笑を見せて深く頷いた。
そして一度、鞄にしまっておいた回転木馬を再び取り出す。
「お前なら、俺からこいつを受け取ることができるはずだ」
それから弥生の手を取って、回転木馬を手のひらにそっと乗せ、その手を包むように指を閉じさせた。回転木馬は、なんの反応も見せず、いたって深沈としていた。
「これは……一体……?」
弥生は倫太郎の意図が理解できず、不思議そうな表情を浮かべる。
「今すぐにわかるさ」
倫太郎がそういったとたん、弥生は奇妙な感覚に襲われた。
綾と倫太郎の想いが、記憶の塊の一部として弥生の心の中に音を立てて落ちてきたのだ。
――お前はいつだって優しい。俺が惚れたその優しさは、どうか大事にしてほしい。
――共に過ごした時間は夢のようだった。お前は俺に、戦う勇気も、愛する価値も、そして別れの痛みも教えてくれた。
――どうか悪夢の過去を塗り替えて幸せになってくれ。俺が心底惚れたお前なのだから。
想いを受け止めた弥生は、しばらく呆然としていたけれど、次第に涙ぐんできた。そして倫太郎に歩み寄り、そっと胸の中に顔をもたげて囁く。
「倫太郎……私だって想いは負けてなかったよ……。
それに倫太郎はこの回転木馬で不思議な体験をしたんだね」
弥生は過去に戻ることができる回転木馬の特性についても、倫太郎の記憶から知ることができたのだ。
倫太郎は弥生の耳元でそっと伝える。
「ありがとう。お前の一言はいつだって俺を救ってくれる。
……弥生、お願いがある。これから過去に戻って欲しい。
そして俺たちを信じ、頼ってくれないか。みんな、お前の大切な仲間なんだ。今度こそ、お前を助けさせてくれ」
弥生は倫太郎の眼差しを見上げてから小さく頷いた。
倫太郎は弥生の手をいざないながら回転木馬の使い方を伝授する。
「俺がいう通りに、心の中で念じるんだ」
「うん。――怖いけど、私、もう一度だけ頑張ってみるね」
光の粒子が弥生の過去を映し出す。夢の色彩も、恋の眩さも、絶望の日々も、そのすべての記憶を。
まわる、まわる、回転木馬。
――世界のことわりに縛られた運命を映し出しながら。
まわれ、まわれ、回転木馬。
――あの日の、あの瞬間から、後悔の鎖に繋がれたままでいる、
私を――。
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