第19話

夕方、校門の外のバス停まで竹内と落合さんを送りに出た。落合さんは寮生だけど、竹内を送って行くらしい。

「送り狼になってこ〜い」

竹内に続いてバスに乗り込もうとする落合さんに、原さんが手を振りながら声をかける。

おいおい…。あー、ほら、落合さん真っ赤。

バスを見送って戻ろうとした時、反対側のバス停から歩いてくる外出から帰ってきたらしい数人の寮生の中に、堀井の姿を見つけた。

なんだか声をかけづらくて、僕はそのまま原さんと高田さんと寮に向かって歩き出した。

「堀井、帰って来たじゃん」

原さんが僕の隣を歩きながら、後ろをうかがうようにして言った。

「そうみたいですね」

僕が素っ気なく言うと、原さんは竹内がしたのと同じように首を傾け下から僕をのぞき込むようにして、

「佑くんは素直じゃないなぁ」

と笑いながら言って、僕の頭に手を乗せた。

僕はその手を払いながら、黙って原さんをにらみつけた。


寮の玄関で、堀井と一緒になった。

「お帰り」

黙っているのも変かと思って、ボソッとそう言った。堀井はこれにチラッと視線を投げただけで返事をしてこなかった。

なんだよ!

先に歩き出した僕の後ろを歩きながら、

「原達と一緒だったのか?」

そう発してきた堀井の声に、なんだか咎めるような調子を感じて、

「そうだよ」

ついぶっきら棒に答えてしまった。

「なんで原達なんかと…」

「関係ないだろッ!?」

後ろを振り返りながら怒鳴ってしまった。

振り返って見た堀井の顔は明らかに怒っていた。けど…。

「原達なんかと、って、なんだよ、その言い方?堀井は原さんたちの何知ってるのさ!?」

僕の言葉に堀井は少し戸惑ったように僕から視線を外した。

上村や他の寮生が、僕の怒鳴り声に何事かと部屋から出て来た。

僕は堀井を押し退けて玄関に向かおうとした。

その腕をつかまれた。と思ったら、軽々と肩に担がれた。

え!?

「ちょっと、堀井!」

「穏便に話をするのでご心配なく」

堀井は回りにそう言うと、僕を担いだまま階段を上がり始める。

「堀井、降ろせよ!」

もがく僕に、

「落ちるぞ。じっとしてろ」

堀井は冷静な声で言う。

確かに、ここは階段……。

二階に上がった所に田上が居た。

救いを求める気持ちで視線を送ったけど、田上はニカッと笑ってヒラヒラと手を振った。

え〜〜〜ッ!?

部屋に入ると僕はベッドに降ろされた。

起き上がろうとした所を上から堀井に押さえ込まれた。

「どけよ!」

僕は目いっぱいにらみつけた。

堀井の厳しい顔が一瞬ゆるみ、視線が僕から外された。

「さっきの言い方は…」

言い淀みながら堀井が口を開いた。

「確かに悪かった。ごめん」

あれ?堀井の顔、ちょっと赤い?

堀井は僕から視線を外したまま、片手で髪をかき上げた。

やっぱり、赤い。

「堀井」

僕が呼ぶと、堀井はやっと僕の顔に視線を戻した。

「昨日と今日、どこで何してたのか聞いてもいい?」

静かな口調で聞くことが出来た。

堀井は僕の上から体を起こして、腕を引いて僕のことも起こしてくれた。ベッドの端に並んですわる。

堀井はまた片手で髪をかき上げる。

あ、もしかしてその仕草って……。

「おまえの親父さんに会いに行ってた」

「えっ!?」

思いもしなかった言葉に思わず大きな声が出てしまった。

「どうして?」

「昨日、おまえと田上が話してたのが聞こえたんだ。おまえ、親父さんとあんまり上手くいってないみたいだし、家にも帰りたくなさそうだったし、病院でおまえが発作起こした所も見てるし……」

