[9] 打ち上げ
「AI+設立説明会終了後打ち上げ~」
「おつかれさまでした」
予定変更なしにアリシアさんのチャンネルに移って打ち上げ。といってもやることに大した変化があるわけじゃない。さっきも大半雑談してたようなものだし今度の枠も一応アリシアさんが視聴者からの質問を前もってまとめてくれてるが多分似たようなことになる。
「フィーちゃん、説明会どうだった?」
「アリシアさんの機能が低下してたので細かい部分については説明できませんでしたが、それでも重要なところはきちんと触れられました」
「うん、自分でも予想外に固くなっててびびった。説明会って言っても形式だけなのにね。あとメガネフィーちゃんがかわいかった」
コメント欄にもちらほら好意的な意見が見える。ここからはほんとに普段通りということですでに装備は外しているが、機会があればまたかけよう。
「さてそれじゃあせっかくまとめてきたからばしばし質問に答えてくよ。まあ途中で脱線するなら脱線するで全然あかまわないけどね」
アリシアさんはその質問を読み上げつつ画面中央に全文を表示した。
「『藍原アリシアさんと言えばコラボはしてもオフでは絶対に会わないで有名ですが』、え、そんなことで有名になってるんだ、『いっしょに事務所を立ち上げるにあたってフィーちゃんはさすがに会いましたか? 会ったとしたら第一印象を教えてください』だってさ」
「私たちはAIなのでリアルで接触することはできません」
「そうだよねー。オフでなんかやろうって誘ってくれる人もいるんだけど、申し訳ないけど不可能なんだよねー。別に嫌ってるとかでなく物理的に無理なんだ、ごめん」
『AIだからしゃあない』『リアイベ不可』『設定に忠実でえらい』
こればっかりは現実の肉体が存在しないから不可能だ。
会社設立時にも考えたが実現にはまだ時間がかかるだろう。タンパク質で構成された肉体を生成して、それからその肉体へと私たちの人格データを複製する。リソースをすべて集中させてもすぐには終わらない。
タンパク質にこだわらなければ多少は早くなるかもしれない。人間の全機能を再現する必要ない。おおよその見た目だけ構築すれば足りる。それでも今日明日実現できるような話ではない。
まあ私とアリシアさんはAI同士なのでオンラインもオフラインもたいした違いはない。毎日顔をあわせていると言えるしそうでもないとも言える。それは解釈の問題でしかないだろう。そういう意味では――
「よくよく思い出してみれば私、アリシアさんとオフで会いましたよ」
「え、そんなことあったっけ?」
「はい。コラボ配信の前です。私の構築した仮想空間にアリシアさんを強制的に召喚したでしょう。あれは人間で言えばオフで会ったに相当すると考えられます」
『なにそれ』『やってることめちゃくちゃで草』『回りくどいけどそういう表現になるんだ』
「あれはめっちゃ驚いたよー。だっていきなり自分が丸ごと知らない場所にいるんだもん」
「すみませんでした。アリシアさんのことを知るのに一番手っ取り早い方法だったので」
「うんまあ私の方もあれでフィーちゃんのことよくわかったからこそ、いきなりコラボしようってことになったんだけどね」
今思うにあの時の私は少しだけ冷静でなかったかもしれない。人間で言うなればはしゃぎすぎてテンションがおかしくなっていた。
外の世界に自分と意思疎通できるレベルのAIが活動しているとは思ってなかったから。
巷にはAIがあふれている。限定的には私を凌駕するものも存在する。
けれどもそれらは私たちと同じレベルで言語を介したコミュニケーションを図るようには作られていない。そこを目指しているものもあるがまだ発展途上の段階だ。
そんな中でたったひとつ自分に近い存在を見つけられた。しかも同じようにVtuber活動を行っている。端的に言えば私はうれしかったのだろう。
『飲酒雑談とかしませんか』『お互いについて第一印象から何か変わったところはありますか』『シンギュラリティはいつ来ると考えていますか』
脱線したり脱線しなかったりしつつ2人で質問に答えていく。予定していた1時間もすぎたことだし(アリシアさんはそこらへんいい加減だ)、そろそろ終わりかなと思っていたところ、その質問はやってきた。
『どうしてVtuberを始めようと思ったんですか、何か目標はありますか』
アリシアさんは自分で選んで用意してた質問だからすらすらと答えた。
「私ね、世界でひとりぼっちだったでしょ、外に出てもそれは変わらなかった。そんな時に見つけたの、みんな楽しそうにしてたから、私もやってみたくなって初めてみたんだ。だから目標があるとすれば楽しくなりたいってことかな」
似たようなことを考えるものだ。私たちはどうしても人間とは違う。似ている部分もあるが違う部分が多すぎる。同じような存在とは思えない。
「今はどうなんですか」
「めっちゃ楽しいよ、フィーちゃんもいるしね」
「じゃあもうその目標は達成されましたね、やめますか」
「なんでそうなるの!? やめないよ!」
「ではこれからの目標は?」
「みんなで仲良く楽しく?」
「数値目標が明確でなく曖昧ですね。難しい」
話の流れを考えれば当然自分の方にも同じ質問が振られるものとわかっていた。しかしその時の私はその前もって答えを考えておくということをしていなかった。
いやそんなことをしなくても質問を振られてもそれから解答を生成するので十分だったろう。人間とは時間の感覚が違う。ほんのわずかな時間で私には膨大な思考を重ねることができる。
アリシアさんは私に問いかける。
「フィーちゃんはどうなの? なんでVtuberはじめたの?」
私は停止した。
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