第20話

翌日、教室に入って行くと、伊藤が堀井の所に来た。

「おはよ。昨日どうだった?」

え?どう…?

「俺、夕方不在にしてて悪かったな」

「助かったよ。俺のほうこそ、またバイク貸してもらって…」

あ…、バイク?

「いいって、いいって。兄貴、車買ったら滅多に乗らなくなっちゃったんだから、バイク可哀想だから、たまに乗ってやって」

バイクの話ね。

つい伊藤を見てしまっていたために、それに気づいた伊藤が、

「おはよ、中野」

とあいさつしてきた。

「オハヨ」

僕がぎこちない笑顔で返したから、伊藤はちょっと首をかしげて、席に戻って行った。

「おはよう、中野」

竹内が伊藤が立ち去るのを待っていたかのように、僕のそばに来た。

「おはよ」

こちらには普通に笑いかけることが出来た。

「昨日、楽しかった。寮に入ったのも初めてだったし……。ありがとう」

はにかんだような笑顔で言う。

「また、遊んでくれる?」

わずかに顔をふせて上目づかいに僕を見る。

うわー、これって落合さんじゃなくても落ちる奴いそう。

「いいよ。あー、でも、竹内のことしょっちゅう誘ったら、落合さんに怒られそうだなぁ」

僕がそう言うと、竹内は思ったとおり真っ赤になった。

「い…ッ」

ついクスクス笑ったら、竹内にほっぺたをキュッとつままれた。竹内は赤い顔のまま、ちょっと不機嫌そうだ。

「竹内、かわいい」

竹内は今度はわずかに目をつり上げて、またほっぺたをつまみに来た。

「ゴメンゴメン」

ほっぺたつまみを諦めたらしい竹内は表情を戻して、

「中野、今日なんだかスッキリした顔してるね?」

と聞いてきた。

え!?スッキ……リ?

そこでチャイムが鳴って竹内は、

「じゃ」

と言って席に戻って行った。

チラッと横を見ると、僕と竹内のやり取りを見ていたらしい堀井は、

「昨日は竹内も一緒だったんだな」

と、どこか嬉しそうな顔をしていた。

「わ…」

それからいきなり僕の腕をつかんで引き寄せると、ささやくように、

「スッキリしたのか?」

と聞いてきた。

パシッ───

という高い音に回りが僕らを振り返る。

僕は堀井にでこペンをくらわせていた。


「さぁて、もうすぐクリスマス。クリスマスが終われば、いよいよ冬休みだなぁ」

田上がそう言いながら伸びをした。

天気の良い休日。僕は田上と肩を並べて街をぶらついていた。

「冬休み…か」

家に帰るわけだよな。

あのあと、父さんからメッセが来たんだよな。

初めてスマホ買った時、一応父さんとID交換したけど、やり取りしたのは初めてで……。

『冬休みは帰って来るのか?』

『うん、帰るよ』

『そうか、待ってる』

この、“待ってる”の言葉に、なんだか色々考えてしまって……。

「長いな」

「え?」

「あ、いや、なんでも…」

ヤベ、つい口に出てた。

「たっくんはどうやって過ごす予定?」

「どうって…、別に予定はないよ」

「ふうん…」

田上はとがったあごに片手をあて、何か考える様子だった。

「田上は?」

「オレは30日まで短期のバイト。たぶん堀井もそうだよ」

「え、堀井も?」

「そう、堀井は休みはいつもオレんちに居るからね」

休みはいつも、って……。

「あの……さ、田上と堀井って…」

聞いていいものなのか少し迷って、田上の顔を見る。

「ん?あれ!?言ってなかったっけ?」

田上の問いにコクコクとうなずく。

「従兄弟だよ。母親同士が姉妹」

「そうなの!?」

僕はつい田上の顔をまじまじと見てしまった。

「たっくん、似てない、って思ってるね」

「うん」

すかさずうなずいてしまった。

田上はそんな僕を横目でキョロっと見る。僕は笑ってごまかす。

「ウチもさ、母親がちっちゃい頃に死んじゃってて、親父と二人きりなんだ」

田上も……。

「伯母さん、堀井のお袋さん、いなくなる前は堀井を連れてよくウチにも来て、オレのことも可愛がってくれてたんだけどな」

田上の声のトーンが少し落ちる。

「………………」

「年が明けたら、たっくんも来ない?」

「え?」

思いに沈みかけてた僕は、一瞬田上が何を言ったのかわからなかった。

「ま、むさ苦しい男所帯ってことになるけど、予定がないならおいでよ」

「あ…、うん、俺は……。でも…」

「堀井に否やがあるわけない」

僕が問うより先に田上はそう言いきった。

「それどころか、年明けまでの間たっくんに会えないだけで、モンモンとしてるに違いない」

「た、田上ッ」

田上のシレ〜っとした言い方に焦っていると、

「え!?まさかおたくら、まだそこまでいってないの?」

キョトンとした顔で聞いてくる。

……田上のこの感覚にはついていけない。

「さっき買ってたのだって、堀井へのクリスマスプレゼントでしょ?堀井だって今頃たっくんへのプレゼント探してるよ」

堀井は街に来てすぐ、片手で髪をかき上げながら別行動をとると言って、どこかに消えた。

そう、なの、かな?

「堀井をたっくんちまで迎えに行かせるから、元日と二日、どっちがいい?」

「あ〜…と、俺はどっちでも…」

「じゃあ元日だな。堀井は一日でも早く会いたがるだろうから」

いや、だから……。

僕は額に手をあてた。

「ウチに来たら、学校じゃ見られない堀井の色んな顔が見られるよ」

田上はニカッと笑った。

堀井の、学校じゃ見られない顔?

「ホ〜ラ、たっくん、冬休みが楽しみになったでしょ?」

「あ…、うん」

田上はウンウンとうなずいている。

田上。田上にもちゃんとプレゼント買って…。

「あ!そうだ」

田上が急に立ち止まり真面目な顔で僕を見た。

「たっくんさ…」

え、何?

「堀井とイチャイチャしてる時は電話に出る前、一呼吸おいたほうがいいよ」

は?

「この間、電話に出た時のたっくんの声、ゾクゾクするくらい色っぽかった」

……はあぁぁぁーッ!?


寮に戻ると、堀井は先に戻っていたらしく、風呂から上がって来たところだった。

ベッドに腰をおろした堀井を、向かいのベッドから見つめた。

「どうした?」

堀井が聞いてくる。

僕は堀井の前まで歩き、その顔をじっと見た。

やっぱ、似てない。

「田上はお父さん似なのかな?」

「遠回しに何が聞きたいんだ?」

「今日、田上が堀井の従兄弟だって、田上から聞いた」

「なんだ、知らなかったのか?」

「知らなかった」

堀井は僕の腰に手を回してきた。

「リキの親父さんに会うとわかる。リキは親父さんと似てる」

「ふ〜ん、じゃあ、年明けにわかるね」

「え?」

僕は堀井の首に手を回して、笑って見せた。

堀井は一瞬、僕から視線を外し、髪をかき上げる。

ああ、間違いなく、この仕草…。

「堀井、照れてる?」

僕がそう聞くと、

「うわ…ッ」

次の瞬間強い力で体を引かれ、ベッドの上に倒された。

「からってるのか?」

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