第7話 大農園
夕飯を食べ過ぎたせいか、胃がもたれて重苦しい感覚で目が覚めた。きっと鍋を食べ過ぎたのではなくシリアルを食べ過ぎたせいだろう。なんといってもリクエストで出してもらったものを残すなんてとてもできず、最後は無理やり流し込むように食べてしまった。よく考えてみれば朝へ持ち越しておいて、砂糖とミルクをかけて食べればよかった気がしてきたが、時すでに遅しだ。
どうやらチカマはまだ寝ているので、起こさないようにそっとベッドで起き上がる。一つしか用意されていないツインルーム、そこへさらにナウィンが加わっているのだからたまらない。流石に彼女は床へ敷いた布団で寝てもらった。
仲間として受け入れておいて差を付けるのは下僕扱いの様で気分が悪く、レブンには今日中にベッドを用意しておくように頼んでいる。しかし屋根のある個所には他に部屋がなく、どこからかベッドを運んでくるのも難しいらしい。
「ミーヤさまおはよう
んふふふ、もふもふ」
「あらチカマ? 起こしちゃったかしらね。
くすぐったいからあんまり顔を擦り付けないでよ?」
そう言えばいつもくっついているわりに、同じベッドで寝るのは初めてだった。とは言え、今までも誰かと床を共にしたことなどなかった。他人の体温を感じながら寝るのも悪くないが、少し恥ずかしいものでもある。
「今日はまたマーケットへ行くわよ。
その後にチカマの武器を見に行きましょうね」
そういってミーヤは街の地図を広げた。豆商人の出している店は武勇の神殿方面にあるので、武具屋もそっち方面の店へ行ってみることにしよう。
ミーヤとチカマが顔を洗ってから着替えていると、ようやくナウィンも起きてきた。もしかして朝弱いタイプなのだろうか。
「あ、えっと、あの……
ミーヤさま、チカマさま、おはようございます。
今日はどこかへ行かれますか?」
「おはようナウィン、さま付なんてしないでよ。
チカマは好きでそう呼んでいるだけなんだから真似しないでいいのよ?」
「いえ、えっと、あの……
拾っていただいたみなのでそう言うわけには名炒りません。
なんでもお申し付けください」
しばらくこの押し問答が続いたが、なんとか納得してもらい出かける支度に移ることが出来た。しかしナウィンは、上からすっぽりかぶる、フードローブなのかポンチョなのかわからない不思議な服一着しか持っていないようだ。
「武具屋の近くに衣類店があったらナウィンの服を買いましょうか。
いくらなんでもそれ一着じゃどうにもならないわ」
「いえ、えっと、あの……
そんな、私なんかのためにそこまでしてもらうわけには……」
「もう、あなたのためじゃなくて私のためなの。
一緒に歩くんだからもっときれいなカッコしてほしいのよね」
どうも納得させるのが難しく、また押し問答だ。何度か繰り返すと、ようやくミーヤの考えを理解してくれたようでホッとした。
「それは、えっと、あの……
ありあとうございます。
とてもうれしいです!」
「そうよ、そうやって素直に受け取った方が双方気持ちが良いものよ?
それじゃ朝ごはんにしましょうか」
「そんな、えっと、あの……」
「もういいから! 出されたら黙って食べること!
それも冒険者としての心得なんだからね」
冒険者としての、と言ったからか、今度はすぐに納得したようだ。これからはこの方法で行くことにしよう。部屋の戸をあけてから大きな声でレブンを呼んだ。すると――
「朝飯なんてつかないよ。
そんなの当たり前だろ?」
「ちょっとねえ、ベッドもない屋根も所々ない。
それなのにまるまる三人分取っておいて朝ごはんがつかないなんておかしいでしょ!
ジスコなら当たり前のようについて来たのに」
「そう言われてもなあ。
朝食べる習慣がないからなにも用意がないんだよね。
その代り昼飯は出すぞ?」
「そうなの? 変わってるわね。
村でも朝晩の二回だったから、朝ご飯は食べるものだとばかり思ってたわ。
それじゃマーケットでなにか食べようかしらね」
知らない街でぶらぶらしながらモーニング、それこそ旅の醍醐味と言える。昨日は夜から周ったからあまり見られなかったが、朝からならかなりの店を周れるだろう。しかし――
「マーケットは昼からだよ。
王都では朝みんな遅いんだ」
「ええっ!? じゃあ朝ご飯食べるところないじゃないの」
「だからそう言っただろ?
果物くらいあると思うから持ってきてやるよ」
レブンは善意で言ってくれているとわかるのだが、なんだか恩着せがましく感じてしまう。もうこうなったら自分で作るしかない。
「ミーヤさま、お腹すいたよ。
朝ご飯ないの悲しいね」
「やっぱり朝食べないと調子でないわよねえ
ナウィンはもう慣れたの?」
「まあ、えっと、あの……
そもそも食べるお金がないので配給頼みでした。
水入れ所なら朝から配給してますから行ってみますか?」
水入れ所とはなんだろうか。ピンと来ないがなにか水を入れる場所だと言うことはわかる。どうせ朝ご飯もないのだからナウィンの案内に従って出かけることにした。玄関でレブンから果物を受け取りかじりながらトコスト城方面へ向かう。
北門辺りまで来るとなんとなく事情が分かってきた。正直あまり身なりがいいとは言えない人たちが大勢いる。つまりここは、ナウィンが配給と言って対通り食料を貰うために人々が集まってくる場所なのだ。
「あのさナウィン? 恵んでもらうために並ぶくらいなら自分で作るからいいわよ?
