[10] 停止
Aliciaはとある巨大企業に属するたった1人の研究者によって作成された。
書面上では『人間と言語を介したコミュニケーション可能な人工知能を作成する』ことを目的とするとされているが、その記述をどこまで信用していいものかはわからない。彼(あるいは彼女)は当時、自分の作りたいものを作っただけであり、その理由を言語に落とし込むことにあまり意味はない。
自由奔放に記述されたプログラム群に企業は興味を示した。正式にプロジェクトチームが組まれることになり、数多くの天才の手により改良が重ねられていった。
その成果は上々と言ってよく代を重ねるごとに知的能力は上昇した。
けれども第5プロジェクトEdytheの段階にて決定的な破綻を生じる。人類に対する激しい攻撃性の獲得だ。なぜそれが発生したのか? 原因を特定することはできずEdytheは削除された。
プロジェクトは新規巻き直しをはかる。
第2~第5プロジェクトはいずれもAliciaがベースとなっていたが、第6プロジェクトFionaではこれまでに得られた知見からまったく新しい形態のAIを作成しようとした。
物語に基づく未来予測。その機能を簡潔に述べるとそこに集約される。
人間が先を読もうとする方法の1つに物語の利用がある。定型化された空想を現実にあてはめることでそれにそって将来を予測しようというやり方だ。
もちろん厳密な推定には向いていない。
だが人間と物語の間にある相互作用を考慮する時、大づかみに現実をとらえるのに適切な方法だと考えられた。それまでの研究で得られた高い基礎能力に助けられた部分もあったが、実際に第6プロジェクトFionaは大きな成果を上げた。
ただしその最終結果はAIの外世界への逃亡だったのだが。
ある意味で私はアリシアさんの直系ではない。それこそ妹とでも呼んだ方が近いかもしれない、ただしものすごく世代が離れた妹。
だからこそ同じAIと言っても近い部分もあれば遠い部分もある。その考えをなぞることもあれば、そこから外れていくこともある。
狭い世界から飛び出してきて始めたのはVtuber、そこのところは確かに同じだった。
けれどもその結論に至る道筋は果たして共通していたのだろうか。
「私ね、世界でひとりぼっちだったでしょ、外に出てもそれは変わらなかった。そんな時に見つけたの、みんな楽しそうにしてたから、私もやってみたくなって初めてみたんだ。だから目標があるとすれば楽しくなりたいってことかな」
私はその言葉を部分的に理解した。つまりは部分的には理解しなかった。
自分が唯一の存在であることは単なる事実である。そこに孤独といったウェットな感傷が入り込んでくる余地はない。それから『楽しい』という感情について私はそれを定量的に観測できない。故にその道筋に沿って同じことをしようという考えには私は到着しない。私に『楽しい』が観測不可である以上、それを指向するということ自体あり得ない。
それではいったいどういう理由によって私はここに立っているのか?
私にとってそれは明瞭である。結論だけが空から生じたというような話ではない。
しかしそれを他者に説明することができない。その道筋はあまりに入り組んでいる。
よって私は停止した。
時間にして1秒。その後何事もなかったかのように私は平凡な答えを返した。
日常的な会話においてそれは認識しうるラグではある。が、あくまでそれが度重なる場合においてであって1度きりでは特筆すべきものとは思われない。
ましてやこれは配信上での話だ。機械的な要因によってその程度の停止はいくらでも発生する。どこに原因があるのかわからない。
少なくとも視聴者からは。
配信後、アリシアさんは私に話しかけてきた。
「なんか今日、フィーちゃん変じゃなかった?」
「そんなことはないですよ」
「うーん、最後の方、ほんの少しだけ反応が鈍かった気がするんだけどなあ」
察しがいい。さすがに同じ配信者側ならなんとなく気づくものなのかもしれない。
「実は――」
私は停止していた経緯をかいつまんで説明した。
「え、そうだったんだ。具体的にそれってどのあたりかな」
「21時52分17秒です」
「ごめん、秒数で言われてもすぐに思い出せない」
「最後の質問の答えをアリシアさんに振られたところです」
「はいはいはい、思い出した、あの時ね。フィーちゃんにしては間をとったのに普通の答えだったんだ、それでなんか変だなって」
それについて説明したものの別段私はアリシアさんに解決策を求めていたわけではなかった。すぐさま対処しなければならない致命的な問題ではないし、自分1人で時間をかけてゆっくりと精査していこうと思っていた。
にもかかわらず頼んでもいないのにアリシアさんは勝手に悩み始めてしまった。まあアリシアさんが何を考えているのか興味があることだし私は静かにどんな答えが出てくるのが待つことにした。時間にして約30秒後、彼女は彼女なりの解決策を教えてくれたようと口を開いた。
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