第2話

部屋にもどって荷物を片づけ始めた。

ドアを入って左側の堀井のスペースを見る。

机の上はブックスタンドで参考書や辞書がきちんと並べられていて、消しゴムのカスさえない。ベッドも、シワひとつなく…、とはいかないけど、十分きれいに整えられている。

クローゼットの横には、自分で持ち込んだのだろう組立式の棚に、電気湯沸し器やカップ。

CDラジカセ?CDの他にカセットテープまである。さすがにレコードは…、なさそうだけど。

もしかして、かなりの音楽好きとか?

へえ、洋楽とジャズねぇ。

音楽の好みは結構合いそう。

だけどあの無愛想な顔でリズム取りながら聴いたりするのかな?

つい笑いがこみ上げてくる。


音楽の好みの合う奴って中学以来だな。

何校目の中学だった?忘れたけど、公立の中学で、もう使われていない古い校舎の教室に忍び込んで、音楽チューナーと小さいスピーカーとジュースとタバコ持ち込んで、曲かけて踊って、錆びたダルマ型のストーブに吸い殻捨てて……。

アイツは、高校に進学しないって言ってた。

まだ、あの街に住んでるのかな?

そう言えば、アイツの家、どこなのか知らない。


まわりが急に明るくなった。

びっくりして顔を上げると、ドアの所に堀井が立ってた。

「ずいぶんと夜目がきくんだな」

言われて、もう陽が暮れかかって暗くなってきていたことに気がついた。

「それとも暗くなってるのにも気づけないほど、深い物思いに沈んでたのか?」

……こいつは!

いや、無視だ。転校早々ケンカ騒ぎを起こしたら、ホントにどこかに閉じ込められちまう。

「中野」

呼ばれて、荷物を片づける手は止めたけど返事はしなかった。

「俺はいつも夕飯前に風呂に入ってたんだが、先に使っても構わないか?」

あれ?一応そういう気遣いはするんだ。

振り返って堀井を見る。

堀井の顔には特になんの表情も浮かんでいない。つまりさっきのセリフも、わざと嫌味を言った訳ではなさそうだった。

「どうぞ」

さすがに愛想よくとは言えないが、やっと口を開いた僕に堀井も“どうも”と返してきた。

クローゼットから着替えを出して洗面所のドアへと向かう堀井が足を止めた。

「ああ、その前に荷ほどき手伝おうか?」

え?

「物思いにふけってたらいつまでたっても終わらないだろう?」

こいつッ……!!

「結構!」

にらみ上げた僕に堀井は一瞬意外そうな顔をしたが、そのまま黙って洗面所に消えた。

くっそ〜!悪意のない顔しやがって!悪意がなきゃ何言っても許されるなんて思うなよ。


堀井が風呂から出てきて“お先”と言ったが無視した。

とにかく僕は猛スピードで荷物を片付けた。なかばヤケだった。

「中野」

少しして堀井が僕を呼んだ時も手を止めなかった。

「中野!」

さっきより大きな声で呼ばれ、にらみつけるように振り向いた。

「夕飯の時間。先にメシにしないか?」

メシ?ああ、そう言えば腹減ったな。そうか、もうそんな時間か。

そう思って立ち上がったところへ、

「人間腹がすくとカッカしやすくなるそうだし…」

と堀井が言った。

あ!?

僕は無言で堀井をにらみつけた。

そうかよ。こいつ、僕が腹を立ててたのに気づいてたのは上等だけど、それが自分のせいじゃなく、僕の空腹のせいだって言いたいわけだ。

僕は堀井をにらんだまま、正面に向かい合った。

堀井がいぶかしげに眉をひそめる。

「……ざけんなよ、このヤロ」

僕がつぶやくように言うと、堀井は珍しいものでも見るような表情で僕を見た。

僕が次の動きのために一度手の力を抜いた、その時───

「あららららーッ」

ノックもなしにドアが開き、カマキリ男・田上が顔を出した。田上は一瞬でこの空気を読んだようで、

「険悪なムード漂わせて…。堀井、おまえ、また何言ったの?」

と堀井に向かって聞いた。

「俺が?」

堀井は心外だという表情をした。

「ああ、もう。おまえはいいから」

田上はさっさと堀井を廊下に押し出した。そして、まだ仁王立ちしてる僕のところへ戻ってくると、

「堀井に何言われたか知らないけど、悪いのは口だけだから。悪気はないんだ」

あったら今頃血ィ見てるよ!

「頼むよ」

田上が顔の前で両手を合わせた。

頼まれてやる義理はないけど、こっちだって進んで問題起こしたい訳じゃない。

息を吐き出した僕に、田上もホッとした様子だった。

「メシ行こ、メシ」

田上は僕の肩をたたいて部屋を出た。廊下に堀井が立って待っていた。

僕は堀井にだけ見えるように、こぶしを握り中指を立てた手を上げた。

田上に免じて、今回は堀井の驚いたような表情だけで勘弁してやることにした。


三人で食堂に行き、トレイを手に空いてるテーブルについた。

学食と言うよりカフェテリアと呼ぶのが似合いそうな造りで、この学校の広い敷地のほぼ中央に位置する独立した建物だ。

部屋を出て廊下を歩き出した時から感じる好奇の視線。中途半端な季節の転校生に対する───

もう何度も経験している。今さら緊張も何もないけど、ひとつだけ困ることもあったんだ。

そうだ。堀井のことで忘れてた。

「堀井」

その時、入り口のほうから堀井を呼ぶ声がした。見ると上村がこちらに歩いてくる。

「ちょっと」

上村が手招きした。

「今すぐですか?」

堀井はトレイに目を落としてから聞いた。今、食事中だと言いたげだ。

「すぐ済む」

堀井はひとつ息を吐くと立ち上がって、上村と一緒に食堂を出て行った。

上村がわざわざ食堂まで来て堀井に話って……。

「堀井と同室だって?」

え?

堀井の後ろ姿を目で追ってた僕は、すぐ近くでした声に驚いて視線を戻した。いつの間にか大勢の人間に囲まれていた。

え?何この人数。

「あ、ああ…」

気圧されてうなずく。

「どこから来たの?」

「東京…」

「名前は?」

「中野」

「なんで転校してきたの?」

来た───

「………………」

「おいおい、おまえら、いい加減にしろ」

隣に座る田上が割って入った。

「こっちはまだ食事中だぞ。見ろ。中野も面食らってる。散れ散れ!」

田上が手を振り回す。

「なんだよ、田上。いいじゃないか少しくらい」

不満の声が上がる。

「転校生についての情報はあとでオレが教えてやるから」

え?

僕は思わず田上を見た。

田上は“シッ、シッ”と手を振っていた。

僕は手を止めたまま、じっと田上を見ていた。

田上はまわりに人が居なくなると、ようやく僕のほうを見た。

「さてと。と、言うわけでだな、中野。おたくの身長、体重、スリーサイズを教えてくれ」

「は?」

「それから誕生日と血液型も教えといてもらおうかな」

ニカッと笑う田上に、僕は思わず吹き出してしまった。

そのあと戻ってきた堀井と三人で食堂を出たが、田上は食堂を出たところでさっきの連中に捕まって、どこかに連れて行かれた。

もちろん田上の質問には答えておいた。


部屋に戻ると僕はまた荷物を片づけ、適当なところで打ち切って風呂に入って、早目にベッドに入った。

堀井が消灯前なのに灯りを落としてくれたのはわかったけど、その時は僕はもう眠りの中に沈みかけてた。

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