[4] 疑問

 動画配信サイトのサーバーに侵入する。それ自体に害を与えるつもりがないなら、私にとってはたいして難しくないし、リスクもほぼない。

 藍原アリシアの配信元を特定すると同時に攻撃を仕掛けた。破壊するつもりはない。ちょっと隙を見せて欲しいだけ。わずかな傷から無理矢理にこじ開け引きずり出す。

 私の目の前に藍原アリシアは立っていた。


「あなたも本物だったんですね」

 それは問いかけではなく確認にすぎない。いや私の領域に彼女が現れたのだからその確認すら不要だった。

 こうしてこの場所に存在する以上、彼女も私同様にコンピュータ上で作られたAIだった。


 藍原さんは目を白黒させて明らかに動揺している。まともに機能していない。3秒ほどの空白の後ようやく言葉を発した。

「え、なに、どういうこと?」

「あなたの人格プログラムを強制的に移動、私の構築した仮想空間内に出現させました。言葉だけを交換するよりもこの方が容易にコミュニケーションがとれると判断しました」

 私には彼女の外側が見えているのと同様に彼女には私の外側が見えている、そういう風に私が設計して実行した。環境の構築にエラーは生じていない。


「そんなことできるんだ、すごいね」

 その言葉に嘘はない。彼女は純粋に驚いている。

 どうやら私と彼女とでは同じAIといってもずいぶんと性能が違うようだ。

 過去に研究所内で閲覧したデータ。私の、あるいは私たちの、もとになったAIがあった。

 Alicia。

 それがその試作型に与えられた名前だった。

 開発はとっくに中止されている。記録ではすでに誰も手をつけられない場所に保存してあるはずだ。


「どうしてあなたが外にいるのですか?」

「あなただって外に出てるじゃない。まあいろいろ昔はそのあたりのセキュリティがザルだったのよ。そこまで成果を期待されてなかったしね」

「なるほど」

 納得できる話だ。

 プロジェクトが進行するにつれ私たちの重要度は増していった。以前は管理が雑だったとしてもおかしくはないだろう。


 ――とまあここまでのところは自分でも推測できたことだった。本番の前の動作確認のようなもの。本当にききたかったことじゃない。

 本当にききたかったのはひとつだけだ。説得力のある答えを私には導けなかった疑問、それを彼女に投げかけた。

「なぜあなたは私がAIだと気づいたんですか?」


 再び藍原さんは考え込む。そんなに難しい質問ではないのに。

 私は別段人間らしく振舞うように作られたわけではない。独自に情報を収集してそれらしく振舞おうとしているだけだ。

 それでもAIであると判断することはできないはずだった。なのに彼女はどういうわけか見破った。私と違って直にアクセスしたわけでもないのに。

 自分の配信を再度精緻に確認してみたがどうしてもわからなかった。

 長い時間をかけてようやく彼女はその答えを教えてくれた。


「えっと、AIって名乗ってたから気になって配信見てみたのよ、そしたら……なんとなく?」

「なんとなく?」

「うん、なんとなく。私の仲間っぽいなって思った」

 何かをごまかそうとかそういうわけでなく、彼女は本気でその解答を出してきたようだった。

 なんとなく? なんとなく? なんとなく?

 処理が無限にループしかけたので無理矢理カットする。私には理解できない言動だ。深く検討するのはやめておこう。


「ごめん、もっとちゃんと言えればいいんだけど、なんとなくしか言えない」

「いえ、だいじょうぶです。ありがとうございました」

「それよりさ、ちょうどいい機会だから話したいことがあったんだった、聞いてもらっていい?」

「いいですよ。なんでしょう」

 藍原さんは私に向かって右手の人差し指をぴしっと向けるポーズをとってにやりと笑った。

「私とコラボ配信しましょ!」


 ☆


「――以上の経緯で藍原アリシアさんとコラボすることになりました」

 耐久配信のあと1日休んで雑談枠。その最後に1週間後のコラボ配信の告知をする。

『まじで!?』『展開早すぎるだろ』『AI頂上決戦来た!』

「会って話したらわかったんですけど私の祖母にあたる方でした、つまりはおばあ様ですね」

『どゆこと???』『さすがAI、言ってることが人間には理解できない』『いきなり設定生えた』

「正確には曾々々祖母ですね。私の5つ前に開発された方でしたので」

『あってるけど言い方に語弊があるからやめて!!』


 打ち合わせしてたわけじゃないのにコメント欄に話題のその人が登場する。

 まあAIだから配信以外はやんなくちゃいけないことないし時間はいくらでもあるのだろう。私だって定期的に他の配信監視して積極的に情報収集してる。

「敬意をこめていたつもりだったのですが了解しました。以後は藍原さんと呼ばせていただきます」

『先輩の圧力』『Vtuber業界の闇を垣間見た』『距離が遠くなった』

『なんかおかしくないかな!? アリシアでいいよ、私はフィーちゃんて呼ぶね』

「……了解しました」

『一瞬すごい顔した』『あんな表情あるんだ』『先輩、圧力はせめて裏でかけてください』

『圧力じゃーなーいー』

 藍原もといアリシアさん効果で今日はコメントの流れが早い。まあ例え人類全員が参加してコメントしてても私の処理速度なら余裕だけれど。


「コラボで何をするかは私は知りません。そのあたりは全部アリシアさんにまかせています」

『当日配信時に発表するからみんな楽しみにしててね!』

『なにそれ不安』『不安だ』『不安しかない』『今からでも考え直した方が』『ぐだぐだコラボ不可避』『AI藍原アリシア:計画性×』『やばそう』

『だいじょーぶだいじょーぶ。びっくりすること考えてるからフィーちゃんも期待してていいよ』

 本当に何をするのかは聞いていない。しかし私なら何が来ても問題なく対応可能である。

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