Interlude #3

 自動販売機が放つ薄明かりに照らされるのは、冷えたオフホワイトの壁と、群青の空を映しだすオーニングの窓。


 消灯時間を迎えた病棟は一斉に人の気配が消え失せる。患者たちは互いに気を遣い息を潜めているのだろうか。


 病院で夜を越す者は、健康を取り戻せる者ばかりではない。自身の行く末を悟り絶望に瀕している者も、そして綾のように、もはや世界の伊吹に触れることのない者もいる。


 しかし弥生の絶望もまた、どこまでも深く底を知らない。


「人間ってさ、どこまで残酷になれるんだろうね。どこまで壊れることができるんだろうね」


 弥生はぽろぽろと涙をこぼしながら、最後にそう、締めくくった。


 倫太郎は握りしめた拳を震わせ、怒りは頂点に達していた。うなるようにこぼす。


「あの野郎……ぶっ殺してやるッ!」


 けれど弥生は力ない声で言う。


「今更あんなやつを殺したところで、あなたが犯罪者になってしまうだけ。これは私が決めたことだから、決してあいつを恨まないでね」


 かたや俊介は衝撃の経緯に自失呆然となり、言葉を発することすらままならなかった。


 ――弥生さんは本当は松下のことをずっと想っていて、僕と綾の大切な友達になってくれて、そしてみんなを守るためにひどい目に遭っていたんだ……。


 俊介は何も知らなかった自分を激しく恥じた。かろうじて活動している思考の中で、弥生が綾と俊介に声をかけたことも、俊介をデートに誘ったことも、夢の中の綾――に似た天使――の指示だと理解した。


 天使が何者なのか疑問は湧くが、弥生の狂わされた人生の衝撃が大きすぎて、もはや天使どころではなかった。


 放心状態の俊介は黙って立ち上がり、よろよろと綾の病室へと向かう。


 綾はモニター音が鳴り続く病室で相も変わらず寝息を立てているが、肌の光がより眩いことに俊介は気づく。


 俊介は綾の隣にうずくまり、手を握って眠り顔に問いかける。


「なあ、綾、あの回転木馬は一体、なんなんだ? 綾は何を知っているんだ? 教えてくれよ……」


 綾はなにも言葉を発することはない。ただ、薄闇の病室に浮かぶ肌の光が、永訣の訪れを物語っているようだった――。




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