第8話 討伐隊
マーケットが昼からということで暇を持て余している三人は、何もすることがないので仕方なく街の中を散歩していた。それにしてもひと気がない。本当に寝ている人ばかりなのだろうか。たまに見かけるのもきっと観光客か何かで、キョロキョロして辺りを見回すような人ばかりだ。
まさか組合もやっていないのかと思い、冒険者組合へ行ったがまだ開いていないし、すぐそばに会った農工組合も閉まっていた。こんなに暇な時間を過ごすくらいならもっと寝ていた方が良かったし、なんなら夜の街へ繰り出すと言う手もあっただろう。
働いているのはさっき行ってきた大農園関連の戦士団と、各門で入街審査をしている門兵位なものであり、飽きれてしまうと同時にあくせくして無くていいとも思う。それに北門のそばで見ていると荷馬車が数台入ってきているので、マーケットが開くのを待つのは楽しみがあっていい。
あまりに暇なのでたまに楽器を弾いてみたり、地面に絵を描いてみたりするが、それでも時間はなかなか過ぎて行かない。
「ねえナウィン? 細工でなにか作るのには道具とか場所とか必要なの?
作ってもらいたいものがあるのよね」
「はい、えっと、あの……
金属加工する道具は全部持ち歩いているのでどこでもできます。
ただ今は素材をほとんど持ってないので大きいものは作れません」
ミーヤは地面に絵を描いてから、大きさを身振り手振りでで説明した。するとそれなら金属がどのくらい必要になるとか、薄板を作るのでアンビルと炉が必要だと言われてしまう。
どこかで借りることはできるのか。それとも自分の店がないと無理なのか、そこまではナウィンもわからないようだ。まさか街の細工屋で細工設備を貸してくれとは言えないし、なかなか思うようにはいかないものだ。
「ミーヤさま、ここでもなにかお店やればいいのに。
あの宿屋を借りるとか無理かな?」
「チカマ、それはいいアイデアね。
どうせ使えない箇所があるんだから、そこを露店にでもしたらいいかもしれないわ。
ついでにあそこの料理人へなにか教えたら繁盛するかもしれないし。
でも商人長へ相談しないで勝手にやるのもまずいかもねえ」
「そっか、約束したから?」
「そうよ、約束ってすごく大事なものだからね。
出来る限り守らなくっちゃいけないわ」
でも観光客向けに早い時間から開けている店があってもいいはず。商人だって大勢いるだろうに、こんな商機をみすみす逃すのは不思議だ。なにか決まりでもあるのだろうか。
相談相手はレブンくらいしかいないけど、彼もあまり物事を知らなくて頼りにならない。まあここで商売するつもりはないので、街の事情に詳しくなくても構わないが。
結局なにもすることがないまま街をほぼ一周してから、中央にある英雄の広場まで来てしまった。するとさっきまではいなかった大勢の戦士が並んでいた。これが王国戦士団だろう。
戦士としての資質があるという有鱗人と有角人が多く、その他は人間と獣人が同じくらい、エルフがぽつぽつと言ったところだ。
「一体何の騒ぎかしらね。
どこかへ戦にでも行くみたいでなんだか物騒だわ」
「ボク聞いてくる、気になるからね。
ミーヤさまちゃんと待っててね」
そういうとチカマは走っていき、一番手前にいた長い角の男性へ声をかけた。何やら話が聞けたようでチカマがうんうんとうなずいている。いったい何があるのだろうか。
「ミーヤさま、大変だよ。
んとね、これからバタバ村へ行くんだって。
悪い人を捕まえるらしいよ」
「ちょっと!? それってチカマの……
助けに行きたい?」
だってそうだ、チカマはバタバ村出身であり、村に巣食う盗賊団首領の娘なのだ。しかしチカマは首を横に振った。
「今のボクはミーヤさまの子供だから。
あの村とは全然関係ないよ。
そうだよね? それでもいいでしょ?」
「もちろんよ、チカマ、私の大事な家族、愛してるわよ。
