第1章 秘密の関係
第1話 自暴自棄な美少女に説教をする
俺はあまりに予想外の言葉に混乱を極める。
「お、お前……自分の言っている意味が分かってるのか……? あのままだったら間違いなく欲望のはけ口にされていたんだぞ?」
「そんな事は分かっています! ですが私は別にそれでも良かったのです!」
そう言う天音の姿が俺の目には自暴自棄になっているように映った。
「だ、だがな……もう少し体は大事にした方が……」
「それは貴方には関係のないことです!」
ごもっとも。
確かに俺は彼女にそんな事を言える立場ではない。
何故なら俺は彼女の彼氏でもなければ友達ですら無いただの顔見知り。
幾らナンパから助けたとは言え、本人から関係ないと言われればそこまで。
しかし……
「何で勇気を振り絞った俺が此処まで怒られないといけないんだ……?」
俺が一体何をしたと言うんだ?
俺はただ天音を悪質なナンパから助けただけだ。
天音が相手を知っているならまだしも、相手の反応から見て知り合いでないことははっきりと分かった。
それにもし仮に、彼女がナンパの人たちに喜々としてついて行こうとしていたならきっと俺は止めなかったはずだ。
ナンパから始まる恋……何ていうのももしかしたらあるかもしれないしな。
しかし彼女は声には出していないものの、確実に嫌悪感をその瞳に宿していた。
「天音は……本当は嫌だったんじゃないのか?」
「べ、別に嫌では……ありませんでした……」
そう言う天音だが、言葉とは裏腹に声は小さく何度も噛んでいる。
表情も、まるで何かを必死に表に出さないようにしているように俺には見えた。
そう――まるで昔の俺みたいに。
「……何でそこまでして自分の弱い所を隠そうとするんだ?」
「な、何のことですか? 私は何も隠そうとしていません」
俺の言葉を先程よりも強い口調で否定する天音。
その姿は見る人が見れば毅然と捉えるかもしれないが……俺にとってはただの逃げにしか感じない。
自暴自棄も、自分が現実を直視するのが怖くて自らの殻に閉じ困っているだけだ。
「こんな事を俺が言うのもどうかと思うが……いい加減自暴自棄になるのは止めろ」
「……貴方に私の何がわかると言うのですかっ!!」
「分からないぞ。俺はお前ではないし、親しい関係でもない」
俺の返答が意外だったのか、ポカンとする天音だったが、直ぐに怒りの感情を纏う。
「なら私の事は放って置いて下さいよ! 私はどうなっても良いのですから」
「それが自暴自棄だと言っているんだ! それに……本当にどうなってもいいのか?」
「もちろ――キャッ!?」
俺は天音の言葉を待たずに強引に肩を掴む。
男の俺よりも遥かに細くて頼りない肩は小刻みに震えており、目には恐怖の感情を宿して俺を見ている。
そして必死に抜け出そうと藻掻いているが、その力は恐怖からくる強張りもあってか酷く弱々しい。
……やっぱり嫌なんじゃないか。
「な、何――をッ!」
「どうだ? 実際に男に襲われそうになって。怖いだろ? 自分の力では同級生の……それこそ俺のような大して鍛えても居ない奴ですら振り払えないんだ」
「違っ――」
「事実だろ?」
「…………」
俺の言葉に反論しようとする天音だが、実際に振り払えなかったと言う事実があるため何も言えなくなっている。
しかし相変わらず事実から目を背けている。
……………チッ、本当にイライラするな。
昔の俺もこんなんだったと思ったら申し訳無さすぎる。
「はぁ……少し俺の話を聞いてくれ」
「なんですか急に。そんな話私は聞きませ――」
「――俺も軽くだが自暴自棄になっていた時期があった」
「え?」
俺のカミングアウトに天音が思わずと言った感じで声を漏らした。
そんな天音に俺は肩をすくめて言う。
「びっくりしたか? まぁ今の俺は自他認めるTHE平凡な高校生だからな」
自分で言っていて少し悲しくなるが、まぁ後で家に帰って1人枕を濡らそう。
「え、ええ。見た感じそんな感じが全くしませんので」
「俺はまぁ……言うなら失敗からだな。その時に自分は平凡だって思い知らされたよ」