あ……。

「発作のこと、知ってたんだ?」

僕が聞くと、堀井はかすかに笑った。

「ああ、上村から聞いてた。意識失くして救急車で運ばれたこともあるって…。だから、気をつけていてやれって」

そっか。そこまで知ってたんだ。

「うん。精神的なストレスで呼吸困難になる。情けないよな」

「何が?」

自嘲ぎみに笑った僕に、堀井は本当に不思議そうに問い返してきた。

「誰だって弱い所あるのは当たり前だ。人間みんな違うんだから、弱いとこだって人それぞれだろ?」

あ……。

「そう……だね…」

発作の時とは違う胸の苦しさがあった。

「…父さんに、会えたの?てか、どうやって父さんと連絡…」

「病院に行った時、スーツの襟に社章がついてたし、秘書もしくは運転手がついてたら、ほぼ間違いなく役員」

「うん…」

「あとは、ウチの親父がらみの知り合いに調べてもらって、連絡取ってもらった」

堀井のお父さん?政治家の───

「親父さんに、おまえが寂しいんだって言った」

「え?…あ、ああ……」

つい反論しそうになったけど、やめた。

「親父さんもそれはわかってたみたいだった」

「………………」

僕はうつむいて、自分の両手の指を組んで握りしめた。

「親父さんとこの会社、日本の技術ってのを受け継いで来てるだろ?」

堀井の横顔を見た。

「海外の企業に買収されそうになってたらしい。それも、今回だけじゃなく、もう何度もそういう危機があったらしい」

「………………」

「日本の技術は守らなければならないと思ってたらしいよ。だから…」

堀井も僕を見た。

「おまえには悪かったって…」

僕はまたうつむいた。

「そんなの…」

「今さらだってこともわかってるって」

堀井の手が僕の頭に置かれた。

「不器用なんだよ、おまえの親父さん」

クシャっと撫でられた。

「だから、それ…」

やめろ、と言おうとしたら、その手が僕の頭を引き寄せる。僕は引き寄せられるまま、堀井の肩にほおをつけた。

暖かい手。暖かい堀井の肩。堀井の匂いがする。

僕は、自分の思いに素直に従って、堀井に───キスした。

堀井は、固まった。

固まってしまった。

え?あれ?あれ!?……ヤバ、僕の勘違い?

「あ、ご、ごめん!もしかしてヤダった!?」

僕がそう聞くと、堀井は耳まで真っ赤にして、

「び…、び…っくりした」

と言い、片手で髪をかき上げた。

「ま、まさかおまえからキスされるなんて思ってなかったから…」

「ご、ごめん…」

僕がもう一度あやまると、堀井は僕を見た。

それから、堀井の片手が僕のほおに触れた。堀井の顔が近づいてくる。

「ま、まま、待った」

僕はつい口の前に手を持っていった。

「何?おまえが先に仕掛けたんだろ?」

堀井のささやくような声。僕の好きな───

「し、心臓口から飛び出しそう」

うつむいて言うと、堀井がフッと笑って、僕の手を取って自分の胸に当てた。

ああ、堀井の鼓動もめっちゃ早い。

もう一度堀井の手が僕のほおに触れる。

「佑、好きだ」

唇が軽く触れる。

「おまえは?」

堀井の問いかけに、

「……嫌いな相手に、キ、キスなんてしない」

そう答えると、堀井は顔をずらして僕の耳元に口を寄せた。

「もっとちゃんと答えて」

震えが走った。

「佑、ちゃんと聞かせて」

「……好き…だよ」

唇が触れ合う。軽く。次第に深く。

ああ、キスってドキドキするけど、こんなに安心するものだっけ?すごく、気持ちい…。

その時スマホが鳴った。

「わ…ぁッ」

僕は慌てて出た。

「はい…ッ」

『………………』

あれ?無言?

と思ったら、咳払いが聞こえた。

『お取り込み中悪いんだけど…』

「ああ、田上か…」

『そろそろメシ行かないと、食堂閉まる』

「メシ?あれ、もうそんな時間?わかった。すぐ行く」

僕は電話を切って堀井を見た。

「リキ、あいつ、シバく」

堀井はこぶしを固めてつぶやいていた。

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