だから悲しくも辛くもないんだからね」
思いのほかあっさりとしていて拍子抜けしたが、バタバ村のことをチカマが気にしていないことはミーヤにとって喜ばしいことだった。だって自分を売りとばした首領のことを今でも親だから助けたいと言われたら、聞いたミーヤだってどうしていいかわからなかったはず。
「あーあ、でも一回くらい行きたいなあ。
バタバ村には秘密の洞窟があって、よく隠れてたの。
ひどい事する人が多かったからいつもそこで泣いてた」
「そんなことはもう思い出さなくてもいいのよ。
さ、こっちいらっしゃい」
ミーヤは最後まで聞いていられないほどに胸が痛くなり、我慢できずチカマを強く抱きしめた。それを受けてチカマもミーヤを抱きしめ返すのだった。
それにしても今まで何もしてこなかったのに、なんで急にバタバ村を取り締まることにしたのだろうか。なにか理由があるのなら知りたいものだが、これはただの好奇心によるもので特別な理由はない。
だがその理由はすぐに分かった。なぜなら集まった戦士団の見送りにトコスト王がやってきて演説したからだ。
「「おおおお!!!! トコスト王バンザイ!!!」」
「「国王陛下!! 我らに武運を!!!」」
戦士団が激しく騒ぎ始めてなにが起こったかを知ったミーヤたちは、そのまま王の激励を聞くためその場にとどまることにした。
「勇猛果敢なトコスト王国の戦士たちよ!
今日は我々にとって記念の日となるであろう!
バタバ村の盗賊どもはやり過ぎた! やつらを全員捕らえるのだ!
そしてビス湖への交易道を解放するのだ!!」
「「おおおおお!!! 国王陛下ああ!!!」」
「「陛下!!! 我らにお任せを!!!!」」
なるほど、商人たちが通れなくなっているか、襲われて荷を奪われているか、その両方か。どちらにせよ王都にとって邪魔な存在として見過ごせないレベルになっているということだろう。
しかしこの異世界では殺人が御法度、戦士団は盗賊を殺さずに全員捕らえるつもりなのだろうか。相手はそんなことお構いなしだろうし、犠牲が出ることは避けられないだろう。盗賊は取り締まられても極刑でも当然だが、戦士団側に犠牲者が出ないことを願うばかりである。
そんなことを考えているミーヤをチカマが横から突っついてきた。
「ミーヤさま? ボクの声聞こえてないの?
また考え事してたの?」
「ああ、ごめんなさいね、戦士団の人たちが無事に帰ってくるといいなって考えていたのよ。
盗賊たちは仕方ないけどね」
「そうだね、イライザたちになにかあったら困るものね」
「えっ!? イライザたちってどういう意味?」
「ほらあそこにいるでしょ?
イライザとマルバスが並んでるよ」
チカマが指さした方角にはイライザもマルバスもいない。全身金属鎧を着た戦士たちばかりだ。
「イライザたちなんてどこにもいないじゃない。
それともあの戦士団の中にいるの?」
「ちがうちがう、その向こう側にいっぱいいるでしょ?
戦士団のうしろ」
そこには杖を携えた神術使いとおぼしき者たちが列をなしていた。その中には確かにイライザとマルバスの姿がある!
ミーヤはイライザを大声で呼んだが、戦士団の咆哮で声は届かない。レナージュも一緒に来ているのだろうか。戦闘に出た経験があると聞いたことの無いマルバスがいると言うことは回復部隊なのかもしれない。どちらにせよ何もわからないままでいるのは嫌だ。
ミーヤはジスコを出てからずっと我慢していたことが堪えきれなくなり、レナージュへメッセージを送った。しかしレナージュからの返事は返ってこない。
今のミーヤには、雄叫びを上げながら進軍していく戦士団と神術師団を、泣きながら見送ることしかできなかった。
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