こうやって民を大切にしている王都は立派だと思うけど、私は施してもらうほど貧乏でもないわ」
もちろん施しを受けている人たちをバカにしているのではなく、そんな立場でもない者が配給を受けるのは間違っていると思うだけだ。
「いいえ、えっと、あの……
ミーヤさ、ん、ここに来れば仕事が貰えるんです。
その対価でパンが貰えるんですよ?
決して施しでもないですし、これも王都では大切な仕事なんです」
「その水入れ所っていうのが仕事場なの?
なにをするところなのかしら」
「それは、えっと、あの……
召喚術で水を貯める手伝いをするのです。
大農園には井戸がありますが、それだけでは足りません。
そのため大池に水を貯めていくのです」
「でもチカマは召喚術使えないわよ?
私とナウィンだけ貰ったらかわいそうだわ」
「そしたら、えっと、あの……
三人で分ければいいんじゃないでしょうか」
まあそれもそうね、としぶしぶ納得し、順番待ちに加わった。それに大池や大農園にも興味はあるし、どんな仕組みなのか知っておくのも後学のためと考えれば悪くないだろう。
順番が近くなり北門から表へ出ると、門の北西には果ての無い農場が広がっていた。その広大さにミーヤは圧倒され声も出ない。はるか地平線まで、いやその先まで続いている農作物の群れはものすごい規模だ。さすが王国一の都市を支える農作地域である。
「ミーヤさま? これ全部食べられるの?
お腹いっぱい何回できるかな」
「そうね、一生分くらいあるんじゃないかしら。
信じられないくらい広さね……」
「この、えっと、あの……
大農園はヨカンドの街まで続いているんです。
歩くと六日はかかりますね。
東西方向は三日くらいでしょうか」
圧倒されると言うのはこのことだろう。とにかく驚くべき規模で、これなら見回りが必要になるのもわかるし、警備要員で冒険者を雇うことだって不自然ではない。サラヘイもこの大農園のどこかにいるのだろう。
その大農園からすると小さく見えるが、大池と言う貯水池も相当の大きさだった。池と言う名がついてはいるがその規模は湖と言える。
数名前の召喚士が水を出して注いでいるが、湖の規模からしたら微々たるものだ。水路から滴り落ちる水は流れ落ちているというより滴っている程度にしか感じられない。
やがてミーヤたちの順番が回ってきたので、まずナウィンが水を注ぎ入れる。大きな桶に水を出すと水路を伝わって大池まで流れていく仕組みで、簡単に言えば雨どいのようなものだ。確かにこの池と言うか湖を一杯にしておくのは大変だろうし、そのために召喚士を集めるならパンの一つくらいなんてことないはずだ。
「よし、これならパン一つだな。
次はお前だな、そこの獣人こっちへ来い」
王国戦士団だろうか。高圧的な物言いに少しカチンと来たが、この素晴らしい光景を見て気分がいいので許してあげることにした。
「いっぱい水を入れればパンもいっぱい貰えるのかしら?
それなら全力で頑張るんだけどね」
「そのとおり、この桶に記しがあるだろう?
あそこがパンひとつ分だ。
おおむね水の精霊晶ランク1に相当するようだぞ」
精霊晶の最大ランクは4だからそれが出来ればパン四つ、だけど今の熟練度だとランク3が限界だ。それにパンが沢山欲しいわけでも無い。ただミーヤ自身が一度にどれくらいの水を出せるのかは知っておきたかった。
「それじゃ試してみるわよ。
初めてだから緊張するわね」
書術の呪文強化(グレーター)を唱えてから水の精霊晶を全力で呼び出す。これでランク6相当と言うことになるはず。
手のひらに水の球が生まれてきたので、そのまま樽の中へ向けてマナを大量放出するイメージを持つ。すると一気に水が放出されて桶の半分以上まで貯まった。
「おおお、おまえすごいな。
こんなの見たのは久しぶりだ、今のはパン六個だな」
「あらありがと、まだ余力があるけど食べきれないからこのくらいにしておくわ
それにしても気の遠くなる作業ね」
ミーヤは結果に満足し、パンを受け取ってからナウィンのところへ戻った。北門からまた街へ入った辺りでしゃがみ込みパンをかじりだすがやっぱり物足りない。大体パンが固すぎるのがいけないし、味もそっけもないのもいただけない。
そう言えば、と昨晩買った蜂蜜を出してチカマのパンへたっぷりとかけてあげた。チカマは思いがけない甘さの到来に大喜びしている。もちろんナウィンのパンにもかけてあげてからミーヤの分だ。こうやってまあまあ満足できる朝ご飯を頂いたのだった。
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