「……何があったのですか?」
よし、やっと俺の話を聞く気になったな。
少し恥ずかしいが、まぁ今後関わるとは思えないし別にいいか。
「昔の俺は兎に角自分が特別でありたいと思うような人間だったんだ。だけど運動も勉強も料理も裁縫も、その他にも沢山やったが、どれもダメだった。一時期はバスケと言う一つのことだけに集中して取り組んだ事もあった。でも結果はエースどころかレギュラーにすらなれなかったがな。それで、俺はポッキリと折れた。『ああ……俺は特別にはなれないのか……』ってな。――どうだ? 情けないだろ? たったそれだけで俺は自暴自棄になったんだ」
「い、いえ私は別に……」
「いいんだよ。自分でも情けないと思ったんだから。まぁ結局親に『お前は俺達にとって大切で自慢の息子だ』って泣きながら言われて、親にとって特別なら平凡でも良いかって思うようになったけどな」
本当にあの時は両親に救われた。
多分2人が居なかったら俺は今も卑屈なまま過ごしていただろうし、腐っていただろう。
「まぁ俺はお前に何があったのかは知らないが、自暴自棄を克服した者として言わせてもらえば――バカだなお前」
「んなっ!?」
いきなり暴言を吐かれた天音は驚きと困惑の入り混じった声を出した。
「い、いきなりなんなのですか!?」
「ん? いや事実を言ったまでだ。自暴自棄になったって何にも良いこと無いぞ?」
「そんな事は……分かっているんですっ! ですが私にはどうすることも……私は愛されることのない人間だから……」
「何だ? そんな事で自暴自棄になってたのか?」
「そんな、事……?」
「い、いやそんなことではないな! うん、俺もしょうもない事で自暴自棄になってたしな! 理由なんて人それぞれだよな!」
天音の地獄の業火並みの怒りに俺は即座に言い訳を述べる。
自虐も交えて。
うっ……自分に特大なダメージが……。
自身に手酷いダメージを食らいながらも思ったことを口に出す。
「でも、その人が無理なら別に自分を愛してくれる人を探せばいいじゃないか」
「……………………………へっ?」
天音が俺の言葉にそんな考えが……と言った風に目を見開いて此方を見てくる。
しかし俺には何故そんなに驚かれるのかが分からなかった。
「何かおかしな事言ったか? だってその人に好かれようと必死に努力したんだろ?」
「え、ええまぁ……」
「それでもダメならもう諦めて次に自分を愛してくれそうな、自分が愛せそうな人を探せばいいじゃないか」
多分殆どの人がやってると思うけどな。
人の心なんて自分がいくら頑張った所で変わらなければ変わらない。
特に人を好きになると言うのは、相性や好みなどで左右されやすいから難しいし。
だから人は本当に愛せる人を見つけるために、付き合ってフラれてを繰り返しているんだろうな。
一途な人も勿論一定数いるだろうが。
俺が自分が思った事をそのまま言っていると、ポカンと口を少し開いて呆気にとられている天音に気付く。
「どうした、天音? 何か俺の顔に付いてるか? それともブサイクだと思ったか?」
もし後者なら今直ぐ立ち去ってボロボロに泣くけどな。
「い、いえ、何でもありません……ですが、確かに鈴木君の言うとおりですね」
「え? 俺の言う通り俺の顔がブサイクだって?」
「ち、違いますっ! そんなんじゃありません!」
ブンブンと首を横に振って綺麗な黒髪を揺らしながら否定の言葉を口にする。
良かったよ、流石に面と向かって言われたら傷付くどころではすまないからな。
俺が内心ホッとしていると、天音が少し言い難そうな仕草をするも、意を決したかのように口を開いた。
「あ、あの、鈴木君!」
「あ、はい。どうした?」
俺は、次に天音から放たれる言葉をきっと永遠に忘れないだろう。
何故なら、その一言が俺の平凡で面白みのない人生を、まるで太陽のように明るく照らしたのだから。
「―――私に恋というものを教えて下さいっ!!」
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