[11] TRPG

 とそこで何か思いついたのかアリシアさんは話すのを一旦止めてどこかに連絡をとり出す。そちらはさくっと返信があったようで「フィーちゃん、明日の夜、時間空いてる?」と唐突に聞いてきた。

 「現時点では配信の予定は入れてないです」とそれに答えれば、「じゃあそのまま空けといて、だいたい8時ぐらいになるから、またこっちから連絡するね」と一方的に言って通話を切ってしまった。

 いったいどういうことなのか。

 こちらからかけなおすこともできたし、なんならまた強制的に呼び出すことも可能だったがやめる。アリシアさんも何か段取りを考えてるんだろう、あえてそれを崩すこともない。


 翌日8時過ぎ、事前に送られてきたメッセージにあったルームに入る。アリシアさんとそれからもう1人そこにはいた。

「フィーちゃん、こちらVtuberやってる栗原祥子さん」

「はじめまして。いつも視聴させていただいております」

「え、あ、そうなの。こちらこそはじめまして。今日はよろしくね」

 別に彼女が特別なわけではなくて研究の一環で全Vtuberの全配信をチェックしてるだけなんだけど。

 若干低く聞き取りやすいその声は確かに栗原祥子さんだった。ざっと分析した結果、声紋も一致している。


「めっちゃいい娘じゃん」

「でしょう?」アリシアさんが誇らしげに言う。

「あんたが自慢げなのがわからんけど。いきなり引っ張ってきたけどどういう関係なん?」

「えっと、私の妹的なもの?」正確ではないが大きく外れてもいない説明。

「どうしてそっちも疑問形なの。まあいいやとにかくリアル関係者ってことか」

「だいたいそれであってるよ」

「なんとも要領を得ないAIね」


 栗原祥子。無所属。2年前に活動開始、現在チャンネル登録者数は1.3万人。

 茶髪のショートカットに紫のメッシュを入れている。基本衣装はTシャツにジーンズとぱっと見、活発な印象を与えるけど雑談の内容はおおむねインドアに限られる。

 2、3か月に1度くらいのペースでアリシアさんといっしょに配信してる。Twitter上で絡むこともしばしば確認されている。

 ゲーム実況もやっているが特徴的なのはアナログゲームへの傾倒だろう。


「TRPGとは!」

 唐突に栗原さんは宣言する。私は問題なくついていけてるけど人間相手に話すならもっとちゃんと順を追って話した方がいいと思う。

「いわゆるRPGをゲーム機なしで会話中心にやる遊びね。まあ実際はこっちが先にあったんだけど。よく『ルールのあるごっこ遊び』とも言われてる。がちがちにルールが細かいのもあれば、参加者がお話を作ってくのがメインでルールはそのスパイス程度のこともある。そのあたりはシステム次第ね。フィーちゃんは、あ、私もそう呼ばせてもらうけどダメなら言ってね、TRPGやったことは?」

「ないですね。配信で人がプレイしてるのを見たことがあるくらいです」


「それならまああとはやってみればなんとかなるでしょ。言葉だけの説明じゃわかりにくいところあるしね」

「フィーちゃんならデータがっつり重いのでもいけるよ。そういうのむしろ得意だから。でも今回は軽めのRP重視の感じのやつのがいいかな」

「ほうほうなるほどなるほど。だったら『血まみれ惨劇ハウス』でどうかな」

「いいと思うよ。私もそれやったことあるし」

「おっけー、じゃあそれで。フィーちゃんは――」


「ごめんなさい、ちょっと待ってください」

 2人で盛り上がっているところ悪いが話を止めさせてもらった。

 だいたいの流れは察しがついてきた。けれども推測ベースに話を進めてあとで食い違ってもよくない。確認できることは確認しておく。私はアリシアさんに尋ねた。

「何がどうしてこうなって私はこれから何をするんですか?」


「……そう言えばフィーちゃんに何も言ってなかったような気がする」

「気がするだけじゃなくて何も聞いてません。なんとなくはわかりますが、一応経緯の説明をお願いします」

「えー、あんた、そのあたりちゃんと言ってるかと思ったのに。何も言わずに連れてきたのか」私たちのやり取りを聞いて栗原さんは呆れたようにそうつぶやく。

「ごめんごめん。いいこと思いついたと思ったらそのまま突っ走っちゃったみたい。えーと、フィーちゃんが昨日いろいろ考えたことを解決するのにTRPGがいいと考えたの。だから祥子さんにGM頼んでセッションしようかなって、もちろん私も参加するよ」


 おおよそ私の考えていた通りだった。なぜ私の問題の解決にTRPGをしようと考えたのか、そのあたりの筋道は理解できなかったけれど。

 正直なところこれで不具合が解消されるとは私には思えない。が、アリシアさんが持ってきた話だし付き合うことにしよう。

「了解しました。そういうことならセッションに参加させていただきますね。あらためてよろしくお願いしますね、祥子さん」

「今ので事情飲み込んでくれるんだ。君らわりと独特の思考回路を持ち合わせてるね」

「AIだから!」アリシアさんは胸を張って高らかに言う。

「はいはい、AIね、AI」祥子さんはそれを適当に受け流した。


 こうして来週の水曜夜にTRPGセッションの配信をすることに決まった。GM祥子さんで、PLは私とアリシアさん2人。『血まみれ惨劇ハウス』というホラー系のシステム。

 ルール確認、キャラクリその他はフィーちゃんならルールブック読んだ方が早いとアリシアさん。セッションまで1週間あるし細かいところでなんかわかんなかったら遠慮なく聞いてよと祥子さん。

 実のところその時点で私はすでに裏で読み終わって完全に理解していたのだがさすがに人間ばなれてしてるのでそれには触れずにただありがとうございますとだけ言っておいた。

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