第3話 宿屋の二代目

 まったく信じられない。こんな宿屋があるなんてさすが王都だ。


「ミーヤさま、すごいねここ。

 どうなってるんだろ?」


「ホント不思議ね…… なんで崩れないのかしら……」


「まあ外見はぼろいけど中はそんなことないからさ。

 ほら、入った入った」


 鬼の子はこの宿屋、いやあえて旅館と呼びたくなる建物の跡継ぎらしい。そしてこの旅館は今にも崩れそうなくらいに傾いているのだ。いったいどうしたらこんな事になるのだろう。


「まずは旅の垢でも落としてきてよ。

 その間に部屋を用意しておくからね」


 そう言われると水浴びに行かないわけにもいかない。さっそく二人で向かうことにする。外観に比べたら確かに内部はまともだった。水浴び場も崩れているところはなくちゃんと使えそうだ。


 何より驚いたのは簡易的ながら水道があることだ。腰の高さくらいのところに水路が流れていて、そこから水を汲めるようになっている。さっそくその近くにシャワーを設置して火を入れた。桶で水を貯めてからシャワーを出すとしっかりお湯になっている。


「ミーヤさま、くすぐったあーい

 くくくく…… あははー」


「ほら、逃げちゃだめよ?

 ちゃんときれいにしないと表を歩けないんだからね」


 まずはチカマを洗ってあげたのだが、相変わらずくすぐったがって逃げようともがくのは変わらない。やっぱりミーヤの手のひらにびっしり生えている体毛がくすぐったいのだろう。


 きれいに流し終ったらミーヤもお湯を浴びていくが、チカマが背中を流したがって仕方ないので任せることにする。ツルツルの手のひらで毛皮の隅々までは洗えないだろから、髪の毛を洗う時みたいにゴシゴシやっていいと伝えてみる。


「そうそう、チカマ上手ね。

 気持ちいいわよ、もっと強くても平気よ」


「こう? この辺はどう? 気持ちいいの?」


「いいわね、ちょうどいい感じだわ。

 はあ、すっきりした」


 ミーヤが耳と尻尾を震わせると、しずくが飛び散ってチカマがひゃーっと声を上げた。


「ここに体をふく布を置いておくからね。

 つーかさ、覗かれないように鍵閉めておきなよ。

 冒険者と言えど女なんだからさ」


「あら、覗きたいの?

 入ってきてもいいわよ、えっと名前聞いてなかったわね」


「何言ってんだよ! 覗きなんてしないよ!

 おいらはレブンっていうんだ。

 着替え終わったら冒険者組合本部まで連れて行ってやるから早くしろよー」


 小さいので子供みたいに接してしまったが、きっとミーヤよりは年上で立派な男の子なのだろう。ちょっとからかっただけで照れているところがかわいらしかった。


「ミーヤさまは裸見られても平気なの?

 ボクは恥ずかしいよ?」


「私だって恥ずかしいわよ?

 でもチカマになら見られてもいいかな」


 そう言って抱き寄せると、チカマは珍しく顔を真っ赤にして顔をそらした。


「ミーヤさま…… おっきすぎ……

 ぽよんって……」


 ああ、まさかそんなこと言われる日が来るなんて思ってもいなかった。大きいと肩がこるとかブラが高いとか良く聞く話だけど、やっぱりそれなりには大きい方がいいに決まってる!


 恥ずかしがるチカマの頭を優しくなでてから、麻の布で体を拭いていく。するとチカマはますます照れてしまったのか、体全体を真っ赤に染めるのだった。


 水浴びを終えると部屋が用意されていたが、ベッドが一つしかない部屋だった。レブンを呼んで確認すると壊れていないベッドが一つしかないと言われた……


「あのさ、ベッドが無いのにお客さんを勧誘したらダメじゃないの。

 悪いけど他の宿へ移らせてもらうわ」


「そこを何とか! お願い! 今日だけでもいいから泊まっていって!

 もう少し貯めれば建物の修理ができるんだよ!」


「まったく仕方ないわねえ。

 チカマはベッド一緒でも構わない?」


「ボク歓迎、ふふふ」


 それを聞いたレブンは顔を赤くしているが、いったい何を想像したのか、このマセガキめ!


「ちょっと髪の毛乾かすからそれまで待っていてよ。

 その後に組合まで案内してちょうだいな」


「乾かすってどういうことさ。

 手が届かないのか?」


 不思議そうなレブンには何も説明せずに、ミーヤはポケットからドライヤーを取り出した。もう慣れたもので、チカマは椅子にちょこんと腰かけている。


 ドライヤーについた三脚を広げてから炎の精霊晶をセットし風を送り始めると、チカマの向こう側にいるレブンへも温風が当たっているようだ。


「なんだこれ!? 姉ちゃん凄いな。

 これ召喚術なのか?」


「そうよ、私たちが考えたドライヤーって言う器具よ。

 真似して勝手に作ったらダメなんだからね」


「これ細工屋へ売ればいいじゃんか。

 きっとめちゃくちゃ儲かるぞ!」


 どうやらレブンは金儲けが大好きらしい、というより必要に迫られているのかもしれない。だがこれはミーヤだけの物ではなく、レナージュと二人のものなのだ。勝手に売ることなんて出来るわけがない。


 胸の奥になんだかチクリと刺さったように気持ちでレブンへ釘をさす。


「いいレブン? これはね、私の友達と一緒に考えたものなの。

 だから絶対に誰にも言ってはダメよ。

 もしどこかへ洩らしたら許さないんだから」


 そう言ってから隠していた爪を飛び出させて光らせると、レブンは口を押えながら激しく首を縦に振るのだった。


「そう言えば夕飯は麦粥って言ってたけど、トウモロコシは出せないの?

 もう用意はじめちゃってる?」


「いやまだ材料も買ってきてないよ。

 まずは宿代をいただかないと、逃げられたら困るし」


 本当にしっかりちゃっかりしている。まともなベッドが提供できていないことで文句が出ることは、初めからわかっていたのだろう。


「二人で6000だっけ?

 今払ってあげるわよ」


 ミーヤが宿代を払い終わると、レブンは嬉しそうに部屋を出て行った。おそらく調理担当へメニューについて伝えに行ってくれたのだろう。


 チカマの髪の毛を乾かし終ったので、部屋着から普段着に着替えた。ミーヤはオレンジ色のワンピース、チカマはエンジのスカートに白いブラウスでいつもと変わり映えしない。新しい服が欲しいところだけど、おそらくトコストでは相当取られるだろう。


 とにかく出かける準備が整ったので、さっさと冒険者組合本部へ向かおう。置き去りのナイトメアも心配なので魔封結晶を早く手に入れたいところだ。


 部屋を出て玄関まで降りるとレブンがすでに待っていた。


「ホント女ってのは用意が遅いんだよなあ。

 早くしないとしまっちまうよ?」


「あなたお客様に対して失礼すぎる物言いね。

 それに女性蔑視は良くないわ。

 でも急がないといけないのは承知したわよ。

 さあ、早く案内してちょうだい」


「まったくこれだから……」


 すっかり暗くなり、街灯の灯った街中を三人で歩き始めた。トコストの町並みはなかなか趣があっていい雰囲気だ。魔鉱を燃やしているらしい街灯は、柔らかく薄いオレンジ色の光で瞬いている。


 実際に行ったことはないが、ヨーロッパの古い町並みってきっとこんな感じなんだろうなあと、映画のワンシーンを思い浮かべるミーヤだった。

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