俺たちのあおはるストーリー ’s

せい

第1話

まいったな…。

人気のない静かな寮の廊下を管理人のあとについて歩きながら、僕はそっとため息をついた。

「君の部屋はここだ。届いた荷物は中にある」

立ち止まって抑揚のない声でそう言い、この寮の管理人である上村うえむらがドアの鍵をあける。

ドアの横に目をやると、まるで病院のように白いネームプレートが差し込まれている。

(───堀井)

僕と同室になる奴の名前。

「ああ、君のプレートは用意しておくから、後で管理室まで取りに来なさい」

ドアをあけた上村が、プレートをながめていた僕を振り返ってそう言った。

「これが君の鍵だ。入寮の注意事項はよく読んで、その他にわからないことがあったら聞きに来なさい」

「………………」

鍵を渡された僕は、返事もせずにじっと立っていた。

そんな僕を上村は無表情に頭のてっぺんからつま先まで見ると、そのまま今来た廊下を戻って行った。

僕の経歴を知ってるのかどうか、その終始無愛想だった表情からは読み取れなかったけど、多分、一番に知らされてていい人間だろうな。

プライベートな時間───あるかどうかはわからないけど───を過ごす場所を管理する人間だもの、一番目を光らせる必要もあろうってもんだよね。


部屋に入ると、正面に窓。

それをはさむように壁に向かって机がふたつ。

左右の壁ぎわにそれぞれベッドがあって、それより近いほうの戸は…。

ああ、造りつけのクローゼットか。さらにドアよりの右側の壁のもうひとつあるドアが、なるほど、トイレと洗面所と風呂ね。

設備は整ってる。暖房も完備されてるし…。

冷暖房じゃないところが笑っちゃうよな。

どうやら夏になっても冷房は必要ないらしい。それどころか朝方の冷え込みがきついから窓を開け放して寝るなと、入寮の注意事項にご丁寧にも書かれてる程だ。

笑っちゃうよな。こんな、なぁ〜んにもない、熊が出てもおかしくないような人里離れた山の中に僕を押し込めて、花の青春時代をどう過ごせっての!?

(これが最後だ───)

父さん───

(今度問題を起こしたら、わたしにも考えがある)

考え……。

ホントに山に閉じ込めて修行僧にでもするつもりかな?

あの人ならやりかねないな。


ノックの音に、僕はビクリとして振り返った。

開け放したままだったドアのところに、ガタイのいい男が立っていた。

制服を着ているのだから、ここの生徒なのだろう。

「君が中野 佑?」

「………………」

横柄な口のききかたに返事をする気が失せた。

僕が黙っていると、そいつは部屋に入ってきて僕の前に立った。

デカイ───

頭半分以上、僕より上だ。

「同室の堀井だ」

同室?コイツが!?てことはコイツ僕と同じ一年生!?

堀井がかすかに苦笑した。

僕はそれでやっと気がついた。堀井が右手を差し出していたのだ。

だが気がついた時にはその手は下げられてしまっていた。

「俺は忘れ物を取りにきただけだから…」

堀井は机のほうに歩きながら言った。

「だから、引き続き感傷にひたってていいよ」

「な…ッ」

僕が声をあげかけた時には、堀井はもうスタスタとドアへと向かっていた。そして出て行きながら、肩越しにチラリと僕を見ただけだった。

なんて…、なんて奴!なんてヤな奴!!


感傷!?僕が感傷にひたってただって!?

あの野郎、ふざけたこと…。

確かに体格じゃ劣るかもしれないけどな、こっちはそういう相手とだって今まで何度も…。

あ………、いけね。

また問題起こしそう。


「それは出来ないね」

上村は机から顔も上げずに言い放った。

「どうしてですか?」

「他に空きはないんだ。部屋替えは進級の時に行われるから…」

つまりそれまでアイツと一緒ってことかよ。

「ああ、そう、これ君のネームプレートだ」

プレートを受け取って、僕は一階の管理室を出た。

白いプレートを投げ上げ、落ちてきたところをつかみ取りながら階段を登り始めて、これをアイツの名前の入ったプレートと並べるところを想像して、またムカムカした。

と、つかみそこねたプレートが床にはねた。拾おうとしてかがんだ、

「あれェッ!?」

頭上からとんきょうな声が降ってきた。

手を止めて頭を上げた。

「新顔だね。転校生?」

「あ、はあ、そうだけど…」

降りてきたのは痩せてヒョロリと背の高い、ボサボサ頭で目の大きい、あごのとがった、カマキリを連想させる男だった。

11月のまだ初めだというのに、分厚いセーターの上に綿入りのハンテンを着て、首にはマフラーをぐるぐる巻きつけていた。

「もしかして、堀井と同室?」

「そうみたいですね」

聞きたくない名前を言われてムッとした顔を、プレートを拾うために下を向くことでごまかした。

「オレ、田上っての。田んぼの上って書いてタノウエって読ませるんだ。おたくは?」

「中野」

「あ、そう。じゃあ中野くん、ちょっとつき合ってよ」

「は?」

カマキリ男はいきなり僕の腕をつかむと引っ張った。

「え?ちょっと!」

「いいから、いいから」

カマキリ男は痩せてるくせに力が強かった。僕を捕まえたまま階段を降り、一階の娯楽室に入って行った。

「コーヒーでいいか?」

田上はポケットから小銭を出しながら言う。

「はあ」

僕は諦めて近くのテーブルにつく。

「ミルクと砂糖は?」

「あ、ミルクだけで」

娯楽室には誰もいなかった。

当たり前か。まだ午後の授業の最中のはずだ。

娯楽室って言っても大した物があるわけじゃない。

離れた位置にテレビが二台。あとは飲み物の自販機が三台とテーブルとイス。壁ぎわにソファと棚。棚には将棋やチェスやボードゲームが置いてある程度だ。

「風邪ひいちゃってさ」

田上が両手に紙コップを持ってもどってきた。

「風呂の中で朝方まで寝ちゃって、寒くて目が覚めてさ。君も気をつけたほうがいいよ」

朝方まで寝るかよ、フツー。

「風邪ぐらいでよかったね」

溺れなくて…。

「いやホント!風呂で溺死してたら笑いもんだよ」

口の中でつぶやくように言ったのに、田上には聞こえたらしい。

コイツ超能力者かよ。

内心の焦りを隠しつつ、コーヒーを口に運んだ。

「堀井のことなんだけどさ」

田上が骨ばった長い両の指で紙コップを包むようにしながら言った。

「会うとわかるけど、愛想のない奴でね」

もうお会いしましたよ。

「それから口も悪いし…」

そのようですね。

「だけど根はいい奴だから…」

それはそれは───

「………………」

返事をしない僕を、田上はじっと見ていた。

それに気づいて顔を上げると、田上はズイッと僕のほうに身を乗り出してきた。

「何…?」

そのぶん僕は身を引いた。

「中野、おたく、きれぇな目ェしてるね」

へ?

田上はその大きな目で僕の目をじっとのぞき込み、それからニカッと笑った。

「人気者になりそうだね」

何?

「おたくなら間違いない」

コイツ何言って…。

「じゃ、そういうことでよろしく頼むよ。つき合わせて悪かったね。オレ、夕飯まで寝るわ」

田上は立ち上がりながらそう言うと、はんてんの袖に両手を引っ込めて、首を縮めるようにして娯楽室から出て行った。

変な奴───

「あ、コーヒーのお礼…」

言うの忘れた。

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